4 / 10
第4話 ご主人様が添い寝をご所望です
「え? 今日から寝所を一緒に?」
「そうだよ。 君には私の抱き枕になってもらいたいんだ」
目の前のご主人様はニッコリと微笑みながら、とんでもない事を言っている。
一緒に眠るって…………えぇ?!
無理。 絶対無理だ。
ただでさえ恋心を自覚しているのに、一緒のベッドに寝たら眠れるわけがない!
「ふふっ。 無理だって思ってるだろう?」
「え! え……っと…………はい」
「リック、難しく考えないで。 近頃よく眠れないから君に隣にいてもらいたいだけなんだ」
「眠れないのですか?!」
なんてことだ……まさかクロード様が不眠に悩まされていたなんて……!
主人の体調の変化に気付いていなかったとは、使用人として失格だ。
「君の匂いはとても落ち着くんだよ。 私へのご奉仕だと思って」
「そういう事ならばお任せください! きっとご奉仕してみせます!」
ご奉仕という言葉を言われると、俄然やる気が出てきてしまうな。
俺の出来る事なら何でもしてあげたい。
これは夜が楽しみだ……そんな事を思いながら、夜を迎えたのだった。
――コンコン――
「リックです」
「どうぞ」
室内からご主人様の声が聞こえたので扉を開けると、窓際に佇むクロード様の姿を確認する。
夜着を着たクロード様はとても妖艶で、薄暗い室内で月明りに照らされ、やたらと色気を放っていた。
ガウンを羽織っているだけなのにこんなに色気が出るのは、世界中を探してもご主人様だけだろう。
それは俺が彼に対して家族愛以上の気持ちを持っているからだろうか?
心臓が痛いくらいドキドキしている……口から心臓が飛び出してきそう。
こんな気持ち、他の誰にも抱いた事はない。
穏やかな笑みを湛え、ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるクロード様。
俺は扉のそばで彼に見惚れ、足が地面に張り付いてしまったかのように立ち尽くしていた。
「どうしたの、リック? 具合でも悪い?」
俺を気遣いながら、頬に当てた彼の手が優しく撫でてくる。
クロード様……大好きです。
そう言えたらいいのに。
大きな手が心地よくて頬を摺り寄せる。
「いえ、体調は万全です。 あまりクロード様の寝室に来る事がないので緊張していただけです」
これは本当の気持ち。
いつもは執務室で膝に乗せられるので、あまりご主人様の寝室に来た事はなかった。
寝室って本当にプライベートな空間だと思うから、そこに入る事はとても緊張するし、こうやって入る事を許されるという事は特別な事だ。
凄く嬉しいけど、部屋全体からクロード様の匂いがしてきて、あまりの心地よさに酔ってしまいそう。
特別嗅覚が良いから余計に――。
「ふふっ。 そんなに緊張する事はないよ。 隣で一緒に眠ってくれるだけでいいから」
「はい。 しっかりご奉仕します!」
俺は邪な思考を振り払うように、ご奉仕という言葉を使った。
ただ一緒に眠るという事がどれほど大変か、この方は分かっていない。
でもそれは俺の事情でクロード様は純粋に眠れなくて困っているだけだから、ちゃんとお役目を果たそう。
「もう遅いし、寝ようか」
「はい!」
クロード様はクイーンサイズのベッドへと滑り込み、掛布団を半分開いてこちらに微笑みかける。
「リック。 こちらへ」
「は……ぃ……」
ううっ……あんまり緊張して変な返事になってしまった。
まるで恋人を呼ぶかのような声かけをしてくるから。
遠慮がちにベッドに乗り、少し距離を取りながら掛布団の中へと潜り込んだ。
これでいいのかな。
抱き枕ってどうすればいいのだろう?
