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第27話 醜い生き物
突風が広場を駆け抜け、松明 の炎が天に昇るように舞う。
砂埃が立ち込め、誰もが一度目を閉じたそのとき。
「何が面白いんだハーヴェイ卿。教えてくれ」
静かな広場に、低く思い声が響いた。
声のする方に目を向けると、そこにはアルフレッドが立っていた。
白い外套が、風に吹かれて翻る。
隣には、イグナスとサリス、ライネルの姿もある。
月の光が彼らの影を大きく伸ばす。
「アルフレッド王子だ!」
「襲われたのではなかったのか?」
「ご無事だったのか……!」
驚きや安堵といった様々な感情が入り混じる群衆のざわめきの中、一際目を丸くして驚いている人物にイグナスは気づいていた。
エドモンドだ。
彼の瞳は、大きく見開かれ、恐怖と困惑が滲んでいた。
隣にいたハーヴェイ卿が咄嗟に目配せをする。「仕損じたのか?」とでも言いたげな鋭い視線だった。
けれど、エドモンドは動揺のあまり、それすらも気づいていないようだ。
ハーヴェイ卿が笑顔を取り繕ってアルフレッドに向けた。
「おお! 我らが王子、ご無事でしたか! それは何よりです」
「ありがとう、ハーヴェイ卿。貴殿ならそう言ってくれると思っていました」
互いに微笑み合うが、その瞳は両者とも、笑ってはいない。
アルフレッドはハーヴェイ卿から目を外すと、群衆を見渡して、声を上げた。
「皆に伝えるべきことがある!」
民の視線が一斉にアルフレッドに注がれる。
その声が、広場の緊張をぐんとあげた。
「なぜだか俺が人狼に襲われたという噂が出回っているようだが、それは全くの出鱈目だ。俺を襲ったのは、紛れもなく……人間だ!」
群衆のざわめきが大きくなる。
アルフレッドはじろりと鋭い視線をエドモンドに向けた。
「なぁ、エドモンド……覚えがあるだろう?」
突然の名指しに、エドモンドの顔から色がなくなっていく。
エドモンドはわずかに視線を泳がせたあと、いびつに笑った。いや、厳密にいうと笑おうと努めているようだったが、顔は強張っていた。
「で、殿下。何をおっしゃっているのかよくわからないのですが」
「……そうか」
アルフレッドは冷たく言い放つと、広場に集う全ての民に聞こえるように、大きな声で言葉を放つ。
「俺を襲った相手が身につけていた外套と鉤爪が、森の川岸で見つかった」
隣に立つサリスが、黒い外套と、銀でできた鉤爪を手に、群衆へ見せるように掲げた。
ざわめきが広場に満ちる。
エドモンドは目を瞠っていた。まさか見つかるとは思っていなかったのだろう。
それも当然だ。人狼の嗅覚を持ってしなければ、到底見つけることができる場所ではなかった。
「わざわざこんな道具を使って襲ってくるなんて、おかしいとは思わないか。もし犯人が人狼なら、こんな道具に頼らずとも簡単に殺せる。なぁエドモンド」
アルフレッドの問いにエドモンドは、ゴクリと喉を鳴らした。
「……そうかもしれませんね。でもだからどうしたのです? それは人間が殺したという証拠になるだけで、僕が殺したという証拠にはならない。第一、僕は殺してない」
掠れた声だった。
「そうか。わかった。サリス、頼んだ」
アルフレッドの言葉に、サリスは頷くと、先ほどの鉤爪を自身の手に装着した。
一体何をしようとしているのだろう。民は静かに二人を見ていた。
次の瞬間、まばたきの間に、サリスはエドモンドの目の前へ迫っていた。
そして軽やかに鉤爪を振り下ろすと、その先端をエドモンドの手の甲に触れさせた。
サリスがエドモンドを襲ったようにも見える様子に、民衆は息を呑んだ。
しかし、血はほとんど流れておらず、紙で切ったような浅い傷口がうっすら血を滲ませるだけだった。
周囲はその様子に安堵した。
だが、エドモンドは違った。
「ぎゃあああああっ!」
叫び声が夜の広場に響く。エドモンドは自身の手の傷を見て、取り乱していた。
手の震えが加速する。
「ど、毒がっ! ……毒がああ!」
混乱する群衆の視線がエドモンドに集まる。
「解毒剤を……解毒剤をくれっ!」
その叫びは必死だった。
エドモンドはアルフレッドをすごい形相で睨んだ。そして叫ぶ。
「お前が生きているということは、解毒剤を作ったのだろ? 早く解毒剤をよこせ! この毒は少しでも体に入ったら死ぬんだ!」
焦るエドモンドの額からは大量の汗が吹き出していた。
声は震え、焦りが露骨に出ている。
