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第13話 初めての夜会
比較的整った街道をご主人様と一緒の馬車に揺られながら、王宮へ向かっていた。
本来なら付き人や護衛が一緒の馬車には乗らないけれど、ご主人様付だからという理由で乗せてもらう事に。
馬車なんてほとんど乗った事がないので緊張する。
侯爵邸に保護されてからというもの邸からほとんど出る事がなかったから。
しかもクロード様と隣りに座っているなんて……チラリとご主人様の顔を覗き見た。
いつもの金色の髪はしっかりと後ろで束ねられていたけれど、後れ毛が一筋サラリと落ちている。
俯きがちなまつ毛からのぞく宝石のような赤い瞳、筋の通った鼻――――
本当に美しくて見惚れてしまう。
「リック? 大丈夫かい?」
「はっ! すみません! 正装したクロード様を久しぶりに見たものですから」
「似合ってる?」
「はい! とっても!! 素晴らしく似合ってます!」
「ふふふっ、ありがとう。 君に褒められると特段嬉しいよ」
「へへっ」
クロード様が喜んでくれたならよかった。
俺のご主人様は世界一カッコいい……今日の正装姿を見てあらためて実感し、夜会でも不埒な輩に狙われないように気をつけなければ。
馬車は邸から一時間ほどで王宮に到着し、門前でゆっくりと停車した。
王宮前には広大な庭園が広がり、クロード様は慣れた足取りで王宮へと向かっていく。
初めて訪れた俺は、完全に田舎者丸出しだった。
「リック。 王宮は広いから離れないで」
「あ、すみません!」
声をかけられて慌てて走っていく。
周りの景色に見惚れてボーっとしている場合じゃない……!
「ふふっ、君は初めてだものね。 綺麗なところだろう?」
「はい、凄いです! なんだか別世界に来たような感じで」
「でも本当に広いから、君が迷子になってしまいそうで心配なんだ」
「あ……」
クロード様に腰を引き寄せられ、美しい顔が近づいてくる。
そして耳元に息がかかるほどの位置で囁かれる。
「常に私のそばにいるんだよ。 いいね?」
低めの少し掠れた声。
背中が粟立ち、体が反応してしまいそうになる。
「わ、分かりましたっ」
「いい子だ」
満足げにニッコリと微笑むクロード様は、悪魔のような天使のような……俺の心を鷲掴みにしていく。
そこへ聞いたことのない笑い声が聞こえてきた。
「はっはっは! クロードが笑うところを久しぶりに見たぞ!」
王宮の入り口前には、ネイビーブルーの髪をした野性的な風貌の男性が立っていた。
見るからに高貴な身分なのが伝わってくる。
しかもクロード様を呼び捨てで気安く話しかけているので、それ相応の身分の方なのだろう。
少し緊張しながら、ご主人様の後ろへと下がった。
俺は今護衛兼付き人なのだからしっかししないと……!
「殿下。 突然出てくるのでリックを怖がらせてしまったではありませんか」
「すまん、すまん。 お前がそんな柔らかい表情をしているのを初めて見たのでな」
「まったく……あの話がなければ今日も来る予定はありませんでしたけどね」
「仕方あるまい。 一度は会ってもらわなくてはな」
「はぁ……私の気持ちは変わらないのに」
「そのようだな。 しかし探ってほしい事もある。無碍にはするな」
「……分かりました」
この方はきっとクロード様の上司の王太子殿下に違いない。
我がアンドロス王国の王太子、エルンシュカ・フォン・アンドロス殿下。
まさか王族の方にこんな間近で会う事が出来るなんて……立派な方だな。
クロード様と並ぶと何かの彫刻のようで、芸術的にすら感じる。
2人の会話は濁して話してはいるけれど、俺にはピンときていた。
恐らく使用人の方達が話していた公爵令嬢の事ではないだろうか……近々開催される夜会で殿下から紹介されると話していたから。
分かってはいるけれど、胸がズキンと痛む。
俺は護衛兼付き人なんだし、傷ついている場合じゃない。
「殿下、こちらがフレデリックです。 私が前にお話した子です」
「ああ、そうだったな。 君がフレデリックか……ふーむ……」
殿下は俺の顔を覗き込み、興味深いような瞳をする。
