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第9話 過去編2

向かい合って夕食を食べる。 不意に視界の端に自分の髪が入る。 最後に髪を切ったのはもう5か月以上前のことだ。 こんな長髪で草間に会うの、ちょっと恥ずかしいな… 「あ、あの」と僕が口を開くと、希良利は「どうした?」と微笑む。 あまりに顔が良いので一瞬見惚れる。 「あ、えっと、金曜日に髪を切ってきてもいい?」 彼は意外そうに「髪?」と鸚鵡返しした。 なんとなく、草間に会うから、とは言い辛くて「伸びてきて、ちょっと鬱陶しい」と答える。 「そうか。 睦月の髪、すべすべで手触りいいから勿体ない気もするけど…、睦月が鬱陶しいって言うなら仕方ないね」 すべすべで手触りが良い…、自分の髪が希良利にそんな風に評価されていたとは知らず、照れてしまった。 そんな良いもんでもないと思うけれど。 「あ、もし決まってる店がないなら、俺が行くところ紹介しようか? 予約取っておくよ?」 「え、いいの?」 学生時代はとにかく安さ重視でお店を決めていてけれど、今は収入もあるしなんなら貯蓄もあるし、希良利が良く行くサロンに行ってみたいかも… でも僕みたいな平凡が行って浮かないだろうか? 「いいよ。今からだと大抵のお店が金曜の予約なんて取れないだろうから、俺の顔が利く店にしたほうが良いと思うし」 と言われて納得した。 あっという間に金曜日。 僕は希良利が手配したタクシーに揺られて、高そうなサロンに足を踏み入れた。 受付の人に声をかけ、座って待っている間に目についたサロン専売シャンプーなどの値段を見てひっくり返りそうになる。 僕は希良利のシャンプーを共有させてもらっているが…、今度からは自分だけ市販のものを用意して使おうかな…。 そういえば希良利に「そろそろシャンプー切れそうだから注文しようかな。睦月、受け取ってきて」とお願いされている。 その分の支払いって僕持ちなのかな? いや、今まで散々シャンプーとか使わせてもらったし、クレカも持ってきたし、喜んで払わせてもらおう。 自分を奮い立たせていると、おしゃれな女性が「いらっしゃませ、影山様。こちらへどうぞ」と僕を席へ案内した。 「本日担当をします、ミカワです。 希良利くんの同居人って聞いてます! 今日はどんな感じにされます? 一応、希良利くんからは私のお任せでっては言われてるんですけど…、やっぱり本人の希望もありますし」 陽だ…、眩しい。 僕は少し考えてから、髪型の希望なんて特にないなと思った。 プロにお任せしよう。 「髪の事はよく分からないのでお任せでお願いします」 「かしこまりました。 カラーはどうされます? バージンヘアーっぽいですけど」 ミカワさんがさらりと僕の髪を撫でた。 僕は髪を染めたことがない。 染めてみたい気持ちもあったけれど、希良利の”さらさらで手触りの良い髪”という言葉が反芻する。 「…、染めなくてもいいですか?」と僕がおずおずと訊くと「勿論、大丈夫ですよ!」と美容師さんが明るく答えた 。 「実は希良利くんからもあまり染めないでほしいって言われてたんです」と彼女は笑った。 希良利の話をメインに雑談をしながらあっという間にカットが終わる。 それから若いアシスタントさんにシャンプーをされ、仕上げに少しセットしてもらった。 鏡に映る自分は見違えるようだった。 こんな風に自分でもセット出来ればいいのになと思う。 「あの…、このワックスって買えますか?」と訊くと、ミカワさんは「もちろんです!」と答える。 持ち帰りのシャンプーにこれも付けてもらうことにした。 どうせお金を使うところなんてないんだから、大丈夫。多分。 お会計になり、受付に行くと「お代は長濱様より頂いております」と言われた。 「え、いや、それってシャンプーだけですよね? カット代とワックス代は僕が払います!」 と食い下がるも「長濱様より、影山様には一銭も受け取るなと仰せつかっておりまして」と困ったように言われる。 困らせて申し訳ないけれど、僕も引き下がれない。 「あ、せめてワックス代だけでも僕の会計にしてもらえませんか? これは希良利くんの予定にない出費だと思うので…」 そう言うと、渋々お会計をしてくれた。 帰りもタクシーを呼ぶように言われていたけれど、流石に申し訳ないので公共交通機関を使って帰った。 帰宅してから鏡に自分が映るたびに見慣れなくてそわそわする。 思わず自分の顔をぼーっと見てしまうのを自制して、僕は家事に勤しんだ。 帰宅した希良利は僕を見るなり「お!いいじゃん」と褒めてくれた。 僕が照れていると「さすがミカワさんだなぁ…、よく分かってる」と彼が目を細める。 美容師のミカワさんと希良利…、2人の長年の信頼のようなものが透けて見えて胸がチクリと痛んだ。 そんな権利、僕にはないのに。

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