4 / 50
第4話
おかしなもんだな。
裏切る奴もいれば、こうして命を懸けて自分を支えようとしてくれる男もいる。
たった一人の裏切りに心を折られ、オヤジから預かった可愛い部下たちを、この手で見捨ててしまうところだった。
……とんだ大馬鹿野郎だ。
全然大人になりきれてねぇな、俺も。
自嘲するように心の中で呟くと、マイトは大きく息を吐き出した。熱くなりかけていた頭が急速に冷え、蒼い瞳にいつもの鋭さが戻ってくる。
そっとジェイスの赤い髪に手を置き、安心させるように軽く叩くと、マイトは艦橋の中央に浮かび上がる立体ディスプレイへ視線を移した。
船体各所の損傷状況を示すホログラムが、不気味な赤色で次々と点滅している。
主機関、損傷率七十二パーセント。
推進制御系、機能停止。
重力安定装置――完全破壊。
どう計算しても、分単位での修復は不可能だった。なかでも重力安定装置を潰されたのは致命的という他ない。
重力場が完全に崩壊すれば、艦内は異常重力に呑み込まれる。自重に耐え切れず肉体を圧し潰され、生き残れる者など一人もいなくなる。
「……もって十五分、だな」
誰に言うでもなく呟く。奴らから逃げ切るためには、そのわずか十五分を、仲間たちのために使うしかなかった。
「倉庫の小型船に全員を誘導させろ。早く脱出しないと、気圧と異常重力で体が破裂するぞ」
迷いはもう消えていた。マイトがジェイスへ短く指示を飛ばすと、ディスプレイに映し出される漆黒の戦艦を、憎しみの籠もった蒼い瞳で睨みつけた。
「首領! あなたも逃げないと死ぬじゃないですか!」
ジェイスは部下たちへ退避の指示を飛ばしながらも、なおディスプレイの前から動こうとしないマイトを振り返り、悲鳴にも似た声を上げた。
その必死な声に、マイトはちらりと視線を戻す。そして安心させるようにジェイスの肩をポンと叩き、小さく笑ってみせた。
最近は張り詰めてばかりで、滅多に見せることのなかった首領の笑顔だった。だからこそ、そのあまりに穏やかな笑みにジェイスの胸は激しく締め付けられる。最悪な予感だけが胸中で膨らみ、震える拳に力がこもった。
「ばぁか」
マイトは苦笑しながら、大雑把に肩を竦めた。
「お前らがちゃんと逃げ切るまでは、俺があいつの気を引いててやるよ」
宇宙の闇に佇む漆黒の艦影から目を離さないまま、マイトは言葉を続ける。
「あんな小さな脱出船じゃ、あいつらの陽電子砲を食らえば一発で塵だ。それに……」
一瞬だけ、愛着のある自分の船を見渡した。幼い頃から泥に塗れて駆け回った通路。仲間と笑い、叱られ、海賊として男にしてもらった場所。
歴代の船長が命を懸けて守り続けてきた《エブラハム・ロジャー》。
「俺は、オヤジから預かったこの船だけを逝かせるわけにはいかないんだよ」
我ながら臭いセリフだと思う。だが、一度口をついて出た本音は、もう引っ込められなかった。
ジェイスは今にも泣き出しそうに顔を歪めたまま、何も言えずマイトを見つめている。その身体は、拒絶を示そうとしても動けないほど、恐怖とショックで硬直していた。
「ほら、ジェイス」
少しだけ、声を優しく落とす。
「早く行けよ。お前が行かなきゃ、荒くれどもを誰が誘導できるんだ」
ほんの僅かに間を置いて、兄のように慕っていた幼い頃の、懐かしい呼び名を口にした。
「……頼んだぜ、ジェイ」
頼れるのは、お前だけだ。
そのすべての想いを込めて、マイトはジェイスの背中を思い切り突き押した。
よろめきながらも、弾かれたように駆け出したジェイスは、何度も、何度も後ろを振り返る。
その必死な姿を見送るたび、マイトの胸の奥にはぽっかりと穴が空いたような寂しさが、静かに、けれど確かに通り過ぎていった。
直後、船内の重力が激しく乱れ始める。
全身を押し潰すような凄まじい圧迫感が一気に膨れ上がり、骨が嫌な音を立てて軋み、肺から空気が無理やり絞り出された。ギシ、ギシ、と身体そのものが破壊の悲鳴を上げている。
……あっけねえ終わりだな。
だけど、何もせずに大人しくくたばる俺じゃねえよ。
マイトは限界の迫る肉体に鞭打ち、操縦席へと飛び込むと、レバー式の操縦桿を両手で強く握り締めた。
残された全ての推進出力を一気に解放し、満身創痍の艦首をディスプレイに映る黒い船へと狂暴に向ける。《エブラハム・ロジャー》は地鳴りのような低い唸りを上げ、最後の命を振り絞るようにして加速を始めた。
「“黒い女神”……テメェに、本当の海賊の誇りってもんを教えてやらぁ……!」
圧迫感で視界が真っ赤に滲む。
数々の敵を撃ち落とした操縦技術。
息を吸うことさえ苦しい異常重力の中、それでもマイトの手は操縦桿から決して離れなかった。
意識がゆっくりと、底知れない闇へ沈んでいく最後の瞬間まで。彼は真っ直ぐ、あの漆黒の旗艦だけを激しく見据え、レバーを握り続けていた。
ともだちにシェアしよう!

