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第5話

「やっと、夢が終わったんだね……」 低く、しかし美しい声が、静寂に満ちた医療室に響いた。 「オレはずっと君に会える日を待っていた。ずっと、君と話がしたかったんだ。五年もの間、探し続けていたんだよ、レディル」 薄い医療用サーマルブランケットの下で、ようやく手に入れた獲物は静かに眠っていた。 追い詰め、逃げ場を奪い、いくつもの犠牲を積み重ねてまで手に入れた存在。それは征服のためではない。失った大切なものを、もう一度この手に取り戻すためだった。 「オマエは馬鹿だね。皆と一緒に大人しく逃げれば良かったのに」 穏やかな笑みを浮かべながら、ディアスはブランケットをゆっくりとめくった。その声音は、自らを撃破しようとした敵の首領へ向けるものとは思えないほど柔らかく、どこまでも優しい。 緩やかな癖のある長い黒髪がさらりと肩を滑り落ち、切れ長の左目が静かに細められる。その黒い瞳は底知れない闇を宿しながらも、不思議な慈愛を湛えていた。右目を覆う黒いアイパッチは、流れる黒髪と溶け合い、最初から彼の一部であるかのように馴染んでいる。 「1年以上もかかったんだよ、オマエを捕まえるのに。できれば無傷で連れて帰りたかった。でも、あれだけ激しく抵抗されたら仕方ないよね」 視線の先では、金髪の青年が生命維持ベッドの上に横たわっていた。 全身複雑骨折。 特攻の衝撃で潰れた肺は人工再生処置を終えたばかりで、胸部には医療ナノマシンの淡い青い光が脈打っている。 包帯の隙間から覗く褐色を帯びた肌は痛々しく、それでも規則正しく胸だけがゆっくりと上下していた。 まだ意識は戻らない。苦痛を物語るように僅かに寄せられたマイトの眉へ、ディアスはそっと指先を添えた。壊れ物を扱うような優しい手付きで頬へ触れ、小さく囁く。 「……レディル」 その名を呼ぶ声は、長年探し続けた宝物を見つけた子供のようでもあった。 「……ッ――!! ぐっ……あ、はっ……!」 突然、ビクンとマイトの身体が大きく跳ねた。 ディアスは驚いて手を離す。 マイトは勢いよく上体を起こそうとしたかと思うと、全身を裂くような激痛が貫き、息を詰まらせるようにしてベッドの上で身体を折った。 「……!」 何をしているんだ、とディアスの胸中に呆れにも似た怒りが込み上げる。 全身の骨が砕け、肺まで損傷していた身体だ。そんな起き上がり方をすれば、せっかく塞がった傷口が再び開いてしまう。 死にたいのか、この男は。 「……ここは……どこ……だァ……?」 荒く掠れた声が漏れた。どこまでも柄の悪い、野性味のある口調。 ディアスはその声を聞いた瞬間、ほんの一瞬だけ寂しそうに目を伏せた。 やはり、違う。 顔と声は、驚くほど瓜二つだ。こんなにも似ているというのに、この目の前の青年はオレの探していたレディルではない。 けれど、それでも。 やっと、この手に入れたのだ。1年以上という時間も、流した血も、決して無駄にはさせない。 「無理はしないで」 囁くような美しい声で、優しく語りかける。 「全身を複雑骨折していたんだ。肺も潰れていたし、オレたちの救助があと少し遅かったら助からなかったよ」 その声はどこまでも穏やかで、聞く者の警戒心を綺麗に溶かしてしまうほど柔らかかった。 マイトはぼんやりとした視界の中で、目の前にいる男の美しい顔を見つめていた。 オレというからには男だろう。 整い過ぎた顔立ち、艶やかな長い黒髪。 中性的で、男とも女ともつかない神秘的な容貌は、どこか神聖な天使を思わせる。 昔、親父がどこかから競り落としてきた古い宗教画。闇の中で黒い翼を広げる、残酷で美しい天使の姿がふと脳裏をよぎった。 ……俺は、あの爆発の中で死ぬはずだった。 それが助け出されたっていうのか。この人に。天使みたいな……この俺好みの顔をした、めちゃくちゃ綺麗な人に。 朦朧とする意識の中で、浮かんでは消える疑問を追いかけながらも、マイトの蒼い瞳は相手の美貌に釘付けになっていた。元来の面食いな性質が、死にかけた状況ですら働いている。 だが、その特徴的な黒髪と圧倒的な存在感を見た瞬間、脳裏に一つの恐ろしい名前が弾けた。 ――黒い女神、ディア。 ドクン、と心臓が大きく跳ねる。 「痛み止めを打っておこうね」 ディアスは黄色い薬液の入ったオートインジェクターを取り上げると、迷いなくマイトの剥き出しの腕へてあてた。電子音と共に冷たい薬液が体内へ送り込まれ、全身を焼いていた激痛がゆっくりと遠のいていく。 「……アンタは……?」 嫌な予感に胸を締め付けられながらも、マイトは尋ねずにはいられなかった。 ディアスは注射器を静かにトレイへ戻し、薬がよく回るようにマイトの腕を大きな手で優しく揉みほぐす。その手付きだけを見れば、まるで献身的な看護師のようだった。 「オレの名前は、ディアス」 ディアスは柔らかく微笑んだ。 「ここはオレの船だよ。君を招待させてもらったんだ。……少し、手荒な方法になってしまったけれどね」 あまりにも無邪気で、完璧な笑顔だった。 だからこそ、その言葉の裏にある絶対的な支配の質量が恐ろしい。マイトは蛇に睨まれた蛙のように、相手から目を離せなかった。 「……黒い女神の、ディア……か?」 その問いに、ディアスは少しだけ困ったように眉を下げて笑う。 「世間では、そう呼ぶ人もいるみたいだね」 女神だなんて可笑しい話だと言いたげに、照れたような表情を浮かべて肩をすくめ、小さく頷いた。

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