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第24話
マイトが最上層にあるディアスの私室へ足を運ぶのは、もはや毎日の日課となっていた。
広大な窓の向こうには、ゆっくりと流れる星々の海。
極上の革張りソファに深く腰を下ろし、マイトは手の中にあるアンティークグラスを見つめていた。琥珀色の酒が、部屋の柔らかな照明を反射して揺れている。
だが、今のマイトを酔わせているのは、この高級な酒ではなかった。
「……どうかした? 今日はずいぶん大人しいね、マイト」
向かいのソファで、氷を転がしながら小首を傾げる男。
緩く結ばれた長い黒髪、漆黒のシャツの胸元から覗く雪のような肌。右目を隠す眼帯すらも、彼の人外じみた美貌を際立たせるための装飾のようだ。
一ヶ月間、毎日のように顔を合わせ、言葉を交わし、二人きりの時間を過ごしてきた。
知れば知るほど、ディアスという男の底知れない魅力に惹き込まれていく。
自分にだけ見せてくれる、甘く穏やかな素顔。その笑顔を知っているのが自分だけだという優越感が、マイトの心をどうしようもない熱で満たしていた。
――もう、限界だった。
「……ディアス」
マイトはグラスをテーブルに置き、両手を膝の上で強く握り締めた。
心臓が肋骨を突き破りそうなほど激しく鳴っている。顔は火を吹くように熱い。海賊として幾多の死線を潜り抜けてきた男が、今、たった一言を告げるために全身を震わせていた。
「俺、あんたに言わなきゃなんねぇことがある」
「改まってどうしたんだい? 君の頼みなら、大抵のことは聞いてあげるよ」
「頼みじゃねぇ。俺の……勝手な気持ちだ」
マイトは顔を上げ、逃げ場のない真っ直ぐな蒼い瞳で、ディアスの黒い瞳を射抜いた。
恩人に対して。同性に対して。
言ってしまえば、今まで築き上げてきた心地よい関係がすべて壊れてしまうかもしれない。それでも、豪放磊落で嘘のつけないマイトの性質が、己の心を誤魔化し続けることを許さなかった。
「俺、あんたのことが好きだ」
静かな部屋に、少し掠れた、けれど力強い声が響いた。
「命を救ってくれた恩人としてじゃねぇ。仲間としてでもねぇ。……そういう意味で、あんたに惚れちまったんだ」
言ってしまった。
マイトは息を詰め、ディアスの反応を待った。軽蔑されるか、それとも困ったように笑って流されるか。
だが、ディアスはグラスを持ったまま、彫像のようにピタリと動きを止めていた。
見開かれた左の瞳。微かに震える長い睫毛。
――あぁ、なんて。
――なんて、滑稽で、愛おしいんだろう。
驚いたように見開かれたディアスの瞳の奥では、背筋が粟立つほどの極上の快楽と狂喜が渦を巻いていた。
暴力で従わせたわけではない。薬で洗脳したわけでもない。
記憶という鍵を一つ外してやっただけで、この誇り高き若き海賊の首領は、自ら喜んでオレの檻に入り、その首輪の鍵を、自分自身の口で飲み込んでくれたのだ。
完璧な支配の完成。
ディアスは胸の奥で爆発しそうな歓喜を完璧な理性で押さえ込み、ゆっくりとグラスを置いた。そして、ひどく切なげに眉を寄せ、微かに吐息を漏らす。
「……マイト。それは、オレをからかっているのかな」
「ち、ちげぇよ! 俺は本気だ! 男が男に惚れるなんて気持ちわりぃかもしれないけど、どうしても我慢できなくて……っ」
「気持ち悪いはずがないだろう」
ディアスは静かに立ち上がり、マイトの隣へと腰を下ろした。
甘い香りが鼻腔をくすぐる。ディアスの白く冷たい指先が、マイトの熱を持った頬にそっと優しく触れた。
「……君は、オレのことを何も分かっていない。オレは、君が思っているような『優しい恩人』なんかじゃないんだ」
「ディアス……?」
「一度でもオレの手を取ってしまったら、オレはもう二度と、君を離してあげられなくなる。君のすべてを縛り付けて、オレだけのものにしたくなる。……それでも、いいの?」
それは、ディアスなりの「最後の警告」であり、同時に「絶対的な呪い」の言葉だった。
いずれ真実を知り、すべてを奪われたと絶望する日が来たとしても。
君は今日、この瞬間に、自分自身の意志でオレのすべてを受け入れたのだと、契約させる悪魔の呪い。
だが、恋に落ちて盲目となったマイトに、その言葉の裏にある底なしの悪意など届くはずもなかった。
マイトはディアスの切なげな瞳に、どうしようもない愛おしさを募らせ、頬に添えられたその白い手を、自分の大きな手でしっかりと握り返した。
「……望むところだ。俺はもう、あんたから離れられねぇよ」
迷いのない、眩しいほどの笑顔だった。
その笑顔を見た瞬間、ディアスは抗いがたい衝動に駆られ、マイトの首に腕を回して引き寄せた。
「……なら、もう二度と逃がさない」
重なる唇。
掠め取るような軽いものではない。息を奪い、魂の底まで侵食するような、深く熱い口づけだった。
マイトは一瞬だけ驚きに目を丸くしたが、すぐに目を閉じ、ディアスの腰に腕を回してその熱を力強く受け止めた。
窓の向こうの星の光だけが、二人を静かに照らしている。
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