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第6話
医務室はしんと静まり返っていた。
生命維持装置の規則正しい電子音だけが、冷え切った空間に一定のリズムを刻んでいる。
天井から投影された立体ホログラムモニターには、マイトの心拍、血中酸素濃度、骨格の再生率が淡い青色の光となって不気味に映し出されていた。ディアスはその数値を一瞥すると、満足そうに薄い唇を綻ばせる。
「うん。順調だね」
まるで可愛がっているペットの成長を喜ぶような、ひどく甘やかな声音だった。
ディアスはベッドの傍らに歩み寄ると、備え付けの椅子へ優雅に腰を下ろす。
「今日は昨日よりも骨が綺麗に繋がっている。オマエ、本当に頑丈で素晴らしい身体をしているんだね」
マイトは壁の方を向いたまま、頑なに答えようとはしない。そんな頑なな態度にも、ディアスはただ困ったように微笑むだけだった。
「また無視かい?」
返事はない。
「ねぇ、マイト君」
ハープの弦を爪弾くような、鼓膜を優しく揺らす声で名前を呼びかける。
「オレの部下になりなよ」
ここへ連れてこられてから、毎日欠かさず耳にさせられる言葉だった。
「断る」
マイトは即答した。
「どうしてだい?」
「ブラックシールドの容赦ねェやり口は知ってる。冷酷な外道に寝返る趣味はねェんだよ」
「偏見だなぁ」
ディアスは少しだけ、美しい肩を竦めてみせた。
「オレは優しいよ?」
「優しい奴ァ、人を拉致して監禁したりしねェんだよ」
「攫ったのはオマエだけだよ」
さらりと言い除け、ディアスは息を呑むほど艶やかに笑った。
「だって、欲しかったからね。欲しいものは奪うのが海賊でしょ」
その完璧すぎる美貌が浮かべる無邪気な笑顔こそが、マイトには何よりも気味が悪く、そして同時に不覚にも目を奪われるほどに魅惑的だった。
「欲しい、だと?」
「うん」
ディアスは迷いなく深く頷く。
「オマエが欲しいんだ」
マイトは鼻で笑い飛ばそうとしたが、喉の奥が引き攣るような妙な緊張感が走る。
「俺ァ、モノじゃねえぞ」
「知っているよ。だから欲しいんだ」
あまりにも自然に、歪な執着を告げられ、マイトは返す言葉を失った。
ディアスは静かに立ち上がると、ベッドのすぐ脇へと歩み寄る。長い指先がそっと伸ばされ、マイトの乱れた金色の髪へと触れた。マイトは反射的に顔をしかめる。
「触んな……ッ!」
「綺麗だからね。オレ、金髪は好きなんだ」
拒絶の言葉など届いていないかのように、冷たい指先がさらさらとマイトの髪を優しく梳いていく。
「知らねェよ」
「知ってほしいな」
ディアスは相変わらず穏やかな笑顔を崩さない。声を荒らげる様子も、怒る気配すらも微塵もなかった。
「部下になれば」
ディアスはマイトの耳元へ顔を寄せ、悪魔の囁きのように優しく紡ぐ。
「この狭い医務室よりも、ずっと広くて快適な部屋をあげるよ」
「断る」
「その拘束具も、すべて外してあげる」
「断る」
「自由にこの船を歩いていいし、欲しい物は何でもオレがあげよう」
「いらねェよ。全部断る」
遮るような、完全な拒絶の即答だった。
ディアスは小さく、美しくため息をつく。
「強情な子だね」
「これしか取り柄がねェんでな」
「……そうか」
ディアスは少しだけ寂しそうに、けれど酷く綺麗に笑った。
「レディルなら……」
ぽつりと、消え入りそうな声で漏らす。
「きっと、すぐに頷いてくれたのにな」
その名前だけは、マイトには全く意味の分からないものだった。
だが、その瞬間だけ。ディアスの底知れない黒い瞳の奥に、今まで見たこともないほど深くて暗い、圧倒的な孤独が宿ったように見えた。
マイトがその視線に息を呑んだ次の瞬間には、男はもういつもの穏やかで残酷な笑みに戻っていた。
「じゃあ、また明日誘うね」
本当に毎日の挨拶でも交わすような軽い口調でそう言い残し、ディアスは静かに医務室を後にした。
自動ドアが硬質な音を立てて閉まり、再び静寂だけが戻ってくる。
マイトは天井の無機質なライトを見つめたまま、小さく舌打ちをした。
「……なんなんだ、アイツは……」
ただ、あの恐ろしいほどに整った優しい笑顔のまま、逃げ道を一つずつ、確実に塞いでくる。
その底の知れなさが、どんな脅迫や暴力よりも恐ろしく思えた。
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