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第3話 特訓とご奉仕の日々で時は流れ…
「やっ! たぁ!!」
「脇が甘い」
俺がお願いした日からアーヴァン様に剣術を習い、メキメキ上達していったものの、やはりアーヴァン様は強くて日々弱点を指摘されていた。
木刀での稽古だったけれど簡単にいなされ、脇腹に一撃を食らってしまう。
「ぐぁっ!」
今日も今日とて生傷が絶えない。
これもクロード様にご奉仕する為。
自分自身の手でご主人様をお守りしたい……その一心で稽古に励んだ。
「あなたはまだ9歳。 時間は沢山あるのですから、慌てずコツコツ積み重ねていくのです」
「はい!」
「初心者ですが、跳躍力や俊敏性などはとてもいいと思いますよ」
「本当ですか?! やったー!」
アーヴァン様が初めて褒めてくれた……!!
きっと跳躍力などは前世で猫だったからかなと思っている。
というのも多分俺は皆より嗅覚も良く、聴覚も人とは違うなと感じていた……壁1つ挟んでいるのに話し声がクリアに聞こえてくるのだ。
これは絶対猫の特性に違いない。
そして困るのは猫のようにあれこれ舐めたくなるという事。
気付けば自分の腕を舐めてしまいそうになるし、クロード様のお背中を流す時も……無性に舐めたくなる。
これは本当に気を付けないと。
前世の習性って怖い!
「ではこの後はレイラが君に勉強を教えてくれますので。 しっかり学ぶのですよ」
「はい!」
こうしてご主人様のいない間に内緒の特訓は続き、3年が経つ頃には邸の皆のように使用人としての教養が身に付いていった。
皆の前では言葉遣いも”俺”ではなく”私”に変え、礼儀も教わり、貴族社会のあれそれもしっかり叩き込まれた。
しかし俺というのを止めた事が気に入らないクロード様は、執務室にお茶を淹れに行くと毎回愚痴をこぼす。
「リックの”俺”っていうの、気に入ってたのに……もう使わないの?」
「使いません」
「どうしても?」
「どうしてもです!」
この押し問答も毎度の事。
そしてこのような会話はいつもクロード様の膝の上で行われる。
「そろそろ私も12歳になりますし、膝の上に乗るような年齢ではないんですけど……」
「私にとってはいくつになっても可愛い子供のままなんだよ。 忙しない1日の唯一の楽しみなんだ。 私から楽しみを取らないでおくれ」
「う……っ」
クロード様はズルい。
そんな上目遣いで覗き込みながら懇願するような目を向けられて、俺が断れないのを知っているクセに。
こんな場面をアーヴァン様に見られたら絶対に怒られてしまうに違いない。
強く断れないのは、俺自身がクロード様の膝に乗るのが嫌じゃないからだ。
むしろ可愛がられるのは心地良い――――猫の時のように抱っこされ、顔を撫でられたり頭をよしよしされたり、鼻の頭をくすぐられたりすると心地よくて、すっかり猫の顔になってしまう。
邸の皆も本当によくしてくれて……親の顔を知らない俺にとっての家族は、クロード様やこの邸の人たちだ。
中でもクロード様は特別。
前世からの深い繋がりもあるし、ご主人様の事を想うと胸が温かくなったりむず痒くなったり。
近頃の俺は色々な気持ちに悩まされる。
それをレイラ様に相談したところ、思春期だからかもと言われ、納得した。
これが成長期というものかと。
きっと大人になったら答えが分かるはずだ。
「また難しい事を考えているね」
「違います。 これからもクロード様に一生懸命ご奉仕しようと固い決意をしただけです」
「いつの間にか剣術までアーヴァンに教わっているし」
「ご主人様をお守りするのは奉仕活動の一環ですから」
「ご奉仕なんて必要ないのに」
少し眉根を八の字に寄せて、申し訳なさそうな表情をするご主人様。
必要ないなんて言わないでほしい。
それだけが俺がこの世界に存在する意味なのに。
「クロード様が何と言おうと、ご奉仕しますからっ」
少し泣きたくなってご主人様の胸に顔を埋め、誤魔化した。
