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第17話 君をさがして ーアルフレッドー

 部屋に戻ると、アルフレッドは椅子に腰掛けながら、もらったばかりの:小型肖像画(:ミニアチュール))を眺めた。  そして目を閉じて、この女と結婚する未来を思い浮かべてみる。  ――ああ、やっぱりダメだ。  目を閉じて真っ先に思い浮かぶのは、幸せな結婚生活――などではなく、イグナスの姿だった。これからのイグナスとの未来。  年を重ねたイグナスもきっと可愛い。少し顔に皺ができて、それもきっと良い。  十年――。  十年も片想いをしてきたのだ。今更この想いを打ち止めることなんてできるわけがない。  膨れ上がった想いは、もはや胸の奥なんかにはしまうことができないほどにアルフレッドの一部になっていた。  十年も我慢できたのだから、後少しくらい頑張れる。  もっと自分のことを知って貰って、好きになってもらう努力をしよう。  そう心に決める。  やっぱり自分はイグナスが好きで、イグナスしかいないんだなと思ったそのとき、寝室の扉を叩く音がした。 「イグナスです。少しお話があって。今よろしいですか?」  突然の来訪に、驚きのあまり体が跳ね上がり、机の裏板に自身の足を強打してしまう。  激痛に悶えながらも、どうしたのだろうと、胸の奥が高鳴る。  彼の方から来てくれたのは、母が亡くなった夜と、今夜だけだ。  もしかして告白でもされるんじゃないかと、ありえないことを想像してしまうくらいに、アルフレッドは浮かれていた。  逸る気持ちを抑えるように息を整えると「入れ」と努めて冷静な声を扉に向かって吐き出す。  その時、ふと机の上にある小型肖像画(ミニアチュール)が目に入った。  婚約を勧められていることをイグナスには知られたくない。  直感的にそう思って、アルフレッドは急いでそれを、机につまれた書類の下に隠した。 「どうした。話ってなんだ?」  そう言いながら、アルフレッドは久しぶりに正面からいるイグナスの姿に息を呑んだ。  ――こんなに、綺麗だったか。  一つに結ばれた白銀髪は、さらりと腰あたりまで伸びていて、歩くたびに光を反射するようになびく。  瞬くたびに音をたてそうなほど長いまつ毛は、くるりと上に向かって伸びていて、わずかに釣り上がった切れ長の瞳は、炎のようにゆらゆらと揺れている。  加えて、白い肌と華奢な身体が、この世のものではないような儚さを滲ませていた。 「こんな時間まで机に座って、何かしてたのか?」  急な質問にアルフレッドは狼狽えた。 「……いや? 特に……何もない。読書をな、していた」  なんとも歯切れの悪い言葉に、自分で自分が嫌になる。  イグナスはそのわずかな違和感を見逃さなかった。 「何か隠してないか?」 「え? な、何も隠してなんてない」  普段は鈍感なくせに、こういうことには勘が鋭いのだ。勘弁してくれ。  チラリと小型肖像画に目を向ける。咄嗟に隠したからか、書類の隙間から少しだけはみ出して見えるそれに意識が言って仕方がない。  そのとき、書類の下めがけて、イグナスの手が急に伸びてきた。  「あ、それは!」  必死で阻止しようとするも、それはかなわなかった。  小型肖像画を手にしたイグナスの表情が固まる。  別にイグナスとは付き合ってるわけではない。  完全に自分の片思いだ。それなのに、小型肖像画を見られた時、不貞をしたような罪悪感がアルフレッドを巡った。 「こ、……これ小型肖像画か? もしかして、婚約するのか……?」 「……いや、これは、その」  自分の意志で持っているわけではないのだと、そう伝えたいのに、言葉がうまくまとまらない。  こんなもん渡してきやがって、と脳内でテオバルト王に雑言をぶつける。  なんでイグナスが来る前に捨てておかなかったのか、悔やまれる。  人の顔が描かれているから捨てづらくて、と自分自身に言い訳を言いながら、そんなことより今は、イグナスに何か言わなければと必死に頭を回転させた。  しかし、アルフレッドが言葉を見つけるより早く、イグナスが口を開いた。 