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第22話 生まれてきた意味
しんと静まり返った部屋には緊張が漂っていた。
イグナスはアルフレッドの手をギュッと握る。腕にも濃紺の筋が浮き出ており、毒が体を巡っているのがわかった。
「アルフ、もう大丈夫だからな」
そう呟くと、イグナスはシャツをまくり、自身の腕をあらわにした。
傷ひとつない白い腕が顔を出す。
イグナスは一度大きく深呼吸をすると、向かいにいるライネルに目を向けた。
「お願いします」
「わかった」
ライネルは銀でできたナイフを取り出すと、イグナスの腕に向けた。
イグナスの手が僅かに震える。
自分の体に傷ができることなどどうでも良かった。
痛みは一瞬の出来事で、傷も時間が経てば癒えるから。
でも、もし、これが失敗に終わってアルフレッドが二度と目を覚まさなかったら。
そう思うと、震える手が止まらない。
覚悟はしていても、どうしても怖い。
「やめていいんだぞ」
サリスが宥めるように言う。
イグナスは頭を横に振ると、もう片方の手で震える手を握った。
「大丈夫です、お願いします」
ライネルの持ったナイフがイグナスの右腕にゆっくりと押し当てられ、その刃先が皮膚の下の肉まで到達すると、滑るように肌の上を走っていった。
鋭い痛みと共に、赤い線がぷくりと浮かび、腕から滴る。
その血はどんどん増えていき、ぼたぼたと肘をつたって床に落ちる。
「んっ……!」
イグナスは僅かに顔を歪ませた。
ライネルが心配そうに窺うが、大丈夫と口元だけ笑ってみせる。
ライネルは血だらけのイグナスの手を掴むと、体を横にしたアルフレッドまでその腕を持っていき、イグナスの血を背中に垂らした。
タラタラと流れていくそれが、アルフレッドの傷口に染み込んでいく。
もしアルフレッドが死なずに済むのなら、この血が枯れてもいい。俺が死んでも、それでいい。彼の中で生きていければ、それで。
次の瞬間だった。
アルフレッドの身体がびくりと大きく跳ねた。
テオバルト王が思わず叫ぶ。
「アルフレッド!」
激しい痙攣にそこにいる誰もが、失敗を覚悟した。
イグナスは祈りながらも、依然として血を流し続ける。
きっとうまくいく。きっと大丈夫。
そう自分に言い聞かせ、自身の瞳のように赤い血に思いを込める。
そのときだった。痙攣が止み、黒ずんでいた血管が、まるで生き物のように収縮していった。
「毒が消えていっている……?」
「マジかよ」
目の前の信じられない光景に、ガルバとサリスは目を見張っていた。
先程まで浅かったアルフレッドの呼吸が、徐々に整っていき、蒼白だった顔に色が戻っていく。
アルフレッドの唇が、かすかに動いた。
「……グナス」
その言葉に、イグナスの瞳から涙が溢れる。
「……生きてる。生きてる!」
ライネルの声が部屋中に響き渡る。
王はそっと目を閉じると、静かに天を仰いだ。
イグナスはアルフレッドの肌に触れる。先程まで氷のように冷たかった肌は今、じんわり熱を持ってあたたかい。
人間にもなれず、人狼にもなれない自分は、一体何のために生まれてきたのだろう。
母が死んだあの日から、イグナスは何度も考えた。
考えても、考えても答えは出てこず、自分は生まれてくるべきではなかったのではないか、と思った日もあったけれど。
でも今日、その理由が初めてわかった気がした。
アルフレッドに出会うため、そして彼を守るために生きてきたんだと、今はそう思う。
――良かった。アルフレッドが生きてる。
その安堵を最後に、イグナスは静かに床に倒れた。
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