クロード様の匂いがする……嗅覚がいいからか、ご主人様の良い匂いが全身を駆け巡り、気持ちが落ち着いてくる。
「リック、ごめんね。 君が必要ないって意味じゃないから。 君がしてくれる事は何だって嬉しいよ」
「……スンッ…………へへっ」
ちょっぴり鼻をすすり顔を上げると、心配そうなクロード様に笑顔を向けた。
今世でもご主人様と一緒にいられて、それだけで俺はもう幸せなんです。
そう言えたらいいのに。
俺が黒猫フレディだった事はクロード様に言えないから……気味悪がられるだろうし、この事実だけは墓場まで持っていくぐらいの覚悟でいる。
だからどうか、人間としてクロード様のそばにいられる今世は、少しでも長く一緒にいられますように――。
そう願いながら1日1日を大切にご奉仕し続けながら、この国での成人にあたる18歳の誕生日を無事に迎えたのだった。
~・~・~・~・~
「リック、お誕生日おめでとう!」
「「おめでとう!!」」
クロード様の掛け声に続き、邸の皆が声を揃えてお祝いの言葉を伝えてくれて、目の前には物凄いご馳走が並んでいた。
孤児だった俺に誕生日など分かるわけがないんだけど、この邸に来た時にクロード様が決めてくれて、初夏の5の月、そして28の日に決まったのだ。
こんな風に心温まる成人の日を迎えられるとは……貧民街にいた時は夢にも思っていなかった。
しかも前世での飼い主にまた拾われて、皆にお祝いされて。
幸せ過ぎて涙が滲んできてしまう。
「クロード様、皆様、本当にありがとうござ……ぃま……す……!」
「「リック~~!」」
涙で言葉が出てこない俺を邸の皆が抱きしめてくれる。
なんて幸せなんだろう。
もう一生分の幸せを使い切ったような気がする。
でもまだまだこの幸せを皆に、そしてクロード様に返していかなきゃ。
「ちょっと、ちょっと。 まずは私が慰めるのが普通なのだよ」
「旦那様はリックを独り占めし過ぎです」
「そうです!」「私たちもリックとお話したいのです!」
クロード様の言葉にレイラ様や使用人の皆がすぐに反論する。
嬉しい……そんな風に思ってもらえていたなんて。
「でも連れてきたのは私なんだから」
「リックを教育したのは私達使用人ですよ?」
「うっ……皆がいじめるよ~~リック~!」
ご主人様はとても仕事が出来て切れ者と噂される美貌の侯爵のはずなのに、邸だとレイラ様やアーヴァン様に頭が上がらないところがとても可愛い。
そんなクロード様にご奉仕するチャンスなのでは?! と思い、すぐに駆け付ける。
「クロード様、私が膝の上に乗りますので!」
「ありがとう……」
しょぼんとしているクロード様の膝の上に座ると、途端にご機嫌な表情に変わり、ホッと胸を撫でおろす。
俺でも役に立つ事が出来て、少し嬉しくなった。
「もう……そうやってすぐにリックに泣きつくんですから!」
「私の役得なんだよ」
邸の皆がクロード様に何か言っているけど、俺はご主人様の膝に乗る事が出来て、ちょっぴり内心喜んでいた。
12歳の時はさすがに自覚はなかった。
でも18歳になった今は、さすがに自分の気持ちを自覚している。
そう、今の俺はクロード様に恋をしているのだ。
飼い猫だった時のご主人様は幼くて、人間に生まれ変わった俺を保護してくれた時は俺が幼過ぎてそんな気持ちがよく分からなかった。
この邸でずっと一緒に過ごしている内に、自分のこの気持ちがただの家族愛ではないという事にやがて気付き、今では恋なのだとしっかり自覚している。
だからと言って何をどうするというわけではない。
クロード様は主人だし、この素晴らしいお方が俺をそういう目で見ているはずがないからだ。
いくつになっても可愛い子供だと、よく言われていたし。
それでも良かった、この時までは。
誕生日会の後から俺とクロード様との関係が一変していく事になるなんて、この時の俺は思ってもいなかったのだった。
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