「私、用を思い出したので……、失礼します」  イグナスはくるりと踵を返し、扉に向かってずんずんと歩いていく。  このままじゃいけない。もっと誤解されてしまう。  頭の中で、糸がどんどん絡まっていく図が浮かび、アルフレッドは急いで立ち上がった。  そして、イグナスが扉を開くより前に、彼の背から腕を伸ばし、扉を押さえた。 「待って。ちょっと……言い訳くらいさせてくれ」  そう頼むけれど、イグナスは黙ったまま、下を向いていた。 「頼む、イグナ……ス……」  覗き込むように見たその顔に、アルフレッドは目を瞠った。  イグナスの目から、大粒の涙がポタポタとこぼれ落ちるていたのだ。  次の瞬間、アルフレッドはイグナスを抱きしめていた。  涙の意味はわからない。けれど、彼が涙を流している姿を見て、胸が苦しくなった。泣かないでほしくて、自分が慰めたくて、気がつけば体が勝手に動いていた。  顔を見て話をしたくて、涙の意味も知りたくて、アルフレッドは口を開いた。 「イグナス……、こっち向いてくれないか?」 「……断る」 「なるほど。……じゃぁその涙の意味だけ教えてくれないか?」 「……それも、断る」  断られているはずなのに、なぜかその声が甘く聞こえてしまう。  察してほしいと言われている気がしてならないのは、自分に都合よく受け取り過ぎなのだろうか。  ――もしかして、イグナスも俺と同じ想いなんじゃ。 「イグナス……」  抱きしめる腕に力が入る。  いつもならすぐに解かれる手。  それが今日は許されている。ただそれだけのことで、胸がいっぱいになる。  自分の腕の中に、イグナスがいることが信じられなくて、なんだかちょっと泣きそうになった。  それと同時に、アルフレッドの下部が急速に盛り上がる。  今はそうじゃないだろと、ムードに反して盛りあがるそれは、抑えようにも収まらず、イグナスの腰に当たった。  別にそういうことがしたいわけじゃない。もちろんいずれかはしたいけど、今は全くそんなこと考えてもいなかった。  けれど、イグナスに触れただけで体が勝手に反応してしまうのだ。自分の身体はどこまで欲に忠実なんだと戒めていると、イグナスが抱きしめるアルフレッドの腕をそっと解いた。  もしかして、この昂りに気づかれて、引かれたんじゃないか。  だとしたら最悪だ。せっかく初めてイグナスが拒否せずにいてくれたのに。  もはや泣きそうになっていると、くるりと振り向いたイグナスが、アルフレッドの唇にキスをした。  一瞬、何が起こったかわからなかった。  けれど、唇が離れた隙間で、イグナスがそっと呟いた。 「……抱いてくれ」  まつ毛がわずかに震えていて、頬はその瞳の色を映したように赤く染まっていた。  愛しさが溢れて、止まらなくなって、アルフレッドはそのままイグナスを求めた。  ――なんで急に?  ――イグナスも俺が好きだったのか?  いろんな疑問が頭を掠めたけれど、とろけた顔でこちらを見つめるイグナスを前に、そんな疑問は一瞬でどこかへ飛んでいった。  イグナスに求められて、その内側に初めて受け入れてもらえて、もうこのまま死んでしまうんじゃないのかと思うほど、幸せだった。  何度も彼とのアレコレを想像しては、自分で慰めてきたけれど、実物はもちろん何倍も綺麗で、柔らかくて、そして、エロかった。  それなのに――。  翌朝目が覚めると、イグナスは姿を消していた。  今になって、あの夜、ベッドの上での涙の意味を理解した。  あの時は、お互い想いが通じ合って泣いていたのだと思っていたけれど、あれはきっと違った。  イグナスは、決めていたのだ。  あの夜、ここを出ることを。  ――俺から離れることを。  気づいた時にはすでに遅くて、アルフレッドはあの夜のイグナスの温もりを思い出しながら、静かに涙を落とした。  * * *  イグナスがいなくなってから、アルフレッドは魂を抜かれたような日々を送っていた。  ご飯は喉を通らず、何をする気力も起きない。  生きているのか、死んでいるのか。それすらも自分ではわからなくなるほどに、『無』だった。  イグナスがいなくなるなんて考えたことがなかった。もはやイグナスは自分の一部だと思っていたのだ。