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第3話 アルフレッドとの出会い
急な問いかけに、体がピクリと反応する。
気づかれない程度に薄く目を開くと、そこには夜を溶かしたような黒髪の少年が、こちらを覗き込んでいた。
「おい、寝てんのか? それとも倒れてんのか?」
少年の瞳には好奇の色が滲んでいる。
こちらがこれから自然と一つになろうとしている時に、うるさいやつだ。
無視でもしておけばいつかいなくなるだろう。
再び目を閉じて、少年の言葉を無視する。
けれど予想とは裏腹に、少年はずっと話しかけ続けた。
「なぁ、こんなところで何してんだ?」
「お前、なんでこんなにボロボロなんだよ」
「汚ねー靴だな」
「まつ毛フッサフサだな!」
「俺はアルフレッド。お前、名前は?」
一方的に話しかけられる言葉に、痺れをきらし彼はついに声を上げた。
「……うるさい!」
その声に、アルフレッドと名乗る少年は驚いたように目を見張ると、大きな口から白い歯を覗かせて、ニカーっと笑って見せた。
「なんだ喋れるのか! てっきり人形かと思ったぞ」
「……寝てただけだ。それなのに、お前が邪魔した」
今まさに死のうとしていた、なんて言えるわけもなく、ぶっきらぼうに言い放つ。
遠回しに「寝るから邪魔だ」と伝えたつもりだったが、アルフレッドはその意図に気づいていないのか、食い下がる。
「女の子がこんなところで一人で寝たら危ないぞ」
「なっ、俺は男だ!!」
「男? お前が?」
アルフレッドは、驚いたように目を瞠った。
確かに、銀白の髪は腰までの長さがあり、母譲りの女顔だとは思う。けれども、心は立派な男なわけで、間違えられるなんてプライドが許さない。
最期の力を振り絞り、大木からわずかに身を起こすと、きっとアルフレッドを睨む。
だがアルフレッドはそんなことなどお構いなしな様子で、こちらをジロジロみては、男であるという事実に目を丸くしていた。
よく見ると、アルフレッドは随分と小綺麗な身なりをしている。
良い生まれなのだろう。それが余計に苛立たせる。
「悪かったな、期待外れで。気が済んだら早くどっかへ行けよ」
遠回しではなく、今度はしっかり言葉にして伝える。
しかし、アルフレッドは、どこかへ行くどころか、ドスンと隣に腰掛けた。
「気が済んでないから、まだここにいる。せっかく護衛を撒いて探検にきたんだ。それにお前、なんだか面白いしな」
なんと空気の読めないやつなのか。ほとほと呆れる。
それに普段、護衛がいるなんて、どれだけボンボンなんだ。
その時、彼はふと気がついた。
「お前……、この瞳を見ても何も思わないのか」
そうだ。村の人狼たちはみな、この瞳を見ておののいた。
人狼にとって、この瞳は禁忌の呪いなのだ。
「瞳? あぁ綺麗な瞳だな。まるで穏やかな炎みたいだ」
さらりと言われた言葉は、胸のど真ん中にズンと重力をもって落ちた。止まりかけていた心臓が跳ね上がり、血液を一気に全身を駆け巡らせる。
「綺麗」だなんて、そんなことを言われたのは初めてだった。
いや、そもそも母以外の誰かと話をしたことすら、これが初めてだ。
村ではいつも遠巻きに「不吉だ」「禁忌だ」と言われ、反論することさえできなかった。
だから知らなかったのだ。言葉がこんなにも温かいということを。
だって耳がこんなにも熱を持って、胸がぽかぽかする。
アルフレッドの言葉に心を攫われたのも束の間、彼はあることに気づいて、ハッとした。
「……お前、もしかして人間か?」
血よりも深い赤色の瞳。
それは、「禁忌の子の証」という伝承だけでなく、その色自体が、獣の本能に恐れを抱かせる。
けれど、目の前のアルフレッドからは一切の怯えを感じられなかった。
その問いに、アルフレッドは声を出して笑った。
「ぶはっ。人間かって? 当たり前だろ。お前には俺が熊や鹿にでも見えたか? あ、もしかして幽霊かと思ったとか? お前バカだな」
真っ直ぐな悪口に、ついカッとなってしまう。
どうやら言葉は、顔も赤らめるらしい。
「バカって言うな!」
「いや、お前はバカだ」
「なっ……、僕はバカじゃない!」
「じゃあ、なんて呼べばいい? お前の名前を教えてくれよ」
「ル……」
名前を言おうとして、思わず止まってしまう。
母がつけてくれた名前。
そして、母だけが呼んでくれた名前。
そんな名前に何の価値があるというのだ。
今から死にゆく者に、名前なんて、いらない。
「……俺に名前はない」
唇をギュッと噛み、ポツリとつぶやいた。
「名前がないやつなんていないだろ。親からなんて呼ばれてるんだよ」
「親なんて……いない」
そう呟くと同時に、胸がひどく痛んだ。
ああ、もう本当に自分は一人なんだな。そう気づく。
「わかったらもう俺に関わるな」
拒絶するように、アルフレッドに背を向ける。
しかし、アルフレッドはその拒絶をもろともせずに、グイッと距離を詰めてきた。
「なんだお前。一人ぼっちなのか?」
背中越しの声は、悪意のない純粋な問いかけだった。
なんてデリカシーのないガキなんだ。
けれどその傍若無人さが、かえって気楽でもあった。
もし、自分が人間だったら、彼と友人になれたかもしれない。
ふとそんなことが頭をかすめる。
そんなこと、考えたところで何の意味もないけれど。
アルフレッドの言葉に、返事は一切しなかった。
――流石にもう構ってこないだろう。
そう思った時、背中側に座っていたアルフレッドが立ち上がった。
――そうだ。そのままどこかへ行ってくれ。
胸に吹き込む隙間風は、ひどくもの寂しいけれど、仕方ない。
だって自分は半人狼。人間にも、人狼にもなれない存在。
一人でいなければいけないのだ。
そのとき、目の前に人の足が見えた。
見上げると、眩しいばかりの光を背負ったアルフレッドがこちらを見下ろしている。
どこかへ行くどころか、アルフレッドはわざわざ自分の目の前にやってきたのだ。
アルフレッドの幼いながらも凛とした顔が、ふっと緩む。
「名前がないのなら俺がつけてやるよ。赤い炎——イグナスなんてどうだ?」
夜を溶かしたような黒髪の隙間から見える瞳が、まっすぐにこちらを捉えていた。
「俺と一緒に来い、イグナス」
その声は命令のようでいて、同時に祈りにも聞こえた。
アルフレッドがこちらに向けて、手を伸ばす。
小さいはずの手のひらが、やけに大きく、そして眩しく見えた。
――この手を掴んでは、いけない。
そう分かっていたのに、“イグナス“は光を求めるように、アルフレッドへと手を伸ばしていた。
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