困惑する俺の気持ちなどお構いなしに、ご主人様は腕を伸ばし、俺を引き寄せて自分の腕の中に収めてしまう。
「クロード様?!」
「ああ、やっぱり君の匂いは落ち着くな……体温も……」
俺の心臓は爆発寸前だけど、クロード様はとても落ち着き、今にも眠ってしまいそうだった。
その様子を見ていると、意識しているのは自分だけのように感じて、肩の力が抜けていく。
ご主人様が俺の髪に顔を埋め、温かい吐息がかかり、全身がゾクリと粟立った。
これは一体?
よく分からない感覚に困惑しつつ、クロード様から寝息が聞こえてきたのだった。
「クロード様?」
俺の声にも反応はなく、規則正しい鼓動を感じ、だんだんと俺の瞼も重くなっていく。
眠れていなかったって言ってたし、相当眠かったのかな……ドキドキしている場合じゃなのに。
クロード様をしっかりと眠らせる事が目的なんだから。
しっかりしろ、俺……!
愛するご主人様の胸の中で自分に活を入れつつも激しい眠気に襲われ、その日は幸せな気持ちですぐに意識を手放した。
~・~・~・~・~
眩しい朝日によってだんだんと目が覚めてきて、ゆっくりと瞼を開いていく。
いつもより温かく感じるし、どうしてだろう……まだ寝起きなので頭が上手く回らない。
でも朝日が昇ったならそろそろ起きて支度しなきゃ。
使用人の仕事は早朝から始まるのだから。
重い瞼を擦っていると、すぐ近くから大好きな主の声が聞こえてきた。
「目覚めたかな? 私の可愛いリックは」
「??」
ご主人様の声がする……そういえば昨夜はご主人様の寝室に行って……それから――――
何となく思い出して顔を上げると、そこにはすでに目覚めてこちらを見ながら微笑んでいるクロード様がいた。
抱き枕の役目を果たしに来たのをすっかり忘れていた!
「ク、クロード様! おおおおはようございます!」
「ふふっ。 動揺しちゃって……本当に可愛いね、リックは」
笑いながらふいに額に柔らかい何かが触れた。
そしてちゅっと音を立てて離れたそれは……クロード様の唇だ。
「な、な……っ!!」
「君が可愛すぎるのがいけない」
「そんな事はありません!」
「え――そんな事あるよ。 分かってないなぁ。 昨夜はとてもよく眠れたからお礼って事にして」
そう言われると返す言葉もなくなってしまう。
よく眠れたんだという喜びと、額にキスまでもらった嬉しさで、色々と心臓が爆発しそうだった。
絶対顔が真っ赤になっているに違いない。
クロード様はいつもそうだ……あなたの行動に俺がどれほどかき乱されているか、まるで分かっていないんだから。
「とにかく、もうお仕事に行かなくては……!」
「そんなぁ……せっかく一緒に朝を迎えられたんだから今日ぐらい……」
「ダメです!!」
俺は自分の煩悩を振り払うように掛布団を剥ぎ、ベッドから下りた。
いくらご奉仕と言っても使用人の仕事をほったらかしていいものではない。
俺だけ優遇するというのもご主人様の沽券に関わるし、そんな事をさせてはいけないのだ。
そのまま寝室の扉に行き、クロード様へ振り返る。
「また、お茶の時間に執務室に行きます。 では、失礼します」
頭を下げて寝室を後にした。
クロード様が何か言っていたような気がしたけれど、そそくさと出てきてしまった……だって……だって…………クロード様の寝室でクロード様の匂いに包まれながらクロード様の温もりに抱かれて甘やかされたりしたら……下半身が反応しているのがバレてしまう!
俺だって健全な男子だから、大好きな人に触れていたら、そりゃ反応するのは仕方ない。
でもご主人様にバレてしまうのだけは恥ずかしすぎる。
そんな事になったら耐えられない……邸にいられなくなるから。
とにかく朝起きたらすぐにベッドから下りて、仕事に行く事にしよう。
うん。
自分にそう言い聞かせながら、足早に自室へ向かったのだった。
ともだちにシェアしよう!

