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第6話

コンコンコン。 ドアを軽く叩くが、部屋の奥から返事は返ってこない。 「……天城、開けるよ」 ゆっくりドアを押し開ける。 窓から差し込む光は既に薄暗くなっていて、カーテンが閉まっているせいで部屋の中は暗かった。しんと静まり返った中で、天城はベッドの上で大の字に横たわったまま、微動だにしない。 「……俺、本当に何もできない」 うわごとのように呟く声は、いつものポジティブな天城からは想像もできないほどに静かだった。 「勉強もダメだし、スポーツだって中途半端でさ」 僕はベッドに近づき、縁に少しだけ腰をかけた。 「父さんは俺のことを自慢の息子だ、って周りに言うけど、本心は違う」 右手の甲で目を覆い隠したまま、小さな声が宙に溶けていく。 「会社を救えるのは俺じゃない、彗月だ。なのに全部……父さんや俺の手柄になる。こんなの、どうかしてるよ」 天城の震える声を、僕は黙って聞いていた。 左手の拳はきつく握られていて、すでに白く変色している。 自分を責めなくていい。 むしろ、僕が君をだましている。 そう馬鹿正直に伝えられたら、どんなに楽だっただろう。 「天城は、僕の光だよ」 「光?」 手をどけてチラッと僕の方を見た。その顔にゆっくりと頷く。 「天城が笑ってくれると、不思議と僕も笑顔になれる。この世界を、少しだけ好きになれるんだ」 「光、か」 僕の言葉を繰り返し、また静かになってしまった。天城は宙を見つめたまま押し黙っていたが、しばらくするとゆっくりと体を起こした。 ベッドが軋み、体が揺れた。 「彗月も俺の光だよ。俺、彗月がいなかったら生きてる意味ないもん」 「あはは。大袈裟な」 「嘘じゃないよ」 天城が時折見せる、真剣な瞳。 その眼差しを向けられると何も言えなくなる。声を奪われたみたいに何も言えず、ただその真っ直ぐな瞳を見つめ返した。 天城は何かを逡巡するように瞳を震わせていた。そして少し唇をキュッと結ぶと、喉仏をゴクリ、と上下に動かした。 「あの……さ、彗月にずっと伝えたかったことがあるんだ」 「なに?」 スッと手が伸びてきた。 「え……」 気がついたときには、天城の胸の中にいた。洗剤と吸血鬼の甘い香りが混ざりあって、ずっと嗅いでいたくなるような、手放したくないような、そんな鼻先をくすぐる匂いがする。 天城の体温が制服のシャツ越しに伝わり、背中には大きな手が触れている。抱きしめられていると認識した瞬間、一気に顔が熱くなった。 「これから先も、ずっと彗月と一緒にいたい」 耳元で囁かれた声は、少し震えていた。背中に回された腕も、心なしか震えている気がする。ごくり、と生唾を飲み込む音が至近距離で聞こえてきた後、さらに強く抱擁された。 「俺の、正式なパートナーになってくれませんか?」 「……っ」 聞こえたその言葉に、頭の思考が完全に停止した。キーンと耳鳴りがしてきて、天城が言った言葉を、脳が処理できずにいる。 一秒。二秒。三秒。 体が離れていき、僕の肩に手を置いて顔を覗き込んできた。 「彗月?」 その声だけが、ようやく耳に戻ってくる。 「返事がすぐに欲しいわけじゃないから。ちょっと、頭の片隅で考えてみて欲しい。ダメ、かな……?」 天城が何を言っているのか分かるのに、理解する前に言葉が脳内で溶けて消えていく。 天城は言葉が出ない僕を見て、困ったように頭を掻いた。 「ちょっとでいいから、考えてみてほしいんだ。正式なパートナーになるには、色々危険性もあるし。でも……俺の気持ちは本物だから」 「正式な、パートナー……」 無意識に出た声は、今まで聞いたことがないほどに震えていた。 天城の顔を見る。 でも、焦点が合わない。 視界の輪郭が白く滲んで、天城の輪郭ごとぐにゃりと溶けた。その輪郭は、徐々に心の奥深くへ封じ込めたはずの記憶へと変わっていく。 舞い散る雪の結晶と、流れる真っ赤な血。 床に糸の切れた人形のように倒れたパパとママ。 風が吹いてカーテンが揺れ、そいつが顔を上げる。 「……だ」 「何? 聞こえなかった……」 僕の腕に触れようと、手を伸ばしてくる。 「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ……ッ!」 一瞬触れた体温が酷く冷たく感じて、僕は思わず強く跳ね除けた。 天城が息を呑むのが分かった。 彼の伸ばしかけた手が、宙で止まる。 「こないで……! 僕に触らないで!」 引っ込められない手を、それでも半端に浮かせたまま、天城はどうしていいか分からない顔をしていた。 奥底に鍵をかけて封印していたはずの箱が、ゆっくりと開かれていく。走馬灯のように一つ一つのシーンが目の前に映し出されていく。 嫌だ、見たくない、思い出したくない。 目を強くつぶるが、より鮮明に景色が浮かび上がってくるだけだった。 「彗月!」 誰の声だったのか、わからない。 それが現実だったのか記憶の中だったのか、認識することさえできない。 頬に触れた雪の冷たさだけが、やけにはっきりとしていた。

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