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No.20 七日目・秘書「花火が消える」
屋敷の一階には、大勢の人が詰めていた。
座るところがない者が大半で、皆、立って窓の外を眺めている。
青年団の一人が、テラスから庭へと出た。
そして、大きな声で知らせてくれる。
「雨、止んだみたいっすよー」
皆、「よかった」と言い合いながら、続々とテラスから庭へ出ていった。
玄関ホールにいた子どもたちも、我先にと飛び出していく。
ミカも、もう泣いてはおらず、トイレットペーパーの万華鏡を握りしめ、櫓のところへ笑いながら走っていくのが見えた。
俺と執事は、屋敷内に忘れ物がないか見て回ってから、庭へ出る。
強い雨により、昼間の飲食の匂いや埃っぽさは全て洗い流され、土の匂い、森の樹々、草木の匂いが立ち込めていた。
空を見上げれば、雲も流れ、星が瞬いている。
どうやら、盆踊りこそ途中で中断したが、夏祭りは気持ち良くクライマックスへと向かうようだ。
「さぁ、子どもたちは並んで。手持ち花火を配りますよ。慌てなくて大丈夫。たくさん用意していますからね」
大人たちは俺が焼きそばを焼いていた辺りに、吹上花火を設置していた。
「ねぇ、秘書のおじさん。ユニをお庭に連れてきてあげてもいい?」
手持ち花火と万華鏡で両手がふさがったミカが、訊ねてくる。
俺は辺りを見渡し、祭りの邪魔にならないだろうかと考えを巡らせた。
暑さも和らいだし、飲食物もなくなったし、そもそもユニは賢い犬だから、問題ないだろう。
「リードを離さなければ大丈夫だろう。俺が連れてくるよ」
「ありがとう!」
一日退屈だっただろうユニは、雷の音が聞こえなくなった庭へ、跳ねるようにして出てきた。
リードを持つ俺をグイグイと引っ張り、ミカの元へと急ぐ。
「ワン!」
「ユニーーー!」
ミカは、手持ち花火の袋と万華鏡を両手に持ったまま、ユニに抱きつく。
周りの子どもたちも大きな白い犬に興味津々だが、少し怖いようで遠巻きに見ている。
「撫でてもいいですか?」
あの万華鏡の少年ゲンくんが俺の目を見て、しっかりとした口調で訊ねてきた。
「あぁ、大丈夫だ」
ゲンくんは少し怯えながらも、そっとユニの頭を撫でてくれる。
ユニが気持ち良さそうに目を細めたから安心したようで、もう少し強く「よしよし」と手を動かした。
(これだけのことで「なんだいい子じゃないか」と思う俺は、我ながら単純だな)
「ロウソクに火が灯ったみたいだぞ。さぁみんな、花火を楽しんでおいで」
俺がそう促すと、ミカは「これ持っていてくれる?」と万華鏡を預けてきた。
「分かった。もしも落としたら大変だから、居間のテレビの横に置いておくな。ゲンくんもそれでいいか?」
「お願いします」
ようやく片手が空いたミカは、手持ち花火が入った袋を開封し、どれからやろうかと悩み始める。
気の早い子が一本目に火をつけると、辺りがぼわっと明るくなり、緑の火花がシューッと勢いよく飛び出す。
それを見て、他の子たちも、次から次へ手持ち花火に火をつけていく。
花火特有の火薬の匂いが立ち込め、色とりどりの光が、夜の庭を照らしていた。
ユニは花火が苦手なのか、少し離れたところからミカを見守っている。
執事は子どもたちに近づき、マドカさんに送るための写真を、スマホで何枚も撮影中だ。
彼の横顔も、花火の光でオレンジ色に輝いていた。
庭の片隅でユニにトイレをさせ、俺は一旦居間へ戻る。
ユニを屋敷に置いて、一人で庭へ出る頃には、子どもたちの手持ち花火が終わり、吹上花火が始まろうとしていた。
皆が期待を込めた大きな声でカウントダウンをしている。
「ごー、よん、さん、にー、いち、着火!」
係の役員たちが、地面に置いた花火に点火をし、さっとその場を離れる。
少しのタイムラグがあって、一斉に炎が噴き出した。
歓声も上がったが、大半の者はただただ見惚れ、その美しい花火を目に焼き付けている。
これが消えたら、祭りが終わるのだという寂しさが、より一層、綺麗に見せるのだろう。
