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第2話

「畜生……またブラックシールドの野郎どもに先を越されたか」 苛立ちの混じった低い声が、重苦しい艦橋に響き渡った。 長く伸びた金色の前髪を乱暴にかき上げながら、宇宙海賊《エブラハム・ロジャー》の若き首領、マイト・エブラハムは操舵席から立ち上がる。 正面の戦術ウィンドウには、漆黒の宇宙空間に漂う貨物船の無残な残骸と、高エネルギー兵器によって強引に焼き切られた航路データが、血の滲むような赤色で幾重にも表示されていた。 解析AIが無機質な電子音声で冷酷に告げる。 《襲撃時刻、二十三分前》 《敵艦識別――ブラックシールド》 「またかよ……!」 マイトは吐き捨てるように呟き、蒼く鋭い瞳を忌々しげに細めた。 ここ二、三か月というもの、目的地へ向かえば必ず奴らに先を越されている。 積荷も、仲介人も、大物の賞金首も。まるで自分たちの航路や作戦が、最初からすべて筒抜けになっているかのような完璧な立ち回りだった。 ブラックシールド。 1年半前、突如として銀河辺境に姿を現した新興の軍事海賊団。にもかかわらず、奴らの持つ戦力は異常かつ圧倒的だった。 帝国軍の最新鋭巡洋艦を正面から消し飛ばし、大企業の私設艦隊を壊滅させ、数多の巨大海賊団を一夜にして歴史から消し去る。その悪名は、今や銀河中に恐怖と共に知れ渡っている。 そして奴らはなぜか、執拗なまでに《エブラハム・ロジャー》の行く先々へ現れ、執拗に挑発を繰り返していた。 「面白くねぇ……」 マイトは拳を強く握りしめる。 古豪《エブラハム・ロジャー》は、百年以上の歴史と誇りを持つ巨大な海賊団だ。引退した父親から船と仲間を継いで、まだわずか二年。 若くして首領の座に就いたマイトは、誰よりもその実力を示し、荒くれ者たちを率いてきた自負がある。だからこそ許せなかった。歴史も誇りもないはずの冷徹な新興勢力に、自分たちの縄張りを好き放題に踏みにじられることが。 略奪で食うのが海賊だ。獲物を奪われ続ければ、当然仲間を食わせることもできなくなる。すでに船内からは、先行きを不安視する声が漏れ始めていた。 首領とは、誰よりも先に迷いを飲み込み、最後まで不敵に立っているべき存在だ。そう叩き込まれて育ってきた。だからこそ、部下たちの前でだけは絶対に弱音を吐くわけにはいかない。 「……黒い女神、ディア」 その名を口にした瞬間、艦橋の空気がさらに一段と冷え込んだ。 男でありながら、《黒い女神》という歪な二つ名を持つ男。 初めてその姿を見た者は皆、その言葉の持つ真の意味を理解し、絶望するという。 息を呑むほどに美しい美貌だと。 だが、その人外じみた美しさの奥には、人間の情など欠片も存在しない。 捕虜同士を殺し合わせ、手足を切断して過酷な無人惑星へ捨て去る。生き残った者だけを「運が良かった」と冷笑して見送る。残酷という言葉すら生ぬるい、命という概念そのものを弄ぶ悪魔のような男だと噂されていた。 海賊である以上、手を血に染める覚悟はとうにある。マイトも綺麗事を語るつもりはない。 だが、必要もないのに他人の命を玩具のように壊す奴だけは、どうしても反吐が出た。 「首領……」 不意に声をかけてきたのは、赤い髪を無造作に伸ばした側近のジェイスだった。 幼い頃から同じ船で泥に塗れて育ってきた、誰よりも信頼している相棒であり右腕だ。 「何だ」 「……罠だって、百も承知でしょう」 マイトが黙り込むと、ジェイスはすべてを見透かしたように苦笑した。 「それでも、あんたは行きたいんでしょう?」 図星だった。ブラックシールドはこちらを明白に挑発している。最初から、マイトを誘い出すために。 それでも、このまま引き下がるわけにはいかなかった。 「……そう見えるか?」 二十二歳という若さで、あまりにも重い看板を背負う青年の顔から、その一瞬だけ年相応の迷いが覗く。 ジェイスは静かに、けれど力強く頷いた。 「見えますよ。でも、俺たちはあんたになら、地獄の果てまでついて行くって決めてるんです」 その真っ直ぐな言葉に、マイトは小さく苦笑いを漏らす。 「だからこそ、簡単に突っ込めねぇんだよ」 ボサボサの金髪をガシガシと苛立ちまぎれに乱暴にかき混ぜる。 「勝算のねぇ戦いに、お前らを巻き込んで死なせたくねぇんだ。オヤジが最後に言ってたろ。首領は怒りで動くな、計算で勝て、部下はお前一人の命より重いってな……」 仲間を守らなければならない。その責任感が、マイトの衝動を辛うじて踏みとどまらせていた。 今だけは、感情に任せて飛び出すわけにはいかないのだ。 しかし、宇宙の闇はその猶予さえも許さなかった。 「首領ッ! 空間に異常重力反応!」 見張りの叫び声と同時に、メインディスプレイへ一隻の巨大な影が滑り込んできた。 それは、まるで黒曜石のようにギラギラと妖しく黒光りする、禍々しい艦体だった。蒼く輝く恒星の光を背負いながら、こちらを見下ろすように不気味に静止している。 その艦首に備えられた無数の陽電子砲の砲門は、すべて《エブラハム・ロジャー》へと正確に照準を合わせていた。 あまりにも露骨で、逃げ場のない宣戦布告。 「……上等じゃねぇか」 マイトの蒼い瞳に、抑え込んでいた獰猛な戦意が一気に激しく燃え上がった。 「ここまでコケにされて、黙って尻尾巻くほど、俺ァ出来た人間じゃねぇんだよ!」 その野性的な顔に、獰猛で不敵な笑みが浮かぶ。艦橋の空気が一変し、首領の覚悟を察した部下たちが一斉に地鳴りのような歓声を上げた、その瞬間―― ビーッ! ビーッ! ビーッ! けたたましいエマージェンシーアラームが艦内に鳴り響いた。 直後、凄まじい衝撃と共に船体が大きく傾ぐ。 バチンと照明が一斉にブラックアウトし、不気味な赤い非常灯だけが、艦橋を血のような色に変えながら妖しく回転し始めた。 「敵艦、至近距離での重力跳躍を敢行!」 「空間歪曲率、限界突破! 敵のトラクタービームが本艦を捕捉しました!」 「来ます、強制接舷されますッ!!」 激しく揺れる艦橋の中央で、マイトは操舵席のレバーを強く握り締めた。迫り来る絶対的な危機の中心で、彼の蒼い瞳は、宇宙の闇よりも深く美しい黒い艦影を、真っ直ぐに射抜いていた。 「ははん……ヤろうッてか。面白ぇ。待ってろよ、ブラックシールド……ッ!」

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