吸い込まれそうなハニーピンクの瞳――。
全て見透かされそうだ。
でも悪い事をしているわけではないし、今日は優秀な護衛と思ってもらいたいので、しっかりと背筋を伸ばし、殿下の目をジッと見据えた。
「フレデリックです。 護衛兼付き人です。 よろしくお願いいたします!」
思い切り頭を下げ、挨拶をする。
なぜか頭上から笑い声が聞こえてきたので、恐る恐る顔を上げた。
「はっはっは! 私によろしくと言う者がいるとは面白い! 気に入った」
「え……え?」
なぜかよく分からないまま王太子殿下に腕を引かれ、肩を抱かれてしまう。
「クロード、お前はまずリュミエーナ嬢のもとへ行け。 その間、フレデリックは私が預かろう」
「しかし……」
「同席させるわけにはいかない。 とにかく行け。 ホールに入ればすぐに分かるだろう」
「…………っ」
ご主人様は苦虫を嚙み潰したような表情をしながら、その場を去って行った。
護衛なのについて行かなくていいのだろうか。
俺自身も顔を見てみたかったのに。
「あそこまでクロードが骨抜きにされてしまうとはな」
「え?」
「アイツが何をしに行ったのかは分かるか?」
「はい。 公爵令嬢との婚約話が上がっていると聞いております。 そのご令嬢に会いに行ったのですよね?」
「そうだ。 しかし……そんな傷ついた顔をされると話しにくいものだな」
「……っ申し訳ございません!」
顔に出ていたなんて!
これは御家の為に殿下が持ってきてくれた縁談なのだから、俺が傷ついた顔をしていたら殿下だって気まずいはず……!
でも今クロード様がその令嬢と話をしているっていうだけで、胸が潰れそうになる。
俺は孤児で使用人なんだから、しっかりしないと!
ほんの少し滲む涙を拭いながら、笑顔を張り付けた。
「主人の幸せは我々の幸せですから。 これは嬉し涙です! クロード様に良縁を持ってきてくださり、感謝いたします」
俺は深々と頭を下げた。
胸は痛むけれど、これは俺の本音だ。
侯爵家の為になる事なら喜ばないと。
それこそが俺の幸せなのだから。
「こんなに忠誠心の強い使用人を持つアイツが羨ましいよ。 君には私のもとで働いてもらいたいくらいだ」
「そ、それは出来ません。 クロード様にお仕えすると誓っておりますので」
「ははっ! ハッキリ言うのだな」
「申し訳ございません! そこは違えるわけには参りませんので……」
「よい。 そなたの気が変わったらいつでも王宮に来るがいい」
殿下が俺の頭をぐしゃぐしゃと撫で、その手が頬を撫でた。
こんな王宮の真ん前でするような会話じゃない気がするんだけど。
でもなぜか王宮に入らせまいとしているように感じるのは気のせいだろうか。
「王宮に入らないのですか?」
「あ――……入ってもいいのだが……」
殿下が俺の顔をチラリと見たので、クロード様の事で気遣われているのだと悟る。
「殿下のお優しさに感謝いたします。 でも付き人なので外で待っているわけにはいきませんので」
「そうか」
一通り会話が終わり中に入ったところで、パステルピンクの髪を揺らしながら駆けてくる令嬢の姿が遠目に見える。
ドレス姿で駆けるのって大変そうだし、大丈夫だろうか。
案の定転びそうになったのを助けたのは、俺の大好きなご主人様だった。
さすがご主人様と思ったのも束の間、何やら二人はもみ合っているようだ。
「だ、大丈夫でしょうか?」
「いや、まずいな」
「我々も行った方が……!」
「待て!」
急いでご主人様のもとへ向かおうとした瞬間、ご令嬢は涙を流しクロード様の胸に顔を埋めた。
そしてクロード様は優しく慰めているように見える。
俺は何を見せられているのだろう――。
「あ――……君は見ない方がいい」
殿下は手で俺の目を隠してくれたけれど、見てしまった映像はしっかりと脳裏に焼き付いてしまっていた。
「申し訳、ございません……」
「いったんこの場を離れるぞ」
溢れる涙をおさえる事が出来ず、殿下は俺をマントの中に隠してくれてその場から離れてくださった——。
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