「終わってしまいますね……」
眼鏡執事の声が聞こえ、俺は花火から目を離さず「あぁ」とだけ答えた。
—
「子どもたちは帰るときに、お土産のお菓子の袋を受け取って行ってね」
山本さんが皆に呼びかけている。
門扉のところで配るらしく、外へ出ないミカにだけ直接持ってきてくれた。
「はい。ミカちゃんの分よ」
「これこの前、おリボン結んだお菓子だ!」
「そうよ。色々とお手伝い、ありがとね。おかげでいいお祭りになったわ。執事さんも、秘書さんも、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。いい経験をさせてもらいました」
「本当に。こんな素敵な浴衣までお借りして。こちらは後日、クリーニングしてお返しいたしますので、少々お時間をいただきますが、よろしいですか?」
「あら、いいのよ。そのままでも」
「そういう訳には、参りませんので」
そんな会話をしていると、門扉のところから大きな声が聞こえる。
「ミカちゃーん、またねー」
ゲンくんの声だ。
「また、来年のお祭りでねー!バイバイ」
ミカは彼らの姿が見えなくなるまで、大きく手を振り続けていた。
(一年後、また会えるといいな。だけどそのときには、ゲンくんも中学一年生。もう今回のような距離感では遊べないかもしれない。子どもの成長は早いから……)
「今日中に、各自が持ち寄ったものは撤収します。ただ、櫓とステージを組んだ木材は、明日10時に、棟梁のところのトラックが来て搬出になりますけれど、よろしくお願いしますね」
「はい。承知いたしました」
執事はミカを連れ、名残惜しそうにしながらも屋敷に入り、室内の片付けと寝支度を始める。
俺は庭に残り、撤収作業をする人たちを最後までを見送り、門扉を閉めた。
最後にキョロキョロと門の周りを見渡したけれど、怪しい紫の軽ワゴンを見かけることもなく、無事に祭りが終われたと、肩の荷を降ろした。
—
俺が戸締りを確認して居間へ戻ると、ついさっきまで沢山の人がいた空間とは思えぬほど、そこは静かだった。
もう風呂に入りパジャマに着替えたミカが、万華鏡をそばに置きながら絵日記を書いている。
その横では執事が、ミカと自分が借りた浴衣を畳んでいた。
「ミカ、絵日記見てもいいか?」
「いいよ」
絵の真ん中には、万華鏡を持ちながら花火をする女の子と男の子が描かれている。
「これは、ゲンくんか」
「うん。それでこれがね、執事カフェだよ。ゲンくんのお母さんが『紅茶が美味しい』って喜んでたって」
「そうか。それは執事もうれしいな。それで、このタンクトップが俺か」
「そう。焼きそばも美味しかったね。ミカたくさん食べたよ」
「あぁ、俺もうれしかった」
(秘密の部屋に仕舞われていたCEOの絵日記のように、この日記もずっとずっと残るといい……)
彼女は眠そうに、大きな欠伸をする。
「俺たちもすぐに二階に行くから、先にユニとベッドで寝転んでいてもいいぞ」
この屋敷に来てから、一人では眠れないと言っていたミカも、今日は本当に疲れたのだろう。
「うん、そうする」
ミカは絵日記を閉じ、色鉛筆と一緒にカバンへしまった。
そして、万華鏡を大事そうに持ち、ユニを伴って二階へ上がっていく。
部屋の片付けをする俺も執事も、祭りの余韻と疲れで、口数は少ない。
「あぁ、そうだ。居間のバカラのデキャンタを全て二階へ移動してあるんでした。戻さなくてはいけませんね」
「明日でいいだろ」
「それもそうですね」
淡々とシャワーを浴び、明日の朝食の仕込みを少しだけして、二人して早めに寝室へ向かう。
「ミカ様、よく眠っていらっしゃいます」
「あぁ、いい夢見てそうな顔してる。明日の朝はゆっくり眠ろう。スマホのアラームも切っておけよ」
「そうします。おやすみなさい」
「おやすみ」
目を閉じると、楽しかった今日一日の場面が思い出されたが、いつの間にか眠っていた。
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