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第10話 過去編3

湯に浸かりながら、そういえばミカワさんもかなり希良利のことを知っている風だったなぁと考える。 せっかく希良利に褒めてもらえたのに素直に受け取れずモヤモヤしている自分が情けない。 そもそも、希良利くらいの有名人となると、担当美容師どころか人気の女優と何かしらがあってもおかしくない。 自分の抱えるこの気持ちが分不相応なのは分かっている。 けれど、これだけ彼の近くにいて好きになるなと言う方が難しいだろう。 っていうか…、そもそも希良利が男を好きかも分からないのに。 僕だって、多分ゲイではない。 初恋は女の子だし、大学まで好きだった子も皆女の子だ。 希良利は、性別なんか関係ない。 そんなものに左右されないくらいに完璧で美しくてかっこいいんだ。 お風呂から上がり、髪を乾かしていると希良利が洗面所に現れた。 僕はドライヤーを切り「ごめん、洗面所使う?」と振り返った。 「ううん。せっかく短くなったし、俺が乾かして良い?」 思わぬ言葉に僕は「え?」と困惑した声を漏らした。 「切りたての髪、触りたい。だめ?」 そんな風に訊かれて断れるわけがない。 「良い…、けどそんな面白いもんじゃないと思うよ?」 僕がそう言うも、彼はドライヤーを受け取って僕の髪を乾かし始めた。 僕と彼ではそこそこ身長差があるので、屈んだり座ったりしなくても易々と乾かせるみたい。 少し悔しい。 短くなった髪はあっという間に乾いてしまう。 ドライヤーが切られ、希良利の白くて細長いのに大きくて、それでいて僕の髪に触れるときは繊細な手つきのそれが離れていくのを惜しく思った。 「うん。ノーセットでもいい感じだね。 ミカワさんはほんとよく分かってる」 満足そうに微笑む希良利に僕は思わず「仲がいいんだね」と呟く。 その声色に思ったよりも棘が含まれていて、自分でも驚いた。 鏡越しに目が合った希良利も、目を見開いている。 しまったと思い、慌てて「ミカワさんもすごく希良利くんの話をしてて…、それで…」と付け足すけれど言葉が上滑りしている気がした。 「ふっ…」と息が漏れる音がして、もう一度鏡の中の希良利を見ると、彼は笑っていた。 「嫉妬してたの?」 嫉妬…? そんな烏滸がましい感情、僕が希良利に向けて良い訳がない。 「ち、ちがう! 僕は羨ましかっただけで…」 僕は彼の方を振り向く。 「どっちが?」と彼が目を細めて訊いた。 「え?」と、質問の意味が分からず訊き返す。 「羨ましいっていうのはどっちに対して? 俺?それともミカワさん?」 耳の奥で自分の心臓が暴れ狂う音がする。 顔も頭も熱を持っていて、指先が震えた。 「ミカワさんが。 希良利くんと仲良くしてるミカワさんが、羨ましい…」 希良利はさらに笑みを深くすると、僕にハグをした。 「睦月は可愛いね~」と上機嫌に言う。 可愛くなんてないけれど、希良利の腕の中は好きなのでジッとしていると希良利が話し始める。 「確かにミカワさんとは付き合いは長いけど、この5ヶ月でとっくに睦月の方が仲良しだよ。 それに、ミカワさん既婚者だからね」 「えっ…」 そりゃそうか、あれだけ美人で社交的な人、結婚しててもおかしくはない。 「ふふっ、だから、俺には睦月だけだよ」 ふざけて言ってるって分かっててもそんなことを言われると恥ずかしくて、僕は顔を見られないように希良利の胸に顔を埋めた。 「睦月~?」と笑いを含んだ声で名前を呼ぶので、僕はさらに強く彼の胸に抱き着いた。 決して腕を解かれないように、彼に回した腕に力を込める。 希良利は「コアラみたい」と爆笑していた。 そんな和やかな夜は、この日が最後だった。 久々に会う草間は、すっかり様変わりしていた。 どちらかというと僕のような陰キャだと思っていたけれど、髪はさっぱりと短髪になり眼鏡もコンタクトレンズになっていた。 就活の時は着せられているように見えたスーツ姿が、今ではすっかり板についている。 「よお、影山。 元気そうでよかったわ。 ちょっとおしゃれになったか?」 スキンケアやヘアケアは希良利と共有だから最近は髪質も肌質もだいぶ良くなった。 服やアクセサリーも彼からおさがりを貰ったりして、あまりサイズは合わないけれど、おしゃれではあるはず。 髪型も、昨日の美容師さんを真似て整えた。 以前のボサボサヘアーにスウェット・サンダルの僕から見れば確かにお洒落にはなっただろう。 「それを言うなら草間だって、すっかり社会人の顔してるじゃん」 僕が口を尖らせると草間は噴き出した。 「中身はまんまなんだな。 5ヶ月も正社員で働けばそりゃ立派な社会人だろ。 ってか腹減ったし、早く行こうぜ」 草間に肩を組まれて連れてこられたのは、学生時代に何度もお世話になった定食屋だった。 5か月前までは週に2~3度お世話になっていたのに、今じゃすっかり足が遠のいていた。 お店に入ると、おばちゃんが「あらぁ!!久しぶり!!」と熱烈に歓迎してくれて、細々サービスの品をつけてくれた。 僕は生姜焼き定食、草間は焼きサバ定食。 2人して「そうそうこの味~」と懐かしみつつ、どんどん量の多い定食を胃に納めた。 粗方食べたところで草間が口を開いた。 「そういえば影山が言ってた”長濱さん”って、もしかして長濱希良利?」 僕は食後のコーヒーを器官に入れてしまい、ゴホゴホと噎せた。 「え、なんで?」とせき込みながら訊くと、 「お前以外にも大学の奴らと会ってて、誰かが『うちの大学って長濱希良利がいたよな』って言ってたんだよな。 で、お前が言ってた”長濱さん”ってそいつか?って思ったんだけど、図星みたいだな」と草間が説明した。 本当に勘が鋭いんだこいつは。 僕は観念して「そうだよ」と頷いた。 「内緒にしてくれよ」と僕が言うと「当たり前だろ。っていうか、誰も信じないと思うし」と草間が言った。 確かにそれもそうだなと思って、僕はコーヒーを煽って飲みきった。

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