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第14話 恋心 ーアルフレッドー

 しんしんと雪が降り注ぐ、寒い冬の日だった。  アルフレッドの母、セレイナ王妃が帰らぬ人になった。  美しくて、優しくて、おおらかで、面白いことが大好きな人だった。  国中が悲しみに暮れて涙を流したその夜、アルフレッドは寝室の窓から降り積もる雪を眺めていた。  もう、外を眺め初めて、かれこれ一刻以上経つ。  今日は随分と疲れたというのに、夜がふけても一向に眠くはならなかった。  それは、眠ってしまえば、今日のことが、『過去のこと』になってしまうと、無意識に思っていたから。  王妃の死を、過去のことにはしたくなかった、できなかった。  葬式の間、アルフレッドは一度も泣かなかった。  立派な自分を見せて、母に安心して旅立ってほしかったから。  母に甘えてばかりの自分だったけれど、これからは強くならなければ。  王子として、これから先、この国を引っ張っていく人間として。  そう心に決めて、葬式が終わってからも一度も涙を流すことはなかった。  母を思い出すと鼻がつんと痛むけれど、これは寒いからだと自身に言い訳をしながら、絶対に泣くもんかと、気を張る。  その時、背後でギィ、と扉の開く音がした。  振り返らず、窓に目をやると、そこには反転したイグナスの姿が映っていた。 「なにしに来たんだ」  突き放すように告げると、イグナスはそっとアルフレッドの隣に並んで座った。 「なぐさめに、来た」 「なぐさめって……べつに俺は泣いてない。俺は王子だから……強いから、涙なんか見せない」  王子は泣いちゃいけないんだ。  アルフレッドは膝に置いた手にギュッと力を入れた。  目の奥に滲む熱を、その手で押しとどめるように、ギュッと。  そんなアルフレッドに、イグナスはバッサリと言い放つ。 「じゃあ、今日だけは王子やめろ」  何を言ってるんだと、思わず横を見ると、イグナスの赤い瞳が真っ直ぐとアルフレッドを捉えていた。  心なしか、目の縁が赤く腫れているように見える。 「俺の前では強がるな。本当のお前のままでいろ。大切な人がいなくなったんだ……。悲しくない訳ないだろ」  小さな、けれども優しい声色に、思わずアルフレッドの涙腺が緩む。  イグナスも過去に大切な人を亡くした事があるのだろうか。  イグナスには親はいないと言っていたが、たった一人、あの森で生きてきたとも思えない。  ――もしかしたら、イグナスも親を。  けれど口には出さなかった。イグナスが言わないということはそれなりの理由があるのだろう。  イグナスは真剣にアルフレッドを見つめた。 「今は誰も見てない。俺しかいない。だから泣いていいんだ。王子としてじゃなくて、ただのアルフレッドとして、泣いていいんだ」  その言葉に、張りつめていた最後の糸がぷつんと切れた。  アルフレッドの頬を一粒の涙がこぼれ落ちた。  一度決壊した涙腺は、とどまることを知らず、次から次に涙が溢れ出す。  まだ誰も踏み荒らしていない真っ白な雪原に、ぐしゃりと足跡を刻むように、抑えていた感情が涙と共にあふれていく。  気づけば、アルフレッドは声を上げて泣いていた。 「お前が本当のお前でいられるように、俺がずっとそばにいてやる」  そう言うと、イグナスはそっとアルフレッドを抱きしめた。  雪に冷やされた夜の空気は、どこまでも冷たい。  けれど、それをほぐすように、イグナスの言葉は、腕の中はあたたかかった。  イグナスのぬくもりに包まれながら、アルフレッドは声を上げて泣き続けた。  二人分の泣き声は、降りしきる雪の音に、静かに吸い込まれていった。  * * *   その日を境に、イグナスはただの侍従でも、ましてや友達でもなくなった。  どこにいても、自然とイグナスを目で追ってしまう。  笑った顔も、怒った顔も、澄ました顔も、そのどれもが愛おしくて、目が離せない。  気づけば、四六時中イグナスのことを考えるようになっていて、アルフレッドは初めてこれが人を愛することだと知った。  そんなある日、イグナスが熱を出した。  というより、イグナスは月に一度必ず決まって熱を出す。  ガルバ曰く、イグナスはあまり体が強くないらしい。  なんとなく、母と重なるその病弱さに、アルフレッドの心はざわめいた。  ――イグナスまで死んでしまったら、どうしよう。  ガルバからは、イグナスの気が休まらないから看病に行ってはダメだと言われたが、アルフレッドはいてもたってもいられずに、その日イグナスの部屋に向かった。  満月の夜だった。  見回りの兵に見つからないように、裸足で音を立てず、ひっそりと王城を歩く。  イグナスは自分が見舞いに来たとしれば、どんな顔をするだろうか。  喜ぶだろうか。いや、喜んで欲しい。  イグナスの部屋に辿り着き、まずは少しだけ扉を開く。  イグナスはベッドに寝ているのだろうか、と部屋を覗くと、窓辺に立って月を見上げるイグナスの姿が目に入った。 「イグナス――」そう名前を呼ぼうとした時、アルフレッドは息を呑んだ。  イグナスは一糸まとわぬ姿でそこにいたのだ。  しかも、頭には三角の何かが二つひょこりと顔を出していて、お尻の少し上からふわふわの棒のようなものが生えている。  獣の耳と尾のようにも見えるそれは、イグナスの体の一部として、自然に存在していた。  まんまるの月の光がイグナスだけを照らすように、注がれている中で、イグナスはひとり、静かに泣いていた。  驚いたのは、イグナスに獣の耳と尾が生えていたからではない。  彼が、あまりにも綺麗だったからだ。  月はイグナスのために光り輝いているのだと、錯覚してしまうほどに、彼は美しく、そして、儚かった。  イグナスは、アルフレッドにとって一番近い存在だ。彼のことを一番理解しているのは自分だと、アルフレッドは自負していた。  それでもふとした時、イグナスとの間に距離を感じることがあった。一度ではなく、何度も。  心の距離、とでも言うのだろうか。  自分はそっち側には行けないと、線を引かれているような感覚。  それがなぜなのか、ずっと気になっていたけれど、アルフレッドはそれを無理に聞き出すことはしなかった。  深く踏み込めば、イグナスがどこかへ消えてしまいそうでで、そばにいてほしくて、離れていってほしくなくて、アルフレッドは何も聞かなかった。  だから、月下のイグナスの姿を見た時、全てが腑に落ちた。  イグナスが隠していたのは、このことだったのか、と。  けれどそんなこと、アルフレッドにはどうでもよかった  イグナスが人間か、そうじゃないかなんて、そんなのどうでもいい。  ただイグナスが、自分の隣に居てくれたら、あわよくば笑ってくれていたら、それだけで十分だった。

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