4 / 31

第4話 あなたの側に

 アルフレッドがエルヴェラナ王国の王太子だと知ったのは、彼に拾われた数時間後のことだった。   差し出されたアルフレッドの手を取った後、イグナスはアルフレッドに引っ張られるままに、街に向かって歩き出した。  しばらくすると、木々の影は薄れ始め、奥から賑やかな人々の声が聞こえ始める。その声を頼りに突き進むと、あたり一面の緑はいつのまにか姿を消し、石畳の道が伸びていた。 「狭いけど我慢しろよ」と案内された屋敷を見て、イグナスは目を疑った。 「……こ、ここがお前の家なのか?」 「いいや、ここはただの別荘だ。小さいから俺はあんまり気に入ってない」  それは家と呼ぶにはあまりに大きい、石造りの館だった。縦にも横にも広がるその建物に、イグナスの足がすくむ。  アルフレッドが言うには、この辺境の地ピューロには休暇を利用して、避暑に来ているらしい。  しかし、せっかくの休暇だというのに、教育係が毎日毎日、勉強ばかりさせるものだから、こっそり逃げ出して森を散策していたという。  アルフレッドが帰宅すると、大きな男たちが勢いよく飛んできて、彼の無事に涙を流し始めた。  大の大人がここまで取り乱すのを見たのは初めてで、その光景の異様さにイグナスは呆気に取られた。  しかもその大人たちが、アルフレッドを何度も何度も「王子」と呼ぶものだから、イグナスは不思議に思って訊ねた。 「王子って……、ニックネームかなんかか?」 「いや、俺、王子なんだ」 「……は? おうじ?」  口に出してみたが、いまいちピンとこない。 「あれ? 言ってなかったか? エルヴェラナ王国の王子なんだ、俺」  さらりと告げられたその言葉はどうやら冗談じゃないらしく、イグナスは出会った当初から感じていたアルフレッドの偉そうな態度の所以を理解した。  そこで初めて、大人たちはアルフレッドの後ろにいるズタボろの子供――イグナスに気づいた。  アルフレッドが森で拾ったと言うと、大人たちは驚倒し、侍従にすると言うと猛反対した。  もっともな反応だ。  けれども、アルフレッドは折れなかった。  大人たちが必死に説得するなか、彼の母親である王妃セレイナだけは、 「賛成よ。だって可愛らしいんですもの」  とイグナスの頭をなでて、面白がっている。  反対する大人たち。絶対に折れないアルフレッド。楽しそうに見つめる王妃。  収拾がつかない状況に、イグナスはなんだか申し訳ない気持ちになっていた。  ついさっきまで森で死のうとしていたのに、まるで自分のことではないようだった。  何度も「そこまでしなくて良い」とアルフレッドに告げようとしてみたが、「イグナスを絶対に侍従にするんだ!」と燃えている姿を見ると、なかなか言い出すことはできなかった。  最終的に、王に判断を仰ぐこととなり、イグナスたちは職務のため王宮に残っているアルフレッドの父、デオバルト王に会いに行くことになった。  セレイナ王妃から、馬車の中でふかふかのパンをもらい、それを頬張っていると、隣でアルフレッドが 「お前のこと、絶対に俺の侍従にしてみせるからな」 と息まいている。  その様子を見つめながら、イグナスは思った。  ――きっと王様は反対するだろうな。  そう思ったのはイグナスだけではないだろう。  ボロボロの服。汚れた顔。貧相な体。まるで王宮に合っていない。  反対されたその時は、もう一度あの森に戻ればいい。そしてあの大木の根で永遠に眠りにつこう。『禁忌の子』にしては、人生の最期でいい思い出ができた。  しかし、アルフレッドとの別れを覚悟して訪れた王宮で、思いがけない展開が待っていた。   王様は、イグナスを一目見るなりこう告げた。 「良い瞳だな、気に入った」  そして、あっさりとアルフレッドの侍従になることを認めたのだ。  こちらが拍子抜けしてしまうくらい、あっさりと。  「陛下!?」  広間がどよめく。 「やった! さすが父上!」 アルフレッドだけは飛び跳ねるように喜んでいる。 「陛下、森で拾った子供ですぞ? どこの出自かも明らかでないのに、そんな簡単に受け入れてよろしいのでしょうか」  配下の一人が慌てて声を上げる。  イグナスもその通りだ、と小さく頷く。 「構わん。少年、お前をアルフレッドの侍従にしよう」    重く響いた王の言葉に、あれほど反対していた大人たちが一斉に静かになる。  なぜ王が受け入れてくれたのか、理由は誰にもわからない。本当に瞳を気に入ってくれたのかもしれないし、ただその時の気まぐれだったかもしれない。 「やったなイグナス! 俺たちは今日から一緒だ!」  アルフレッドに抱きしめられて、胸が大きく弾んだ。それが恋だと気づくのに、時間はさほどかからなかった。    その日からイグナスは、アルフレッドの侍従になった。  侍従として王宮で暮らす中で、わかったことが一つある。  それは、人間たちは人狼を伝説の中の生き物だと思っているということだ。  人狼の中で受け継がれていた「赤眼は禁忌の証」という伝承も、どうやら人間は知らないらしい。  それはイグナスには都合がよかった。    それからイグナスは半人狼の自分を捨て、人間として生きることにした。  アルフレッドの侍従として、いつだって傍に居続けた。  最愛の母セレイナ王妃が病気で亡くなった時も、剣の稽古でボロ負けして悔し涙を流した時も、高熱にうなされ孤独に震えた夜も、初めての社交界デビューも。  そして、十八歳になった今も、イグナスは変わらずに隣にいる。  アルフレッドへの想いを胸にしまって、実に十年の月日が流れた――。

ともだちにシェアしよう!