イグナスを失った自分は、ただの人形のようでイグナスが自分の心臓だったと知った。  イグナスは今何をしているのだろうか。  一人なのだろうか。誰かと一緒なのだろうか。  もしかして、あの男――。  アルフレッドは、以前、公務で赴いたイグナスの故郷で見かけた、イグナスの過去を知る男のことを思い出していた。  あの男も、イグナスと同じ人間ではないもの――おそらくは、人狼なのだろうか。  エルヴェラナ王国に昔から伝わる伝説の生き物、人狼。  イグナスから直接聞いたわけではなかったが、満月の夜だけ風邪を引いたと部屋に篭っていたのを思うに、イグナスはきっとそうだったのだろう。  ――もしかするとあの日、仲間を見つけたのかもしれない。だから自分の元を離れて……。  今頃、どこかで二人、幸せに暮らしているのだろうか。  イグナスに朝起こされて、イグナスの手料理を食べて、イグナスと愛を囁き合って。  夜にはイグナスを抱いて、キスをして。  加速する妄想に、どこまでも腹が立った。  いっそ、イグナスとの記憶を、この想いごと捨ててしまいたい。  そう思うのに、それもできない。  目を閉じれば、浮かぶのは彼の姿ばかりで。  目を開けても、思い出すのは彼とのこれまでばかりで。  忘れることなんて、到底できなかった。  思い出が、砕けたガラスのようにアルフレッドの胸に刺さる。  それはチクチクと痛いはずなのに、いまもキラキラと輝いている。  ――イグナス。  もし次会えたなら、絶対に離れない。離さない。  自分が主人だからだとかそんなのは、どうでもいい。  想いを伝えたい。  だって、まだこの想いのほんの少しも伝えきれていないんだ。  そう思うと、アルフレッドは立ち上がらずにはいられなかった。  こんなところで嘆いている場合ではない。  イグナスを迎えに行こう。  どこにいるかはわからない。けれど、いつか、必ずまだ出逢う。  それからアルフレッドは、直下の兵に命じてイグナスを探させた。  そして自身も、休暇のたびに各地を巡った。  人狼の噂があれば赴き、自身の目で確かめた。  けれど、イグナスを探すことができないまま、あの夜から、半年以上が過ぎた。  アルフレッドはその日、イグナスの故郷ピューロに来ていた。  人狼を見たと言う情報が上がってきていたからだ。  アルフレッドが直に現地へ赴くのを良く思っていないガルバには内密に、最低限の護衛だけを引き連れて向かう。  けれども、ここでもイグナスらしい情報は得られなかった。  ――もう無理かもしれない。二度と会えないかも。  珍しく弱気になる。 「すまない、少しだけ一人にしてくれ」  そう護衛たちに告げると、アルフレッドはこっそりと『禁じられた森』へ向かった。  緑の葉が風に揺れてざわめき、木漏れ日が地面を染める。  たくさんの木々が空に向かって背を伸ばすその中心に、ひときわ際立つ大木が立っていた。 「ここだ」  それは、イグナスと初めて出会ったあの大木だった。 「案外覚えているもんだな」  誰に言うでもなく、一人でに呟いみる。  覚えている。イグナスにまつわることなら全て。  初めて会った時のボロボロな姿も、母が亡くなった日、そばにいてくれたことも。  満月を見て、一人涙を流したあの夜も。初めてのキスも、二回目のキスも。  全部、忘れない。 「イグナス。……どこにいるんだ」  目の前のその木に向かって、まるでイグナスがそこにいるかのように話しかけたそのとき、背中を何やら鋭いもので抉られた感触が走った。 「……ぐっ!」  アルフレッドはすぐに振り返り、剣を抜いた。  そこには、黒い外套を着た人間が立っていた。顔は黒い布に覆われていて、よく見えない。 「だ……誰だ、うっ……」  その言葉のすぐ後に、傷の痛みとは違う、肉が灼けるような痛みが背中を走り、イグナスは気絶するようにその場に倒れた。 「王子が、人狼に襲われたぞ!」  遠ざかる意識の中で、どこか聞き覚えのある声がそう叫んだが、次の瞬間にはもう意識を失っていた。

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