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第20話
ブラック・シールド旗艦の最上層。
マイトは落ち着かない様子で何度も金髪を掻き回していた。
普段の油まみれの作業着から、ジェイスに無理やり着せられた真新しいシャツに袖を通しているものの、どうにも居心地が悪い。
おまけに、右手に提げた小さな白い箱を落とさないよう、妙に力が入ってしまう。
数時間前、ガレージでの作業終わりに、ディアスから「今夜はオレの部屋で食事をしないか」と誘われたのだ。
主治医であり、船の恩人である彼からの誘い。何より、マイト自身の心臓がその提案に嬉々として跳ね上がってしまっていた。
手ぶらで行くのもアレだと思って、食堂のオヤジにパーツ修理の駄賃でケーキを回してもらったけど……ディアスさん、甘いもの食うのかな。
意を決してインターコムのパネルに触れようとした瞬間、音もなく重厚なドアがスライドして開く。
「いらっしゃい、マイト君。ドアの前にいるなら、遠慮せずに入ってくればいいのに」
出迎えたディアスの姿に、マイトは息を呑んだ。
いつもの純白のメディカル・コートではなく、身体のラインに沿った漆黒のシャツ姿。その上から、無駄のないシンプルな黒のエプロンを身に着けている。
長い黒髪は緩く後ろで束ねられており、普段の様子は違う無防備で生活感のある装いだった。
「お、お邪魔します……! あっ、これ!」
見惚れそうになるのを誤魔化すように、マイトは勢いよく右手の箱を突き出した。
「これは?」
「手土産っていうか……その、いつも俺の治療してくれたり、仲間たちの面倒を見てくれてるお礼だ。食堂のオヤジに頼み込んで、イチゴの乗ったケーキを作ってもらったんだ。ディアスさんが甘いもの食えるか分かんなかったけど……」
照れくさそうに鼻の頭を擦りながら目を逸らすマイトを、ディアスは少しだけ驚いたように見つめた。
受け取った箱からは、かすかに甘い香りがする。
――この子は、オレを喜ばせるために、わざわざこんなものを。
ただのケーキだ。ブラック・シールドの支配者である彼が欲すれば、銀河中のどんな高級菓子でも手に入る。
だが、マイトが自分のために時間と労力を使い、照れながらこれを用意したという「事実」が、ディアスの暗い欲望を強烈に満たした。
「……ありがとう、マイト君。とても嬉しいよ。食後のデザートに、君と一緒に食べよう」
本心からの優雅な微笑みに、マイトはパァッと花が咲いたように顔を輝かせた。
「おう! 良かったぜ!」
促されて足を踏み入れたマイトは、思わず感嘆の声を上げた。
「……って、すげぇ部屋だな!」
広大な私室の壁一面は透過ガラスになっており、幾千の星々が流れる宇宙空間を一望できる。部屋の中央には、高級レストラン顔負けのアイランドキッチンが据えられていた。
「少し待っていて。今、最後の仕上げをするから」
「ディアスさん、あんた自分で料理なんてするのか?」
「たまにね。他人に作らせたものより、自分で完璧に分量を計算したもののほうが安心できるからね。さん付けではなく、ディアスと呼んででね」
キッチンに立つディアスの手付きは、まさに芸術だった。
外科医としての卓越した技術は、食材を扱う包丁捌きにも表れている。その流れるような所作と、エプロン姿の美しさに、マイトはカウンター席に座ったまま完全に釘付けになっていた。
手首の拘束ベルトが、マイト自身の心拍数の上昇を微かに感知して淡く明滅している。
「……そんなに見つめられると、オレでも少し照れるな」
振り返らずにディアスがクスリと笑う。
「ち、ちげぇよ! あ、あの、ディアスの、あんまり手際がいいから、見とれてただけだっての!」
ぎこちなく呼び方を変えて赤面する。
テーブルに並べられたのは、彩り豊かな肉料理と香草のスープだった。
一口食べた瞬間、マイトの目が限界まで見開かれる。
「うっま!! なんだこれ、すげぇ美味い! 舌がとろけそうだぜ!」
「それは良かった。君の身体の修復状況に合わせて、タンパク質とミネラルの吸収率を最大化するレシピにしてあるんだ。……そうだ」
ふいに、ディアスが自分の皿の肉を小さく切り分け、フォークに刺してマイトの口元へ差し出した。
「オレのも味付けが少し違うんだ。ほら、あーんして」
「えっ、い、いや! 俺は自分で食えるから! さすがにそれは――」
「だめ? オレが君に食べさせてあげたいんだけどな」
少しだけ小首を傾げ、悲しそうな素振りを見せる。
その破壊力抜群の表情に、マイトの決意など一秒で瓦解し、真っ赤な顔で差し出された肉をパクりと咥えた。
ディアスの視線が、マイトの唇、そして喉仏が上下する動きをねっとりと這うように観察する。
――そうだ。すべてオレから与えられたものを飲み込め。
「どう? 美味しい?」
「……おう。すげぇ美味い」
「ふふ、可愛いな。君は本当に良い子だ」
食事が終わり、ディアスはマイトが持参した箱を開けた。
白いクリームに真っ赤なイチゴが乗った、不格好だが手作りの温かみがあるケーキ。ディアスはそれを丁寧に切り分け、紅茶と共にマイトの前に置いた。
「美味いか? ディアス」
「ええ。オレの人生で食べた中で、一番甘くて美味しいケーキだよ」
ディアスはフォークの先についた生クリームを、自身の赤い舌で艶かしく舐めとった。
その所作のあまりの色気に、マイトは心臓を鷲掴みにされたように息を詰まらせる。自分が買ってきたケーキを食べて、こんなに美しい人が微笑んでくれている。それだけで、マイトの頭の中は幸福感で麻痺しそうだった。
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