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第8話 過去編
過去の話。
希良利の家で働かせてもらって早5か月。
希良利は俳優業をやっていて、同世代の奴らなんて目に入らないぐらい稼いでいるのに、家政婦のような僕にすごく良くしてくれた。
外食に連れて行ってもらうことはないけれど、お土産を買ってきてくれたり、部屋を与えてくれたのに家賃も取らず十分すぎるくらい手当をくれた。
買い物はネットで済ますように、という縛りはあるものの、僕はむしろ外に出なくていいことを喜んだ。
生粋のインドアである。
僕の娯楽は漫画やアニメ、ゲームで、外に出ずとも満たされるし、食べたいものもネットや宅配で注文できる、
僕にとってここ はオアシスだった。
そんな風に順調に生活を送っていた僕に、1件のメッセージが届いた。
僕の片手に収まる人数しかいない友人の中の1人、草間からだった。
彼も同じ大学だったが同じ寮にいたため、長濱希良利より親睦を深める機会が多かった。
性格もどちらかと言うと俺の様に陰キャ寄りだったから尚更打ち解けやすかった。
希良利と過ごすようになって存在をすっかり忘れていた。
『影山、久しぶり。
就職しなかったって聞いたけどどうしてんの?』
「久しぶり。
長濱さんって覚えてる?
その人のところで世話になってる。
草間は?」
そういえば、こいつは卒業した後どうしたんだろう。
あんなに良くパチンコに行ったり、飯を食いに行ったりしてたのに、気づいたら引っ越してたんだっけ。
『長濱?知らないけど、お前がどっかで野垂れ死んでるわけじゃないなら良かった。
俺は〇〇商事 に就職して今は研修中。
研修期間だからまだこっちにいるけど、あと1ヶ月くらいで本配属。
今のところ大阪支社に配属希望出してる。実家大阪だし。
だから、今のうちにこの辺にいる友達に会っておこうと思って』
〇〇商事か…、草間はすげぇな、と僕は愕然とした。
学部は違えど、同じ大学で同じ寮だったのに、草間と僕では天と地の差だ。
まあ、希良利と比べれば皆、地ではあるんだけれど。
草間は学部もゼミも違うから、”長濱”と聞いてピンとこないらしい。
かといってわざわざ”俳優の長濱希良利だよ”と言うのも変な感じがしてあえて言わなかった。
草間と会う…、か。
希良利に出会う前の俺なら、大手に就職してちゃくちゃくと良い人生を歩み始めている学友を見るのは嫌がっていたかもしれない。
けれど、今の僕はちゃんと労働の対価を得ているし、特殊かもしれないけれど働いている。
「草間、大阪行っちゃうのか。寂しくなるな。
長濱さんが仕事の日の日中なら都合がつくと思う」
『日中か~、来週の土日なら空いてるけど、影山は?』
僕は急いで希良利用のスケジュールアプリを確認する。
日曜はオフだが、土曜は撮影で遅くまで戻らない予定の様だ。
「土曜なら◎」と返すと、『じゃあ土曜の12時、△△駅な』と返ってきた。
△△駅は、僕が通っていた大学の最寄りだ。
きっと学生の頃に良く通ったお店の食べ納めでもしたいのだろう。
「了解」と送って携帯を閉じる。
今日は家中のカーテンを洗って干そうと思っていた。
カーテンなんて全く洗ったことがなかった僕は、かなり手際が悪いので早く取り掛からなくてはならない。
何とか洗濯を終え、手早く夕食を作って希良利を待つ。
今日の彼は19時過ぎに帰宅した。
最近、彼は帰宅が早いらしく、マネージャーさんは喜んでいた。
大学生の頃はかなり無茶なスケジュールをこなしていたらしい。
でも、そのころの無茶があってこそ今の彼の人気があるのだと思うから、一概には否定できないけれど。
「ただいま、睦月。
いい匂いがするけど、今日の晩御飯は何?」
一通り、手洗いや着替えを済ませた希良利が、台所に立って料理をよそう僕に背後から抱き着いて鍋を覗き込む。
いつものことだけど、この距離感に僕の心臓は毎度バクバクする。
希良利は距離感が変だと思う。
でも、こないだたまたま見た男性アイドルのYoutubeではオフの彼らが肩を抱き合ったり、顔を寄せあったりしていたから、芸能人なら当たり前の距離なのかもしれない。
僕は一般人なので少々配慮を頂きたいけれど、希良利に触れられることは緊張するけど決して嫌ではなかった。
なんならちょっと嬉しかったし。
「えっと…、カーテン洗うのに手間取っちゃって…、簡単な物だけしか作れなかったんだけど…」
希良利に堅苦しいのは嫌だからと、ため口で話してほしいと言われていた。
更には”希良利”と呼び捨てで呼んでほしいなんてお願いをされて、流石にそれは丁重にお断りした。
だから、希良利くんと呼び、ため口で話すようになっていた。
「カーテン洗ってくれたんだ。ありがとう!
助かるよ。
クリーニングに出してもよかったのに」
「家中のカーテンとなると車があっても大変かと思って…。
お家に業者さん呼ぶのも緊張するし」
「はは、睦月らしいね。
でも無理はしないで。
本当に大変なときは俺に相談してね」
彼にそう言われ、頷く。
本当に優しいんだ、僕の雇い主は。
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