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第22話

漆黒の宇宙空間に、不規則な光が次々と瞬いていた。  辺境宙域の通商ルート。巨大なコンテナを牽引する商社の輸送船が、シールドを削られながら必死に逃げ回っている。その背後には、ハイエナのように群がる三隻の海賊船が、執拗にレーザー砲を浴びせていた。  ブラック・シールド旗艦、艦橋。  巨大な戦術ホログラムモニターの前で、ディアスは退屈そうにその光景を見下ろしていた。 『た、助けてくれ! 推進器をやられた! このままじゃ積荷ごと沈められる!』  輸送船の船長から入る悲鳴のような救難信号。  ディアスはふわりと優雅に微笑み、通信のチャンネルを開いた。 「こちらは貴艦の状況は把握している。当方は民間船の安全航行を『保障』する警備組織だ」 ディアスは、この艦が海賊であることを隠して応答する。 『頼む、助けてくれ! あの海賊どもを追い払ってくれ!』 「もちろん、救助は可能だ。ただし、我々も慈善事業ではない。救助と、この宙域の安全通行料として――積荷の総資産価値の三割を礼金として請求する」  通信の向こうで、船長が絶句する気配が伝わってきた。  警備会社としては法外な要求だ。だが、断れば命はない。 『さ、三割だと……!? 足元を見やがって……ッ!』 「交渉決裂かな? では、良い旅の終わりを」 『待て! 払う! 払うから、早く撃ち落としてくれ!!』  ディアスは満足げに瞳を細め、通信を切った。  交渉成立。これこそが、ブラック・シールドが辺境宙域で莫大な富と力を持つ理由だ。 海賊でありながら海賊を狩り、民間からは搾取する。絶対的な力を持った暴力のシステム。 「さて。害虫駆除の時間だ」  ディアスが指揮席から静かに告げると、艦橋のオペレーターたちが一斉にコンソールを叩き始めた。 「第一、第二航空隊、発艦準備完了」 「全機、出撃」  その通信は、すぐさま下層のガレージへと伝達された。  カタパルト上で待機する漆黒の単座式高機動戦闘機。そのコックピットの中で、マイトはヘルメットのバイザーを下ろし、ニヤリと好戦的な笑みを浮かべていた。 『マイト。準備はいい?』  インカムから流れる、ディアスの甘く穏やかな声。  マイトの心臓がトクンと跳ね、声のトーンが自然と一段階上がる。 「おう、完璧だぜディアス! 俺が直々にチューンナップした機体だ、調子悪いはずがねぇ!」 『頼もしいね。でも、無茶はしないで。君に傷がついたら、オレは悲しいから』 「ガハハ! 心配すんなって! 俺の腕を誰だと思ってんだ。サクッと片付けて、美味いメシ食ってやるよ!」  通信越しにも伝わる、恋心と自信に満ちたマイトの弾む声。 《オールグリーン。カタパルト射出、三、二、一――》 「マイト・エブラハム! 出るぜッ!」  強烈な重力とともに、マイトの戦闘機が宇宙空間へと打ち出された。  星々の海へ飛び出した瞬間、マイトの蒼い瞳から無邪気さが消え、生粋の「戦士」の光が宿る。  記憶を失っていても、体に染み付いた操縦技術と、無数の死線を潜り抜けてきた野性の勘は健在だった。いや、むしろ過去のしがらみや首領としての重圧から解放された分、その動きはかつてなく鋭く、そして自由だった。 「まずは一機!」  マイトの機体は、物理法則を無視したかのような急旋回を見せ、海賊船の死角へと滑り込む。  照準器が赤くロックオンした瞬間、トリガーを引いた。  放たれた高出力のプラズマキャノンが、海賊船のエンジンブロックを正確に撃ち抜く。音のない宇宙空間で、海賊船が真っ赤な爆炎を上げて四散した。 『すげぇ……! なんだあの機動!?』 『マジかよ、あの速度でミサイルを躱しながら直撃させたぞ!』  通信回線に、ブラック・シールドのパイロットたちの驚愕の声が飛び交う。 「おいおい、ボケッと見てんじゃねぇぞお前ら! 獲物がいなくなっちまうぜ!」  マイトは笑い飛ばしながら、次なる標的へとスロットルを押し込む。  本来ならば、彼自身が海賊の首領である。  しかし、今のマイトは「ディアスのために、新しい船を造る対価として悪党を倒している」と微塵の疑いもなく信じ切っている。正義感と、愛する恩人への報恩の念だけで、同業者たちを次々と宇宙の塵へと変えていくのだ。 「そこだッ!」  二機目の海賊船が反撃で放ったレーザーの雨を、スラスターの微細な調整だけで踊るように回避し、その真上からブレード型のビームを浴びせて一刀両断する。  残る最後の一機は、恐怖に駆られて逃走を図ったが、マイトはそれを逃さなかった。  機体のエネルギーを推進力へ極振りし、一瞬で距離を詰める。 「逃がさねぇよ。仕事を邪魔する奴は、俺が全部叩き落とす!」  至近距離からの容赦ない連射が、三機目の海賊船を貫き、跡形もなく消し飛ばした。  戦闘開始から、わずか数分の出来事だった。 『目標の殲滅を確認。輸送船の安全を確保しました』  オペレーターの無機質な報告が艦橋に響く。  戦術モニターの中央で、圧倒的な戦果を挙げたマイトの機体が、勝利を誇示するように小さく翼を振っていた。 「……見事だ」  指揮席に座るディアスは、頬杖をつきながら、モニターに映るその機体をうっとりと見つめていた。  強くて、美しくて、誰よりも気高い。  エブラハム・ロジャーの首領として銀河を駆けていたその牙を、今はオレのためだけに向き、オレの敵だけを噛み砕いてくれる。  その事実は、ディアスの歪んだ支配欲を、背筋が粟立つほどの快楽で満たしていた。 『ディアス! 見ててくれたか!? 完璧だったろ!』  通信から聞こえる、犬のように褒め言葉を待つ弾んだ声。  ディアスは黒い瞳に濃密な愛情と狂気を滲ませ、マイクのスイッチを入れた。 「ええ、見ていたよマイト。君はオレの自慢の戦士だ。……早く帰っておいで。君の大好きな料理を作って、待っているから」 『おう! 今すぐ帰る!!』  喜びを爆発させて旗艦へ帰還していくマイトの機体を眺めながら、ディアスは冷酷にほくそ笑むように静かに口角を上げた。 もう、少し、だなと。

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