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第12話 君がいなくなって ーアルフレッドー

「お前が本当のお前でいれるように、僕がずっとそばにいてやる」  目の前の少年はそう言うと、赤い瞳を濡らしながら、アルフレッドを見つめた。  その瞳があまりに真っ直ぐで、恋心を自覚したんだ。  ――イグナス。俺だけの、イグナス。  抱きしめたくて腕を伸ばしてみたけれど、イグナスは急に悲しい顔をして、その瞳から涙を溢れさせた。  よく見ると、少年だった彼は、いつの間にか青年の姿になっていた。  イグナスの頬を涙が伝う。 「アルフ、ごめん。もう一緒には居れない」  長い白銀髪が翻る。アルフレッドに背を向けて、イグナスは歩き出す。その先には、自分の知らない男がいて、イグナスの手を握り、二人で歩いていく。  ――行かないでくれ、イグナス。  イグナスに向かって、手を伸ばして叫ぶ。けれども彼は振り向かない。  ――イグナス! 俺を置いて行かないでくれ! プライドも、王子としての地位も、全てかなぐり捨てて、ただイグナスだけを求めた。 それでも彼は歩みを止めない。  ――イグナス!  バッーー。  目を開けるとそこはいつもの寝室だった。  上半身は起き上がっており、ひどく汗をかいていた。心臓が嫌に脈をうつ。 「……また、この夢か」    アルフレッドは深く長いため息をつくと、窓の外をみた。少し前まで青々としていた木々の葉は、今はもう茶色に色を変え、ハラハラと風に吹かれて落ちていく。  それが自分のように見えて、ひどく惨めな気持ちになる。  アルフレッドは葉が落ちていく様をただみつめた。  しばらくして、コンコンと扉を叩く音がした。  声をかけると、扉が開き、ガルバが部屋に入ってくる。 「ああ良かった。お目覚めでしたか」  ガルバは強張っていた顔を仄かに緩めた。  いつも眉間に皺を寄せ、「しっかりしなさい!」が口癖のスパルタ人間のはずが、最近は少し遠慮気味だ。  「そんなに心配しなくてとも、ちゃんと起きて飯も食うし、学校にも行く」  アルフレッドは自嘲するように笑った。  つい数ヶ月前まで、アルフレッドはほとんど引きこもりになっていた。  食べ物は喉を通らないし、学校には行く気にもなれない。  眠れない夜を過ごし、起きていてもぼんやりするだけで、ほぼ廃人だった。  一日のほとんどをベッドの中で過ごし、一日のほとんどを、たった一人のことを想いながら過ごした。  学校への支度をしながら、ガルバがいつもの様に、一日のスケジュールを告げる。  それが終わると、少しの沈黙を挟み、重々しい口を開いた。 「イグナスの件ですが……」  アルフレッドの身体が、その名前にぴくりと反応する。 「国中を調べさせていますが、いまだ所在がわかっていません……。これだけ探しても見つからないということは、もうこの国にいない可能性もあるかと……」  言葉を聞きながら、アルフレッドは唇を噛みしめた。  イグナスが忽然と姿を消してから、半年以上が経っていた。  あの日、目が覚めると、隣にいるはずのイグナスの姿がなかった。  恥ずかしがり屋のイグナスのことだ。  朝、目が覚めて、自身が裸のことに顔を赤らめ、次に、隣にいるアルフレッドが裸のことに気づいて、もっと顔を赤らめ、さらに、昨日のベッドでのことを思い出し、これでもかと顔を赤らめまくったに違いない。  あまりの羞恥にいてもたってもいられなくなり、自分の部屋へ帰って行ったのだろう。  アルフレッドはそう思っていた。  思いが通じ合った日くらいは、ベッドで挨拶を交わしたかったが、恥ずかしがり屋のイグナスのことを、今日くらいは立ててやろう。  こちらから迎えに行ってやるかと、早々と支度をする。  ――俺は今日、機嫌がいいからな。  およそ十年にも及ぶ片思いが、やっと実ったのだ。何度も、ほんとうに何度も折れかけたけど、諦めないで良かった。  イグナスに会ったらなんて言おうか。 「愛してるよ」 「今日も抜け目なく可愛いな」 「イグナスがいてくれるだけで幸せだ」  十年分の愛の言葉は、とどまることを知らない。  自分がどれだけイグナスを思っているのか、伝えたよう。  きっとイグナスは何を言っても照れるだろうけれど、そんなところもたまらなく愛おしい。  イグナスの部屋に向かう足取りは軽く、アルフレッドの顔は緩みっぱなしだった。    そうして訪れたイグナスの部屋を見て、アルフレッドは愕然とした。  目に映ったのは、空っぽの部屋だった。  元々、ものが少ない部屋ではあったが、今目の前に存在しているのは、「ものが少ない」程度ではない。  衣服も、寝具も、何もかも、跡形もなくなっていた。  イグナスの気配さえ感じられない部屋に、アルフレッドは立ち尽くした。  自分は夢の中にいるのか、いや、もしかしたら、昨日のアレが夢だったかも。  けれど、あんなに求めあったアレが夢だったなんて到底信じられない。  確かにイグナスは昨日、自分に「愛している」と言ったのだ。  あの言葉が夢だったと、思いたくないし、思えない。  じゃあなぜんで姿を消したのか――。  男同士だからだろうか。  自分が王子だからだろうか。  それとも――イグナスが人間じゃないからだろうか。  きっとそのどれもだったんだろう。  ――そんなこと、俺はどうでも良かったのに。  イグナスがいなくなった部屋で、アルフレッドはイグナスとの過去に思いを馳せた。

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