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第19話
数ヶ月後――。
ブラック・シールド旗艦、第三ガレージ。
巨大な戦闘機がずらりと並ぶ整備区画には、今日も無骨な金属音と、威勢の良い笑い声が響き渡っていた。
「おい、リック。推進器のバイパス管、圧が高えぞ! そっちのバルブを二ミリほど緩めてくれ!」
「了解だ、マイト! ……って、おい! 勝手にそこの基盤開けんなよ、感電するぞ!」
機体のスラスター下部に潜り込み、油まみれのタンクトップ姿でレンチを振るっているのはマイトだ。
戦闘機乗りとしても超一流の腕を持つ彼は、持ち前のメカニック知識と操縦センスを活かし、今ではブラック・シールドの主力戦闘機のチューンナップまで任されていた。
「平気平気! 俺には、こいつが『ここをいじれば出力が三パーセント上がる』って言ってんのが聞こえんだよ。ココの戦闘機はバカみてぇにハイスペックだからな、整備しがいがあるぜ!」
ガハハと屈託なく笑うマイトに、ブラック・シールドの古参船員であるリックは、呆れたように、しかしどこか嬉しそうにため息をついた。
マイトがこの艦で「仕事」を始めてから数ヶ月。
当初、ブラック・シールドの船員たちは、マイトを腫れ物のように扱っていた。無理もない。彼らはあの日、マイトがどのような凌辱を受け、どのように心を壊されたかを知っている。
ディアスからは「あの件を一言でも匂わせた者は、生身で宇宙空間に放り出す」という絶対の箝口令が敷かれていた。
彼らにとって、マイトは「冷酷なオカシラの哀れなペット」。関われば命を落としかねない危険地帯だった。
だが――。
「ほら、終わったぞ! 次の機体持ってこい!」
誰よりも汗を流し、邪気のない陽気さで笑いかけてくるこの青年を、貶めたり嫌悪し続けることなど不可能だった。
マイトから溢れ出る生粋の「海賊の首領」としてのカリスマ性は、組織の壁を越え、荒くれ者たちの心を確実に惹きつけていた。今ではこうして、冗談を言い合いながら肩を並べて仕事をするまでになっている。
無邪気に機体を磨くマイトの横顔を見つめ、リックは胸が痛むのを感じた。
――こんなにいい奴を、あんな目に遭わせたのか。
罪悪感が疼く。だが、真実を口にすることは死を意味する。
ジェイスが血を吐くような思いで嘘をつき続けているように、彼らブラック・シールドの船員たちもまた、マイトの眩しい笑顔の前で「優しい同僚」を演じ続けている。
「お疲れ様。みんな、精が出ているね」
不意に、ガレージの空気が凍りついた。
喧騒が嘘のようにピタリと止み、リックをはじめとする船員たちが弾かれたように直立不動の姿勢をとる。彼らの顔からは血の気が引き、額に冷や汗が浮かんでいた。
開いたドアの前に立っていたのは、純白のメディカル・コートを纏ったディアスだった。
戦場を支配する『黒い女神』。その圧倒的な恐怖の象徴が、ふわりと穏やかな微笑みを浮かべて立っている。
「デ、ディアスさん!」
凍りつく船員たちの中で、ただ一人。
マイトだけが、待っていた主人の帰還を喜ぶ大型犬のように、パァッと顔を輝かせて駆け寄った。
「今日も忙しいのに、様子見に来てくれたのか!?」
「うん。君が今日も頑張っていると聞いたからね。うちの機体の調子はどう?」
「最高だぜ! 俺がいじったからな、前の倍は小回りが利くようになったはずだ!」
自慢げに胸を張るマイト。しかし、ふと自分の油まみれの手と、ディアスの汚れを知らない純白のコートを見比べ、ハッとして手を後ろへ隠した。
「わ、わりぃ。俺、すげぇ油臭いよな。近寄ったら汚れちまう」
少しだけうなだれたマイトを見て、ディアスは静かに目を細めた。
そして、躊躇うことなく一歩踏み出し、後ろに隠されたマイトの油まみれの大きな手を、自身の白く細い両手でそっと包み込んだ。
「ディアスさん……っ!?」
「汚れてなんかないよ。君がオレたちのために一生懸命働いてくれた、誇り高い勲章だ」
顔を真っ赤にして固まるマイトの耳元で、ディアスは囁く。
「君の整備してくれた機体なら、うちのパイロットたちも安心して命を預けられる。……マイト君は本当に、優秀な人だ」
その甘い声と、甘美な毒に、マイトの蒼い瞳は完全に潤み、恋心でとろけきっていた。
心臓が早鐘のように鳴り、自分が記憶喪失の居候だという引け目すらも、この美しい恩人の前では溶けて消えてしまう。
「……おう! 俺、ディアスさんのためなら、なんだってするからな!」
照れ隠しに笑うマイトにディアスは満足げに微笑みながら、背後で直立不動のまま震えている部下たちへ、氷のように冷酷な視線を一瞥だけ投げた。
視線だけで威嚇された船員たちは、ただ息を潜めて見守った。
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