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第5話 王立学校にて
王立学校の広い踊り場は、昼休みのざわめきに包まれていた。
その視線の中心にいるのは、アルフレッドとイグナス。
長身で立派な体躯のアルフレッドと、華奢でスラリとしながら凛とした佇まいのイグナス。
二人が並ぶと、その整った容姿も相まって、まるで絵画のように視線をさらっていく。
「今日の殿下、また一段と素敵よね」
「イグナス様も綺麗。そして相変わらずの『冷徹姫』っぷり」
そんな囁きが風に乗って耳に届くも、イグナスは聞こえないふりをして、いつものようにアルフレッドの一歩後ろを歩く。
『冷徹姫』とは、イグナスの呼称だ。貴族令嬢たちに、陰でそう呼ばれているらしい。
何事にも動じず、常に無表情な姿に加え、アルフレッド『王子』の隣にいつもいるから、『姫』らしいが、男としてはあまりに屈辱的だ。
イグナス自身は全くもって気に入ってないが、アルフレッドは大層気に入っていて、ことあるごとにその名で呼んでくる。
周囲の貴族令嬢たちは、ギラギラとアルフレッドに熱い視線を送る。
中には、わざと近くを通ってぶつかってみたり、落としたハンカチを拾ってもらおうとしてみたり。
その努力は涙ぐましいほどだ。
王子という肩書きに加え、この容姿。
貴族令嬢が浮き足立つのも無理はない。
イグナスは視線の端でアルフレッドをそっと盗み見た。
イグナスだって、無表情の仮面の下は、彼女たちと同じだ。
アルフレッドがご令嬢方に微笑み返すだけで、『随分と人気のようで』『愛想を振り撒きすぎでは?』と、皮肉めいた言葉が喉元まで込み上げる。
そんなこと、もちろん口にできるわけもなく、今日も彼の侍従として、無表情の仮面を被り、気持ちに蓋をして、お仕えするわけだが。
「ごきげんよう、アルフレッド様。イグナス様」
不意に目の前に現れた女生徒は、スカートの裾を軽く持ち上げ、首を傾げて挨拶をした。同時に、両耳の上で二つに結ばれた髪が一緒に揺れる。
「アルフレッド様、わたくし、イグナス様にお話があって……。少しだけお時間頂戴できませんでしょうか?」
女生徒の言葉に、アルフレッドは王子の仮面を貼り付け、にこりと微笑む。
「もちろん、どうぞ」
女生徒は、ありがとうございます、と嬉しそうに笑うと、まつ毛を振るわせながら、上目にイグナスを見上げた。
――なんで睨んで来るんだ。
目の前の生徒に見覚えはない。というか、女生徒とはほとんどかかわりがないイグナスは、彼女の圧に少し怯む。
女生徒は、はちみつをまとわせたような甘い声でイグナスに話しかけた。
「あの、イグナス様。本日、白樺の時に、時計台の下に来ていただけませんでしょうか。……大事なお話がありますの」
—―わざわざ、学校が終わった後に呼び出すなんて、決闘の申し込みだろうか。
そんなことを考えながら、イグナスはキッパリと告げた。
「何か用があられるのなら、今ここでどうぞ」
イグナスの返答が思いがけないものだったのか、女生徒は驚いたように目を見張る。
「えっと、その、よろしければ二人の時にお伝えしたくて」
「今ここでお伝えできない内容なのであれば、お伝え頂かなくて大丈夫です」
「えっ」
「私は王子の侍従。お側を離れるわけにはいきません」
途端に女生徒は、目を潤ませて唇を噛んだ。
イグナスはその表情に、怪訝そうに眉をしかめる。
女性という生き物の気持ちがイグナスにはわからない。今だって、決闘の断りをしただけなのに、なぜか女生徒は急に涙を流そうとしているのだ。
――そんなに僕と決闘がしたかったのだろうか。変わった女性だ。
その時、後ろからアルフレッドが急にイグナスの肩に手を回した。
「なあイグナス、今朝のお前、激しかったな? またあれしてくれよ」
「……は?」
思わず、低い声が漏れる。何を言っているんだ、とイグナスは斜め後ろのアルフレッドを睨む。
「……!」
令嬢はなぜだか顔を赤らめ、口に手を当てた。
さっきまで縁で今にもあふれんとたまっていた涙は、すでにどこかへ飛んで行っている。
「あ、あの、私お二人がそんな仲だなんて……!」
どんな仲だと思ったのか、女生徒は顔を赤くしてなぜか口元を緩めた。
「このこと、皆んなには黙ってくれるかな?」
アルフレッドが優しく微笑むと、女生徒はこくこくと頷き、足早にその場を去っていった。
「……何か勘違いされたような」
イグナスは一層眉間を深め、ため息をつく。
「何も勘違いじゃないだろ。お前、今日俺を起こす時すごかったぞ。あまりに激しく起こすから、怖くて寝たふりしようかと思ったくらいだ」
「……王子が一向に起きてくださらないからでしょう」
まったく、と表面では困ったふりをしながらも、内心は胸が跳ね上がりそうだった。触れられた肩から思いが伝わってしまいそうで、肩に回された腕を払う。
耳朶が熱をもって赤く染まっているのを、髪が覆い隠す。今日ほど長髪で良かったと思った日はない。
「今後は、こういうのやめてください」
イグナスは、努めて冷静な口調で告げた。
「なんで? もしかして、あの嬢がお気に入りだったか? それは悪いことしたな」
「そうじゃなくて! ご自身が王太子だってこと、忘れないでください」
そう言いながら、言葉はブーメランになってイグナスに刺さる。そう。彼は一国の王子なのだ。
男で、ましてや身分が低く、そして人間ですらない自分が、好きになっていい相手ではない。
性別、身分、種族――。
三重になった壁が自分とアルフレッドの間には立ちはだかっている。どこまでもどこまでも高い壁。それはきっといつまで経っても超えることはできない。
「イグナス、俺は――」
アルフレッドが真剣な面持ちでこちらを見たその時、横から軽やかな声が二人の間に割り込んだ。
「へえ、イグナスってそんなに朝起こすのが激しいんだ?」
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