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第4話
おかしなことだ。
裏切る奴もいれば、こんなにも真剣に自分を支えようとしてくれる男もいる。
たった一人の裏切りに心を折られ、オヤジから預かった可愛い奴らを、この手で見捨てるところだった。
……とんだ大馬鹿者だ。
全然オトナになりきれてねェな。俺も。
自嘲するように心の中で呟くと、マイトは大きく息を吐いた。熱くなりかけていた頭が少しだけ冷え、蒼い瞳にいつもの鋭さが戻ってくる。
そっとジェイスの赤い髪に手を置き、安心させるように軽く叩くと、艦橋中央に浮かぶ立体ディスプレイへ視線を移した。
船体各所の損傷状況が、赤いホログラムで次々と表示される。
主機関、損傷率七十二パーセント。
推進制御系、機能停止。
重力安定装置――完全破壊。
どうやっても、分単位での修復は不可能だった。
なかでも重力安定装置を潰されたのは致命的だ。
重力場が崩壊すれば、艦内は異常重力に呑み込まれる。
身体は自重に耐え切れず圧し潰され、生き残れる者はいない。
「……もって十五分、だな。」
誰に言うでもなく呟く。
逃げ切るためには、その十五分を仲間たちのために使うしかない。
時間を稼がなくてはいけない。
「倉庫の小型船に皆を誘導させろ。早く脱出しないと、体が破裂するぞ。」
迷いはもうなかった。
マイトはジェイスへ短く指示を飛ばすと、ディスプレイに映る漆黒の戦艦を憎しみに満ちた蒼い瞳で睨みつけた。
「首領! アナタも逃げないと死ぬじゃないですか!」
ジェイスは部下たちへ脱出の指示を飛ばしながらも、なおディスプレイの前から動こうとしないマイトを振り返り、悲鳴にも似た声を上げた。
その声に、マイトはちらりと振り返る。
そして安心させるようにジェイスの肩を軽く叩き、小さく笑った。
最近は滅多に笑うことのなかった首領の笑顔だった。
だからこそ、その笑みにジェイスの胸は締めつけられる。
嫌な予感だけが膨らみ、震える拳に力が入った。
「ばぁか。」
マイトは苦笑しながら肩を竦める。
「お前らがちゃんと逃げ切るまでは、相手の気ぐらい引いててやらァ。」
漆黒の艦影から目を離さないまま続ける。
「あんな小さな脱出船じゃァ、砲撃を食らえば一発だ。それに……。」
一瞬だけ、自分の船を見渡した。
幼い頃から駆け回った通路。
父と笑い、叱られ、海賊として育った場所。
歴代の船長が命を懸けて守り続けてきた《エブラハム・ロジャー》。
「俺は、オヤジから預かったこの船だけを逝かせるわけにはいかないんだよ。」
我ながら臭い台詞だと思う。
だが、一度口をついた言葉は、もう引っ込められなかった。
ジェイスは泣き出しそうに顔を歪めたまま、何も言えずマイトを見つめている。
その身体は、動こうとしても動けないほど硬直していた。
「おらァ、ジェイス。」
少しだけ優しい声になる。
「早く行けよ。オマエが行かなきゃ、皆を誘導できねぇだろ。」
ほんの僅かに間を置いて、兄のように慕っていた幼い頃の呼び名を口にした。
「……頼んだぜ、ジェイ。」
頼れるのは、お前だけだ。
その想いを込めて、マイトはジェイスの背中を思い切り押した。
よろめきながら駆け出したジェイスは、それでも何度も振り返る。
その姿を見送るたび、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような寂しさが静かによぎった。
船内の重力がさらに乱れ始める。
全身を押し潰すような圧迫感が一気に増し、骨が軋み、肺から空気が無理やり押し出される。
ギシ……ギシ……と身体そのものが悲鳴を上げていた。
……あっけねえ終わりかもしれねえ。
だけど。
何もせずに終わる俺じゃねえ……よ。
マイトは操縦席へ飛び込み、レバー式の操縦桿を強く握り締めた。
残された推進出力をすべて解放し、艦首をディスプレイに映る黒い船へ向ける。
《エブラハム・ロジャー》は低い唸りを上げながら、最後の力を振り絞るように加速を始めた。
「“黒い女神”……テメェに、本当の海賊の誇りってもんを教えてやらァ……。」
視界が滲む。
息を吸うことさえ苦しい異常重力の中、それでもマイトの手は操縦桿から離れなかった。
意識がゆっくりと闇へ沈んでいく最後の瞬間まで、彼は真っ直ぐ漆黒の旗艦だけを見据え、レバーを握り続けていた。
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