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No.18 七日目・秘書「かき氷は推しの色」
夏祭りの昼間に行われるのは、模擬店だけではない。
庭にシンボルのようにそびえるクロマツの横には、簡易的なステージが組まれ、町内の人たちが出し物をしている。
今ステージに立っているのは、お隣の山本さんとそのお友だち達で、フラダンスを披露していた。
ハイビスカス柄のムームーを着て踊る山本さんを真似、ミカもステージ前で踊っている。
バレエを習っているというだけあって、踊り全般が得意なのだろう。
見よう見まねとはいえ、とても可愛らしい。
祭り会場となった庭の中で、ミカは安全に遊んでいる。
俺も『焼きそば』を焼きながら、ミカの所在を気にかけているし、『執事カフェ』という無茶な企画をやらされている執事も、同じだろう。
これだけ近所の人たちの目があれば、イケメンプロレスラーのような体格の父親も、ミカを屋敷から無理矢理連れ出すようなことは、できないはずだ。
何度目かの大量な焼きそばが焼き上がり、お腹が空いた人たちの胃袋を満たした頃、青年団の一人が交代しに来てくれた。
「ここは代わります。パン屋がコッペパンを持ってきてくれてあるので、あとは焼きそばパンにして販売しますから」
「そうか。よろしく頼むよ」
俺は一旦屋敷内に戻り、軽くシャワーを浴びて新しいタンクトップとジョガーパンツに着替えた。
再び庭に出ると、ミカは山本さんの息子・和彦くんが仕切るかき氷屋に並んでいる。
かき氷屋の隣で販売していた手作りのバザー用品は、早々に完売したようだ。
「ミカ、かき氷か。いいな、俺も食おうかな」
「秘書のおじさんは、何色?ミカはね、紫色にするんだ」
「あぁ、葡萄味か。俺はもちろんオレンジ味だ」
「推しの色だもんね!」
ようやく順番が回ってきて、和彦くんにかき氷を2つ注文する。
「ミカの推しは、ずっと紫のムッチなのか?」
「ミカもね、最初はオレンジのハリーだったよ。でもね、歌はハリーが一番上手だけど、踊りが下手でしょ?だからダンスが得意なムッチがいいなぁって。いつかムッチの生のダンスを見てみたいの。グループは解散しちゃったけど、また違うグループに入ればいいのにね!」
(もちろん俺もコンサートのBlu-rayを全て見たが、CEOに対してダンスが苦手だなんて思ったことはないぞ。俺の目から見たら、歌も踊りもCEOが一番上手だ)
ミカが好きだというムッチは、解散後しばらくはソロで活動したらしいが、鳴かず飛ばずでそのうちメディアで見ることはなくなってしまった。
おそらく、ミカが彼を見られる機会は訪れないだろう。
「かき氷、もう一つ。オレンジでお願いします」
背後から声がして振り向くと、白ワイシャツと黒いスラックスに戻った眼鏡執事がいた。
襟付きのシャツ姿をずっと堅苦しいと思っていたが、さっきまでのタキシードに比べればラフに思える。
「執事のおじさん、着替えちゃったの?ミカも執事カフェ行きたかったのにー」
「クロワッサンは無事に売り切れとなりましたので、私はお役御免ですよ」
俺も執事も、オレンジ色のかき氷を和彦くんから受け取る。
ガリガリと粗削りの氷が美味い。
「なぁ、アンタさ。CEOがダンスが下手だって思ったことあるか?」
「は?アナタ、坊ちゃんに対して、なんてことを言うんですか!」
「い、いや違うんだって。俺じゃなくてミカが……」
ミカはかき氷に夢中で、俺たちの会話には興味が無さそうだった。
—
「ミカちゃん、執事さん、秘書さん。ちょっとうちにいらっしゃらない?」
夕方、山本さんに声を掛けられ、三人連れだって彼女の家を訪れた。
ミカは「なんだろうね!」とワクワクを隠しきれない様子だ。
「ミカちゃんに着せてあげたくて、用意したのよ」
リビングには、金魚の模様が入ったピンク色の浴衣が置かれていた。
「うわぁ、可愛い!これ、ミカが着てもいいの?」
「えぇ、もちろんよ。うちは息子しかいないから、近所に借りられる浴衣がないか、聞いて回ったの。そしたらすぐに見つかったわ」
