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第18話
広大なブラック・シールド旗艦の中央区画に位置する、星空を一望できる展望ラウンジ。
マイトは、テーブルの向かいに座る純白のメディカル・コート姿の男から、どうしても視線を外すことができなかった。
「……どうかした? マイト君。オレの顔に何かついているかな」
グラスを傾けていたディアスが、不思議そうに小首を傾げる。
視線の意味を理解している、あざとい麗しい微笑み。
さらりと流れ落ちる漆黒の髪。右目を覆う眼帯すらも、その人間離れした美貌を際立たせる装飾品のようである。
長い睫毛に縁取られた黒い瞳に見つめられ、マイトは慌てて持っていたフォークを皿に落とした。
「あっ、いや! 何でもねぇよ! メシ、美味いなと思って!」
顔がカッと熱くなるのをごまかすように、マイトは大げさに笑って見せた。
――バカ野郎、恩人に向かって何見惚れてんだ俺は。
心の中で自分自身に盛大なツッコミを入れる。
あの医務室で目を覚まし、初めてこの男の顔を見た瞬間から、マイトの心臓はずっとおかしなリズムを刻み続けていた。
一目惚れだった。
自分たちを絶望的な事故から救い出し、未来の船まで約束してくれた命の恩人であり、絶対的な主治医。そんな相手をそんな風に見るするなんて、不謹慎極まりない。
頭では分かっているのに、持ち前の能天気で豪放な性格が災いして、マイトはディアスの姿を見かけるたびに、犬のように尻尾を振って距離を詰めてしまっていた。
「ディアスさんこそ、ちゃんと食ってんのか? いつも俺の診察とか、船の仕事ばっかで忙しそうじゃねぇか。医者が倒れたら元も子もねぇぞ」
「心配してくれてありがとう。でも、君とこうして食事をしていると、疲れなんて吹き飛んでしまうよ」
ディアスはふわりと、聖母のように優しく微笑んだ。
その破壊力に、マイトはまたしても胸の奥を撃ち抜かれ、照れ隠しにガシガシと金髪を掻き回す。
「そ、そうかよ。なら良かったぜ。……また、一緒にメシ食おうな」
「ええ、喜んで」
照れて視線を泳がせるマイトを、ディアスは静かに、そしてひどく冷徹な頭脳で観察していた。
――分かりやすい。
拡張した瞳孔、僅かに上がった体温と心拍数、そして隠しきれない熱を帯びた視線。
この純粋な海賊の首領は、あろうことか自分に恋をしている。
ほんの数週間前、憎悪に顔を歪めて『ブチ殺す』と吼えていた男が、今は自分に恋い焦がれ、自ら距離を縮めてくる。
その事実が、ディアスの底なしの支配欲をこの上なく満たしていた。
暴力で肉体を蹂躙し、絶望で屈服させるのも悪くはなかった。
だが、これはどうだ。
記憶を奪われた無防備な精神が、自らの意志で、自らの足で、喜んで檻の中へと入ってくる。首輪を差し出し、「飼ってくれ」と言わんばかりに懐いてくるのだ。
これほど甘美で、完璧な支配が他にあるだろうか。
「……マイト君」
ディアスはふいに席を立ち、テーブル越しに身を乗り出した。
甘い香りが鼻腔をくすぐり、マイトの肩がビクッと跳ねる。
「えっ、な、何――」
「じっとして」
ディアスの白く細い指先が、マイトの口元へ伸びる。
そのまま、唇の端についていたソースを親指で優しく拭い取った。そして、ディアスはマイトから目を離さないまま、その親指についたソースを自身の舌でペロリと舐めとった。
「っ……!!」
「ふふっ。豪快に食べるのは君の良いところだけど、少し子供みたいだね」
ボンッ、と音が鳴りそうなほど、マイトの顔が限界まで朱に染まる。
心臓が肋骨を突き破って飛び出しそうだった。
「お、俺は……っ、子供じゃねぇぞ! こう見えても首領なんだからな!」
「知ってるよ。部下思いで、強くて、とても頼もしい船長さんだ」
ディアスはマイトの金髪に手を伸ばし、愛おしい宝物を扱うように優しく、ゆっくりと梳いた。
抵抗などできるはずがなかった。マイトは心地よい手付きと、あまりにも甘い言葉の連続に、完全に毒気を抜かれて目を細めてしまう。
「でも、オレの前では無理に気を張らなくていい。君はオレの患者なんだから、少しはオレに甘えてほしいな。……ダメかな?」
上目遣いで、少しだけ寂しそうに微笑むディアス。
それが、マイトの心を掌握するために計算し尽くされた『完璧な表情』だとは夢にも思わず、マイトは完全に陥落した。
「ダ、ダメなわけねぇだろ! ……その、アンタがそう言うなら……少しは、甘えてやってもいいぜ」
「ふふ、ありがとう。とても嬉しいよ、マイト君」
ディアスは極上の笑みを浮かべ、マイトの頬をそっと撫でた。
マイトはディアスの温もりにすり寄るように、無意識のうちに首を傾ける。その手首には、未だに彼を物理的に縛り付ける銀色の拘束具が鈍く光っていた。
――ああ、なんて愛おしいんだろう。
ディアスは内心で、狂気的な悦びに打ち震えていた。
もっと惚れさせてやる。もっと依存させてやろう。手を出さないという契約は守れる。
契約には、オレは手をださないというもの。
ならば、マイトに手をださせればよい。
過去の記憶も、仲間への執着も、自分以外のすべてがどうでもよくなるくらい、この甘い猛毒で脳髄まで溶かしてあげる。
そうすれば君は永遠に、身も心も、オレだけのものになる――。
近くで何も知らない陽気で無邪気なマイトの笑い声がラウンジに響いていた。
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