18 / 30
第18話 三年前までは
「もういいよ、ありがとう」
満足した様子の八乙女は言いながら身体の向きを変えた。
手を出そうとしなかったから、断りの言葉を告げるまでもなく諦めてくれたのだろうか。
そんなはずがないのに間抜けにもそう考えていたら、首に腕を回されて身体を引き寄せられた。
「ねえ雅紀」
かわいらしくも妖艶みを帯びた顔で甘い声を出しながら、さらにぐっと寄せ、唇が触れるほどの距離にまで迫る。
「……僕にその気はありません」
八乙女の身体を抑えながら顔を背け、態度でも拒否を示しながら答えた。
「嘘だよ」
その言葉とともに、タオルで隠しているそれに、布越しに何かが触れる。
「ちょっ!」
「ほら、ちょっと大きくなってる」
「やめてください!」
それはたった今触ったからであって、さっきまではおとなしくしていた……はずだ。
「雅紀くんはノンケなのかな?」
耳元で言ったついでとばかりに、今度は耳たぶを舐められる。
くそ。直接的になってきやがった。
しかし身体を引き離そうにも、華奢な身体にどこまでの力をかけていいのかわからず、中途半端な抵抗でしかない。
「女の子はたくさん抱いてるだろ?」
「えっ?」
「見てすぐにわかるよ。どちらにせよ君はタチだからノンケだとしても大丈夫」
「タチ?」
聞くと、八乙女はなんと向かい合わせで膝の上に乗ってきた。そして耳元で囁く。
「鞘ではなく刀を使うほうってこと」
タオルを付けていない彼の凹凸が身体に触れるし、敏感になり始めているそれに彼の圧がかかってさらに起き上がる。
これは生半可な抵抗では無理だ。
「僕にその気はありませんから」
多少の怒気を含ませて言いながら、強引に立ち上がろうとした。
しかし、今度は屹立し始めているそれに新たな刺激が襲う。
「その気にさせてあげる」
なんとタオルの下に手を入れて、直接掴んできたのである。
意表をつかれて身体を強張らせてしまうも、それが膨らむよりも早く頭に血が登った。
「なるわけないだろ!」
なめるなよという怒気をも含ませて立ち上がった。
相手が怪我しようが知るものかという勢いで。
八乙女はばしゃんと音を立てて尻もちをついたものの、逆ギレするどころかこちらを見上げて舌なめずりをした。
「いいね。ますますぼく好みだ」
目は三日月のようににたにたとしていて、可愛らしい顔立ちが悪魔的な妖艶さに染まっている。
「……そっちも申し分ないな」
その目が下のほうへ移動したのを見て、ぞっとした。
タオルがないし、最悪な事態になっている。
生田は急いで風呂場から逃げ出ていった。
なんてことだ。
なぜこんなことになったのか。
それは、慰めてほしいと言われて二人きりになったせいだ。
衣服を着ながら苛々としていた生田は、そこではっと気づく。
久世は西園寺となにをしているのだろう。
もしかして、似たような展開になっているのではないだろうか。
今さら気がついて青ざめたところで、生田は駆け出した。
全速力とも言えるスピードで走り、ノックもせずにドアを開けた。
前室をすかずかと通り過ぎ、勢いよく襖を開けると、目に飛び込んだのは談笑している二人の姿だった。
「おいおい、いきなり入ってくるなよ」
言葉とは裏腹に柔らかな語気で言った西園寺の前には、お茶と菓子、それからタブレットが置いてあり、画面には写真が映っていた。
呆気なくも拍子抜けすると同時に、威勢よく失礼な真似をしたことが恥ずかしくなってくる。
「すみません……」
「やはり王子で間違いないな。姫を救い出しに来たのか」
西園寺がちらと視線をくれたその先には、久世が丸い目をこちらに向けている姿があった。
「車を置いてきたから取りに行こうと思って……空港に」
生田は言い訳をひねり出す。
「それで、姫も連れて行くって言うのか?」
「……透のことでしたら、そのとおりです」
「なぜ連れて行く必要がある? 一人で行けよ」
「え……」
「俺たちと会わなかったら、透は今ごろ空の上だ。追いかけることもできない。用事が済んだから別れるところだったんだろ? 帰るなら一人で帰ればいい」
ぐうの音も出ない。
確かに西園寺の言うとおりである。
生田と久世の仲はたかが|二月《ふたつき》。
彼らはもっと長い付き合いのようであるし、しかも三年ぶりに偶然再会したらしいのだから。
久世はうつむいたり目を彷徨わせたりして、うんともすんとも言わない。
「わかりました。では、失礼します」
つまり、彼も西園寺と同じ考えということだ。
挨拶をしつつ軽く頭を下げて、部屋から出るために身体の向きを変えた。
「志信はどうした?」
すると、西園寺に呼び止められる。
「八乙女さんは……」
「よく出てこれたな」
「いえ、飛び出てきました」
答えると、西園寺は「はっ!」と声を張ったあと笑い出した。
「それはそれは。王子は王の執着を煽るような真似をしたらしいぞ。どうする? 透」
「行く」
「あ?」
久世は立ち上がり、バッグを掴むと生田の立つ襖のところへやってきた。
「透も行くの?」
数秒前とは打って変わって機敏な様子を見せた久世に、生田も目を丸くしてしまう。
「ああ」
「おい、透」
しかし、西園寺は呼び止めながら久世の腕を掴む。
「おまえの王子は俺のはずだろ?」
掴まれた腕を見て、次に西園寺のほうへ視線を滑らせた久世は答える。
「……三年前まではな」
言うと久世は無理やり西園寺の腕を振り払った。
生田も驚いたが、西園寺も同様だったようで、物怖じしないであろう彼の片眉がぴくりと上がった。
「雅紀、行こう」
眉根を寄せた久世に言われて、驚き固まっていた生田も強張りを解き、襖を開けて出ていく彼の後に続いた。
ともだちにシェアしよう!

