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第20話 瀕死のアルフレッド

「さっき麻酔を打ったから、少し眠っているだけだよ」  振り返ると、そこには王立学校の保健師であるライネルが包帯を手に、立っていた。  今日もヨレヨレの白衣を纏っている。  まさか、彼も人狼なのだろうか。  そう思っていると、再びサリスが補足する。 「ライネル先生は普通の人間だよ。先生の一族は代々、保健師として人狼と人間、両方の病気や傷を診てきたんだ。さっき話した薬を作ってくれているのも、先生」  なるほど、納得しながら、もしかして人狼は心の中を読めるのか?とも思ってしまう。  さっきからイグナスの思っていることがサリスに筒抜けなのだ。  ちらりとサリスを見ると、なぜかサリスはクスっと笑みを浮かべた。 「人狼に心の中を読む術なんてないよ。イグナスは思っていることが顔に出るからわかるだけ」  常に無表情がゆえに学校では『冷徹姫』なんて呼ばれているのに、そんな顔に出ていただろうか。気を付けなければと気を引き締める。  傷の手当てを続けるライネルに、サリスが訊ねる。 「先生、王子の容態はどうですか?」 「傷は深いけど致命傷ではない。だから血が止まるのは時間の問題だろう」  イグナスが安堵しかけたとき、ライネルが「だけど」と言葉をつづけた。 「問題は毒の方だね」 「毒?」 「ああ。毒が塗られたもので刺されたようで、その毒の回りが早いんだ……。さっき毒を調べてみたけど、どうやら全く新しいもののようだった。多分このために作られたんだろう。解毒剤を今作るように専門の機関に動いてもらっているけれど……まず間に合わないだろう」  ライネルは視線を落として唇を噛んだ。  同時に、その場にいる全員が、息を呑む。  目の前で苦しんでいるアルフレッドに何もしてあげられないのか。  このままじわじわと毒が体をめぐり、命の灯が消えていくのを見ていろというのか。 「他に方法はないんですか? 俺、なんでも手伝いますからっ!」  イグナスはライネルに掛け合う。  崖に咲いている薬草とか、王家に代々伝わる万能の薬とか。  なんでもいい。もしなにか方法があるのなら教えてほしい。  それがどんなに手に入れるのが困難だとしても、命に代えて手に入れてみせると覚悟を決めるも、ライネルは首を横に振った。 「新しい毒というのは厄介なんだ。解毒剤が一番の近道だよ。まあ、あとは犯人を探して解毒剤を渡してもらうとか、かな。でもそもそも解毒剤を作っているかどうか……」  目の前の絶望に、気が遠くなりそうだった。 「犯人は? どんな奴だったんですか?」  サリスがガルバに問いかける。  けれど、ガルバも頭を横に振った。 「実は私も、少し前に着いたばかりで、今調査を進めているのですが、まだ何もわかっていなくって」  ガルバは悔しそうに顔をゆがめた。 「今回のピューロへの探訪は、実は私には秘密にされていたことでして……。私が付いていれば、こんなことにはならなかったのに」  悔やんでも悔やみきれないと唇を噛むガルバにイグナスは訊ねた。 「なぜアルフレッドはこの土地に?」  公務であればガルバが知らないわけはない。それならプライベートということになるだろうが、一体何のために訪れたのだろうか。素直に疑問がよぎった。 「……あなたを」  ガルバはそこまで言って、一度口をつぐむと、イグナスをまっすぐに見つめた。  そして大きく息を吸って、言葉とともに吐き出した。 「イグナス、あなたを探し回っておいでだったんです」 「え……」  イグナスは目を瞠った。 「俺、を……?」  心臓がどくんと脈打つ。  ガルバは黙ったままこくりと頷いた。 「……どうして。どうして、そんなことを」  声が震えていた。  ガルバは泣きそうな顔で微笑む。初めてみるガルバの笑顔だった。 「そんなの、あなたが大切だったからに決まっているでしょう。あなたが何よりも、誰よりも、たとえ自分の命を危険にさらしても、大切だったんですよ」    この半年。イグナスは何度もアルフレッドのことを考えた。  きっと今頃、あの小型肖像画に描かれた女性と婚約して、幸せに暮らしているのだろう。  そう思うと、胸は抉られるほど苦しかったけれど、アルフレッドが幸せならばそれでいいと、彼の幸せを祈っていた。  なのに。  ――ずっと探してくれていた。 「……馬鹿だな、お前」  小さく呟いたその言葉は、アルフレッドには届かない。  もしかしたら一生届かないままかもしれない。そう思うと途端に足がすくむ。  イグナスは握ったままの手にぎゅっと力を入れた。  ――お願い神様。彼を奪わないで。伝えきれてない思いが、たくさんあるんだ。  そう祈りながら、アルフレッドの手にそっと唇を当てたとき、アルフレッドの指がかすかに動いたようだった。 「アルフ! アルフ……!」  声に反応するように、ほんのわずかにピクッと指が動く。  そうだ。まだアルフレッドは生きている。  このまま指をくわえて見ているだけなんてごめんだ。  絶対に死なせてはいけない。まだ他に方法があるはずだ。考えろ。考えろ!  そう強く思った時、イグナスはある可能性を閃いた。

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