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第17話
マイトへの「嘘の真実」の説明を終えた後、ジェイスはディアスから居住区画内の部屋の出入りの権限を付与されたと告げられた。
「部下からも、話が漏れないように気をつけてね。」
暗に、この嘘を徹底しろとディアスは命じてきたのだ。
足早に居住区画の最下層、エブラハム・ロジャーの船員たちが隔離されている『第5号室』へと向かった。
自動ドアが重々しい駆動音を立てて開くと、無機質な白い光に照らされた室内には、簡易ベッドに横たわる怪我人や、壁に背を預けて虚空を睨みつける船員たちの姿があった。彼らを監視するように、部屋の隅ではブラック・シールドの自律型ドローンが、不気味な赤いセンサーを明滅させて滞空している。
「ジェイス副官……ッ!」
「首領は……はどうなったんだ! 無事なのか!?」
ジェイスが姿を現した瞬間、動ける船員たちが一斉に這うようにして駆け寄ってきた。
皆、一様に顔面を蒼白にし、必死な形相をしている。あの『第6号室』から響いていたジェイスとマイトの咆哮と、それに続く凄惨な凌辱の気配を、彼らは壁越しに嫌というほど感じ取っていたのだ。
「首領は……生きている。ナノマシンによる治療で、四肢の骨も内臓も、すべて繋がった」
ジェイスの第一声に、船員たちの間に安堵の吐息が漏れた。しかし、ジェイスの顔には生気がなく、その瞳は暗い絶望の底に沈んでいる。
「だが、身体の傷じゃないんだ……。あの部屋での地獄に心が耐えきれず、直近二年間の記憶を、丸ごと封印しちまったんだ」
「記憶を……封印?」
「ああ。オヤジが病死したことも、自分が首領を継いだことも、ブラック・シールドに襲撃されたことも……そして、あの部屋で受けた屈辱も。すべてを忘れて、先代が生きていて、自分がまだ『若』呼ばわりされていた半人前の頃に、精神が退行してしまった」
室内の空気が、凍りついたように静まり返った。船員たちは言葉を失い、目を見開いてジェイスを見つめる。
「守れなかった俺の弱さのせいだ。……だが、俺はさっき、ディアスと、そして記憶を失った若の二人に対して、一つの『嘘』を真実として説明してきた」
ジェイスは深く、血を吐き出すような覚悟で言葉を続けた。
「俺たちの船《エブラハム・ロジャー》は、航行中に深刻な宇宙衝突事故に遭った。若はそのショックで記憶を失い、先代は大事故の前に闘病の末に死んだ。……そして、全滅しかけた俺たちを救い上げ、医療を保障し、二年後に新しい船を新造して引き渡すという『契約』を、俺たちは命の恩人であるディアスさんと交わした。……首領には、そう信じ込ませた」
その瞬間、隔離室のあちこちから、怒号が爆ぜた。
「ふざけるなッ!! 何が衝突事故だ、何が命の恩人だ!!」
「あの悪魔は俺たちを蹂躙し、尊厳をズタズタに引き裂いた仇だぞ! なんでそんな嘘を……ッ!」
「静かにしろ!!」
ジェイスの鋭い一喝が、船員たちの怒りをねじ伏せた。ジェイスは拳を血が滲むほど強く握りしめ、ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、船員たちを見据える。
「俺だって、アイツの喉笛を今すぐ噛みちぎってやりてぇよ……ッ! だが、俺たちには若の命を繋ぐ力がねぇんだ! 船は全損、資産もねぇ。若の壊れた脳を治療できる最新設備も、高価な薬も、ここにしかないんだよ!」
ジェイスは膝から崩れ落ちるように床へ手をつき、嗚咽を漏らした。
「ディアスは、首領に異常な執着を見せている……。アイツを『恩人』と信じている限り、アイツは俺たちを養い、二年後に約束通り最高設計の船をくれる。……これが、エブラハムの生き残りを守るために、俺がアイツと結んだ『二年の契約』だ」
「副官……」
「だから、お前ら全員に命じる。……徹底的な箝口令だ」
ジェイスは涙を拭い、冷徹な、しかし引き裂かれそうな目をして顔を上げた。
「若の前では絶対に真実を口にするな。先代の死に不審な顔をするな。ここが敵の船であることも、あの日あの部屋で何が起きたかも、絶対に、絶対に悟らせるな。もし真実の記憶の扉を力ずくでこじ開ければ、若の精神は内側から完全に崩壊しちまう」
ジェイスの悲痛な訴えは、船員たちの胸を無惨に抉り抜いた。
首領が生きて、その命と笑顔を守るためには、自分たちを地獄へ叩き落とした悪魔を「命の恩人」と呼び、彼の前で完璧な道化を演じ続けなければならない。これ以上の屈辱が、海賊の誇りを持つ男たちにあるだろうか。
「俺たちの気持ちを、殺意を、この二年間の期限が切れるまで、全員で必死に抑え込むんだ。……泥水でも何でも啜って、騙され続けろ」
長い、沈痛な沈黙の後。
古参の操舵手である男が、テーブルの下で爪が肉に食い込むほど拳を握りしめ、血の涙を流すような声で、静かに頷いた。
「……分かったよ、ジェイス。俺たちは……首領のためなら、いくらでも大嘘つきになってやる。あの悪魔の前で、尻尾を振る犬の真似だってやってみせるさ……ッ」
「すまない……みんな、本当に、すまない……」
薄暗い隔離室の中で、ジェイスの謝罪と、船員たちの押し殺した嗚咽が重なり合っていった。
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