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No.5 二日目・執事「降りそそぐ太陽」
太陽が高く昇るにつれ、気温が上がってきた。
お屋敷の中は空調で一定の温度に保たれているとはいえ、視覚的な日差しの強さや、蝉の大合唱が暑さを伝えてくる。
「ねぇミカは、プールに入りたいな。小さい頃、暑い日にはおじいさまがお水を溜めてくれて、お庭のプールで遊んだよ」
そう言って、彼女は裏庭のほうを指差す。
長辺が10メートルほどのプールは現在使われておらず、庭師が使用する道具や土、肥料置き場になっていた。
秋から坊ちゃんが引っ越してこられても、プールを使うことはないだろう。
だから今回の点検箇所としても、頭には入っていなかった。
思わず、タンクトップ姿の秘書のほうを見る。
彼は彼でこちらを見ていて、互いの気持ちを探り合った。
「ミカは、水着を持ってきてるのか?持っていなかったら、プールは無理だなぁ」
ナイスな質問である。
「持ってきてる!浮き輪もあるよ。だってプールのあるホテルに泊まる予定だったんだもん。夜にママと泳ぎに行こうねって約束してたから」
私自身は、プールに水を溜めるとなると一大事だと思いながらも、決してミカ様のご意向を否定したくなかった。
あわよくば秘書が「非効率だ」と一刀両断してくれたらいいと思ったが、彼は私を見て考え込んだあと、「やるか……」と小さく呟いた。
筋肉オバケがやるのならば、仕方がない。
「やりますか」
私も、武術で鍛えた見せかけではない筋力を提供することにした。
まずは、プールを囲むように、何カ所かに蚊取り線香を焚く。
そしてプール内に置いてあった道具類を、一つ一つ外へと運び出した。
秘書がプールサイドまで運んできて、私がそれを受け取り、屋外の倉庫横へと移動させる。
その繰り返し。
ただ、途中でカエルやヤモリが飛び出してくると、私は不本意ながら声を上げてしまう。
(ミカ様に笑われるのならともかく、秘書にまで「なんだ、その声」と揶揄われるのは許せない。あの男のタンクトップの中に、ヤモリが入り込んでしまえばいいんだ!)
それ以外の連携はスムーズで、「がんばれ!がんばれ!」という麦わら帽子をかぶったミカ様の声援を受け、私たちは一時間ほど休まずに働いた。
「ダメだ。暑い。一旦休憩しよう」
私も汗だくになり同じことを考えていたので、お屋敷の中に戻ってクールダウンをする。
するとお優しいミカ様が、洗面所でタオルを濡らし、「はいどうぞ」と私と秘書に一枚ずつ持ってきてくれた。
「あぁ、ありがとうございます」
なんと気の利くレディだろうか。
濡れタオルのお蔭でひと息ついた秘書が、腕捲りした私を見て、見直したような口をきく。
「執事さん、意外と筋肉あるね。だったら隠していないで、見せたらいいのに」
私に彼のような下品なタンクトップを纏う趣味はない。
「アナタこそ、筋肉で盛り上がった肩が日に焼けていますよ。長袖を羽織ったらどうですか?」
彼と言い合いながらも、暑い中身体を動かし汗をかくのは、殊の外、気持ちがいいと感じられた。
きっと目の前の男も、同じことを考えているだろう。
しっかりと水分補給をし、再び作業に戻ると、しばらくしてプールの底が露わになった。
そこからは、私は落ち葉を掻き出し、デッキブラシで底を擦る。
秘書は倉庫から見つけてきたという高圧洗浄機で、壁や、プールサイドを綺麗に蘇らせていく。
「執事のおじさんも、秘書のおじさんも、あと少し。ファイトだよ!」
このプール、おそらく坊ちゃんも幼い頃に入ったことがあるだろう。
ミカ様と同じように、夏休みの楽しみだったのではないだろうか。
だとしたら、今後も庭道具置き場などにせず、こうしてプールとして維持しておくのがいいのかもしれない。
—
綺麗になったプールを、今日は太陽に当て日干ししよう、ということになる。
