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第19話 過去の真実
どれだけの距離を走っただろう。
先ほどまでの夕暮れが、黒いヴェールを引き連れて夜に変わり始めていた。
しばらくするとピューロの街が遠くに見えた。
「加速するぞ」
サリスは一層大地を強く蹴り上げると、アルフレッドの別荘まで跳ぶように駆けた。
別荘が見えると、大きく跳躍し、バルコニーへと降り立つ。
「サリス、ありがとう――」
イグナスが、サリスの背中から降りたその時だった。
バルコニーの奥に、人影が立っているのが見えた。
「……誰かが来た、サリス人間の姿に」
けれど、サリスはここまで一足飛びできたこともあり、まだ人狼姿のまま、肩で息をしている。
どうすればいいのだ、とイグナスが身構えたとき、その人影がこちらに向かって歩いてきた。
相手の持っていた、ろうそくの明かりが周りを照らす。
「ガルバ様……!」
そこには相変わらず几帳面に整えられた髪を乱すこともなく、無表情でこちらを見つめているガルバがいた。
イグナスの背筋が凍る。
人狼は伝説の生き物。そう思っている人間たちが今のサリスの姿を見たら、きっと恐れ慄くだろう。
張り詰めた糸のように空気がピンと張る。
その緊張感の中で、口を開いたのはガルバだった。
「随分遅かったですね。人間の姿に慣れすぎたんじゃありませんか?」
メガネを手のひらでクイッとあげながら、いつもの堅い口調で投げられた言葉は、イグナスの後ろにいるサリスに向けられていた。
「ははっ、ガルバさん手厳しいな。これでもめちゃくちゃ飛ばしてきたんだから」
サリスはそういうと、再び体の骨を軋ませながら人の姿に戻っていった。
状況が読み込めていないイグナスは、ガルバとサリスの顔を交互に見る。
そんなイグナスの視線に気づいたガルバは、何かを察してくれたのか「ああ」と小さく漏らした。
「申し遅れましたが、実は私も人狼なのですよ」
「え……?」
あまりにあっさりと告げられた事実に、イグナスは目を瞠る。
「教育係は表の顔で、本当は王子付きの人狼部隊の一人なんだ」
サリスが隣で補足するように言葉を添える。
ここに来るまでの道中で、サリスはいくつかのことを教えてくれた。
人狼が“影の部隊”として、ずっとこの国を守ってきたことも、その中のひとつだ。
三百年前のアルタリオンの悲劇で、戦いの指導者であり、のちに初代王となるグレゴイル=ヴァルフィリアは、これ以上無駄な血が流れぬようにと、人狼と手を組んだ。
そして、彼らを保護する代わりに、戦いの終結を約束を交わしたのだ。
人狼は殲滅したと言って国民を安堵させながら、グレゴイルは人間が入ってこれないような森に、人狼の村を作った。
そうして生き残った人狼たちは、現在、王の直下の部隊として、国境各地に配備され、人間に紛れて生活をしている。
それを知っているのは、人狼たちと歴代の王、そしてごく僅かな人間だけらしく、王子であるアルフレッドでさえも知らないのだという。
人狼の村にいた自分ですら知らない事実に、イグナスは最初驚いた。
「イグナスはそういうことを教わる前に、人狼の村を出ていってしまったからね」とサリスは言っていたが、なら教えてくれればよかったのにと思わずにはいられない。
あまりに多くの情報に、正直頭は混乱しっぱなしだ。
イグナスはまだうまく整理がつかないまま、ガルバを見つめた。
ガルバが人狼というけれど、果たして本当だろうか。
だって、彼が満月の夜に休んでいたなんて話、一度も聞いたことがない。
半人狼のイグナスでさえ、満月の夜の変貌には逆らえない。人狼ならば、その影響はもっと強く出るはずだ。
その疑問を口にする前に、心を読んだかのようにサリスが口を開いた。
「満月の夜でも人間の姿を保てる薬があるんだ」
「薬?」
「うん。人間の中で生活している人狼は、たいていそれを飲んでいるよ。そうすれば満月の夜でも狼にはならないで済む」
「そんなものがあったなんて……」
感心しながらも、ちょっと待て、と思う。
そんな薬があったなら、ぜひ教えてほしかった。
これまでずっと、満月の夜が怖かった。
自分の存在が人間に、アルフレッドにバレてしまうのではないかと満月のたびにびくびくしていたのに。
イグナスは心の中でガルバを恨んだ。
が、どうやらそれは態度にも出ていたようで、ガルバは少し気まずそうに黒縁眼鏡を手の甲で上げた。
「仕方ないでしょ。王からの命令で、イグナスが半人狼だということには気づいてないふりをするように言われたのですから」
「えっ……王から?」
イグナスは目を瞠る。
「ええ。というか、むしろ感謝してもらいたいほどです。月に一度体調を崩すあなたを私がどれだけ裏でフォローしていたか」
そう言われて、確かにと、イグナスは口を噤んだ。
毎度、満月の夜に体調を壊し寝込んでいるのに、みんなイグナスを『病弱だから仕方ない』と受け入れてくれていた。今思えばきっと、ガルバが裏で根回しをしてくれていたのだろう。
「そんなことより」
ガルバの声が途端に重くなる。
「今は無駄話をしている場合じゃありませんよ。早く王子のもとへ」
いつも落ち着いているガルバにしては、ひどく焦った声色に、イグナスはごくりと喉を鳴らした。
イグナスたちは、ガルバの後に続いてアルフレッドの部屋に向かった。
部屋の中心に置かれたベッドの上には、アルフレッドが横たわっていた。
血色の良かった顔は、今は蒼白く、全身の血管に濃紺の筋が浮き出ている。
背中に敷かれた布には赤黒いシミが滲むように広がっており、傷の深さを物語っていた。
変わり果てたアルフレッドを前にイグナスは狼狽えた。
「アルフ……! アルフレッド!」
手を握りしめながら声をかけるも、返事は返ってこない。
全てを包み込むほどに大きかった彼の手は、イグナスを撫でてくれていたあの頃と違って、恐ろしいほどに冷たくなっていた。
もう手遅れだったのかと絶望しかけたとき、後ろから聞きなじみのある声がした。
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