「二階の部屋で高橋さんが着付けてくれるから、いってらっしゃい。髪もシュシュで結ってもらうのよ」
コクリと頷いたミカは、本当に嬉しそうだ。
浴衣を着て祭りに来ている子も多かったから、口には出さなくても、ずっと羨ましかったのかもしれない。
「ありがとうございます。俺たち男二人では、そんなことまで気が回らなかったです」
「フフフ。いいのよ。それでね、貴方たち二人にもあるの。うちの旦那の若いときのものなんだけど、絹紅梅の浴衣と有松の絞りの浴衣なのよ」
二着の浴衣を見せられ説明を受けるが、残念ながら俺にはその価値がピンとは来ない。
執事も神妙な顔をして聞いているが、たぶん分かっていないだろう。
ただ、いい物だということだけは、充分に伝わってきた。
山本さんとしては、どちらにどの浴衣を着せたいのか、最初から決めていたようだ。
森へ射す光のような透け感のある濃い緑色の絹紅梅を眼鏡執事が、深い海のような紺色の有松絞りを俺が着ることになった。
着付けは山本さんがしてくれるらしい。
彼女の見立ては正しく、執事にはその上品な絹紅梅が良く似合っていたし、俺の筋肉質な体格には、木綿の浴衣が馴染んでいた。
(眼鏡秘書、タキシードも似合ってたけど、浴衣も様になるじゃないか。似合わなかったのはタンクトップだけだな)
俺たち二人の着付けが終わった頃、階段から高橋さんだけが降りてきた。
「さぁ、ミカちゃんの登場よ」
彼女の掛け声で、そちらを見ると金魚の浴衣を着たミカがゆっくりと下りてきた。
赤い兵児帯を巻いたその姿は、彼女の持つ上品さと可愛らしさを引き立てており、皆が思わず拍手をする。
「いいな、ミカ。良く似合ってる」
「えぇ、ミカ様。とっても素敵なレディです」
ミカは恥ずかしそうに、はにかみながら、ぐるっと回転して全体を見せてくれた。
長い髪も、バレリーナのようにお団子にしてもらっている。
そんな彼女に見惚れていると、山本さんは言う。
「さぁ!もう櫓の提灯が灯る頃よ。戻りましょう、お庭へ」
ぬかりなく用意されていた草履を履き、俺たちは賑やかな声が聞こえる庭へと戻った。
—
櫓の前にユニも連れてきて、三人プラス白い犬で並び、和彦くんに写真を撮ってもらった。
執事はそれを、すぐにマドカさんへ送信する。
数分後、返事が五月雨式に届いたから、皆で彼のスマホを覗き込んだ。
『ミカ、我が子ながら可愛すぎる!』
『その浴衣、よく似合うわ』
『本当にありがとう。アナタたちに託してよかった』
『山本さんにもよろしくお伝えください』
『写真、たくさん撮ってあとで見せてね』
『こちらは明日、最終日』
『最後に大きな商談があるの。力をもらったわ。頑張ります』
『盆踊り、楽しんで』
俺にもマドカさんの喜びが伝わってきた。
当初は不安ながらも、湾岸のホテルへミカとユニを閉じ込めて置くつもりだったのだ。
色々なことが重なって、こうして夏祭りに参加させてあげられたことが、嬉しいのだろう。
俺もこの幸せな雰囲気に、飲まれたのだ。
だからつい、出来心を起こしてしまった。
「その写真、俺にも送ってくれるか?」
そう執事に伝え、共有してもらった写真を、「えいっ」とあの人へ送信する。
「え?アナタ、今、誰に送信しました?」
執事は驚いた顔をしている。
その顔を見て、俺も我に返った。
海上はWi-Fiの電波も不安定と聞いていたが、無事届いてしまったようで、すぐにピコンと返事が届く。
『これ、どういう状況?』
(しまった。CEOはここに至る過程を何もご存知ないのに。夕陽の写真のお礼に、自分たちの写真を送りつけるなど、判断力が鈍っていた……)
CEOから戸惑った返信をいただいてしまい、俺は深く反省する。
この状況を事細かに解説すべきか、これ以上CEOのプライベート時間を奪うべきではないか悩んだ末、俺は返信せずに、帯の間にスマホを仕舞った。
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