秘書は軽くシャワーを浴び、オレンジ色の車で近くの大型スーパーへ買い物に出かけていった。
彼の格好つけた車は実用的ではない二人乗りで、荷物を乗せるスペースも少ない。
よって、皆で買い物に行くことは不可能だった。
留守番となった私とミカ様は、庭の水やりをした。
私はホースで芝に水を撒き、ミカ様は重たいジョウロで懸命に、草花へ水をあげている。
(ユニ、アナタだけはさっきからずっと室内の空調の中にいますね。ガラス越しにこちらを見て欠伸するなど、いいご身分です)
「ミカ様、ちゃんと帽子をかぶらなくてはいけませんよ。熱中症になったら大変ですからね」
「はーい」
炎天下で心なしかぐったりしている植物たちは、瞬く間に水を吸収し、生気を蘇らせていった。
門扉の両脇にはオレンジ色のノウゼンカズラが咲き乱れ、玄関に近い場所には白い花をつけた百日紅が何本も植わって、日陰を作っている。
見れば見るほど、美しい庭だ。
坊ちゃんがお住まいになったら、庭師も常駐させたい。
そうすれば、今はお休みとなっている薔薇園や花壇も復活できるだろう。
秘書は予想していたより、早く戻ってきた。
彼は大量の食材を抱え、キッチンへ行き、効率よく冷蔵庫へと納めていく。
私が軽くシャワーを浴び、新しいシャツとスラックスに着替える間に、彼は手早く冷やし中華を作ってくれる。
食堂のテーブルで三人で食べる冷やし中華に、なぜかノスタルジーを感じてしまった。
こんなに太陽の光を浴びて夏を過ごすのは、何年ぶりだろうか……と思いながら。
—
午後になると風が出てきた。
私がこの屋敷に一人だったなら、空調の整った窓辺で風に揺れる樹々を見ながら読書をしただろうが、小さなレディが一緒ではそうもいかない。
ミカ様の夏休みの宿題に「様々な種類の葉っぱをスケッチする」という課題があるらしい。
だから「森へ行きたい」という彼女に皆で付き添うことになった。
秘書がユニのリードを持ち、ミカ様はスケッチブックと筆記用具を入れたポシェットを下げる。
そして私は、水分補給のためのドリンクと、虫よけスプレーを装備して、森へと挑むことになった。
庭と森の間には、柵が張り巡らされていて、鍵付きの扉がある。
実は私もこの扉の外へは出たことがなかったが、この森も坊ちゃん一族が所有している土地だそうだ。
この機会に、森の全貌も把握しておきたい。
庭の続きのような雰囲気が数メートル続いたあと、そこは急に深い森へと様子を変え始めた。
「ミカ様、足元にお気をつけて」
「大丈夫だよ。ミカ、小さい頃にハリーと来たことがあるもん」
彼女はそう言うが、森は高低差が大きく、谷のような落差のある沢も流れていて、美しいが危険が潜んでいると感じる。
さらに奥へ入れば、そこは自然そのもので鬱蒼としていて、少し気味が悪かった。
秘書も同じように思ったのか足を止めて、ミカ様に告げる。
「ミカ。過去に来たことあってもここは危険だ。一人では絶対に来ないと約束してほしい」
「うん。分かってるよ。ママにも、ハリーにも、おじいさまにも、おばあさまにも、何回も言われたことがあるから。もしも谷に落ちたら、大きな怪我をするし、誰にも見つけてもらえなくなっちゃうよって」
私たちが心配するまでもなく、きちんとそのような指導を受けて育ったようだ。
それを聞いて安心する。
風はさらに強くなってきた。
(それにしても太陽光が地面まで届かず不気味ですね。この夏季休暇中、この森へはもう足を運ばないことにしましょう)
樹々がザワザワと音を立てるので、葉っぱのスケッチをその場でするのは諦め、私たちは数種類の葉を持ち帰ることにする。
これで森の確認も無事終了だと、私は頭の中のリストに『済み』のチェックを入れた。
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