アルフレッドは何も答えなかった。ただ黙って、その様子を見つめた。
「早く! 頼む! 早く解毒剤をくれ! ……死にたくない!」
「なぜそれを知っている?」
アルフレッドの低く重い声が落ちる。
「……え?」
「毒が塗られていたことを、なぜお前が知っているんだ」
広場が静寂に包まれた。風の音さえ、今は聞こえない。
「……はっ!」
エドモンドはしまったと言わんばかりに手で口を隠した。
アルフレッドの目が細まる。
「確かにこの鉤爪には毒が塗られていた、だが、もう拭いておいた。綺麗さっぱりとな」
サリスが鉤爪の先をべろりと舐めて見せる。
毒が残っていれば、そんなことできるはずがない。
「さて。この鉤爪に毒が塗られていることを知っているのは、ピューロにいた俺たちだけのはず。……いや、違うな。もう一人知っている人間がいる」
アルフレッドは冷ややかに笑うと、まっすぐにエドモンドを見た。
「それは、この毒で俺を殺そうとした犯人、つまりお前だ、エドモンド」
「なっ……そ、それはっ……」
エドモンドは助けを求めるようにハーヴェイ卿に視線を投げた。
ハーヴェイ卿の顔が僅かに強張る。
けれどすぐに口を開いた。
「エドモンド……! お前が王子を襲った犯人だったのか! なんでそんなことしたんだ! 親としてこれほど情けないことはない。しかし、これは息子が単独で行ったこと。私はなんの関与もしていない」
まるで下手なミュージカルを見ているかのように、ハーヴェイ卿はわざとらしく大げさに声を上げた。
父親のその言葉に、エドモンドは膝から崩れ落ちる。
全身が脱力する様は、まるで、糸が切れた操り人形のようだ。
アルフレッドは眉をひそめた。
「ハーヴェイ卿、見苦しい芝居はよせ。黒幕は貴殿だということはわかっている。貴殿の嘘は見過ごせない」
ひどく怒りの滲んだ声だった。
「嘘? 一体なんのことだか」
ハーヴェイ卿は素知らぬ顔で笑った。
全ての責任をエドモンドに擦り付けるつもりだろうが、そうはさせない。
「サリス」
アルフレッド視線をわずかにサリスに向けた。
サリスは頷くと、にこりと微笑んで見せる。
「ハーヴェイ卿、知らないようだから教えてさしあげましょう。人狼の首は切り落とせば人間の姿に変わるんんですよ。試してみますか?」
サリスは言葉を言い終えると、骨が軋ませた。
筋肉がうねり、毛が逆立ち、衣服を裂いて身体が膨れ上がっていく。
その変身に、広場中から悲鳴が上がった。
そこには、人狼姿のサリスが立っていた。
その迫力に、ハーヴェイ卿も一歩後ずさる。
「その手にしている首は、俺を襲った人狼のもの……だったか?」
アルフレッドは、嘲るようにハーヴェイ卿を見た。
「そんな人狼、どこにもいない。つまりお前が持っているそれは、偽物というわけだ」
ハーヴェイ卿は一瞬沈黙した。
しかし、次に口を開いたとき、その口元は歪んでいた。
「ふ……ふふふ……ははは」
ハーヴェイ卿の肩が震える。
「そうだ、嘘だ!」
ハーヴェイ卿は大きな声で叫んだ。
「民は馬鹿だからな! 少し不安をあおればすぐに騙される! 馬鹿を利用して何が悪い。騙される方が悪いのだ!」
ハーヴェイ卿の声に、群衆がどよめいた。
それを制するように、ハーヴェイはより大きい声を出す。
「だがな、俺の嘘より、王の嘘の方がはるかに醜い!」
ハーヴェイはそう言うと、群衆に訴えた。
「聞け! こいつらはずっと嘘をついて来たんだぞ! 人狼は殲滅したなんて言いながら、裏でこんな醜い化け物と繋がっていたんだぞ! はははっ! この国も終わったな!」
ハーヴェイ卿の笑い声が広場に響く中、アルフレッドが静かに口を開いた。
「この国が終わったかどうか、それはお前が決めることではない。民が決めることだ。この国は王のものでも、ましてや貴様のものでもなく、ここにいる民のものなのだからな」
まっすぐな言葉だった。
テオバルト王が一歩前へ進む。
「アラン=ハーヴェイ。その罪、反逆罪として万死に値する。……アラン、俺はお前のことを、弟のように思っていたのだぞ。三年前、裏切られてもなお赦し、ここに戻したと言うのに。……もう許すことはできぬ。牢へ連れていけ」
兵が来て、エドモンドとハーヴェイ卿を連れていく。
人形のように動かなくなったエドモンドと、笑い続けるハーヴェイ卿。
イグナスには二人の姿の方が、人狼よりもよっぽど醜く見えた。
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