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第27話

嵐のような情事が過ぎ去った後の、静かで気怠い時間。  極上の革張りソファの上で、マイトは指一本動かせないほどの心地よい疲労感に包まれていた。  荒くなった呼吸を整えながら目を閉じていると、温かく湿った柔らかな感触が、汗ばんだ背中をそっと拭い去っていく。 「……気持ちいい? マイト」  ディアスだった。  彼はどこからか温かい蒸しタオルを用意し、まるで高価な美術品でも手入れするように、マイトの褐色の肌を丁寧に清めていた。情事の生々しい痕跡を優しく拭い取り、労わるように広い背中をゆっくりと撫でる。  その手つきは、どこまでも慈愛に満ちていた。 「……あぁ、わりぃな。なんか、面倒見させちまって」 「ふふ、気にしないで。君の身体の隅々まで触れられるのは、オレにとっても至福の時間だからね」  クスクスと笑いながら、ディアスはマイトの金色の髪にそっと唇を落とした。  その完璧な優しさと甘やかな空気に、マイトは大型犬のように目を細め、ディアスの膝に頭をすり寄せる。心も身体も満たされきって、このまま一生ここで微睡んでいたいとすら思えた。  だが、ふと現実の輪郭が頭をよぎり、マイトは小さく溜息をついた。 「……あー、どうすっかなぁ」 「どうかしたの?」 「いや……ジェイの奴に、なんて言って説明しようかって思ってよ」  マイトは苦笑しながら、天井の星明かりを見つめた。 「アイツ、俺の幼馴染で副官だからな。過保護っつーか、オヤジの代からずっと俺の面倒見てきてるから、口うるせぇんだよ。俺が恩人の、しかも男のアンタとこんな関係になっちまったって知ったら、絶対目を丸くして怒るぜ」  ジェイスにどう打ち明けるか。  マイトとしては、少し気まずい身内への報告程度の認識だった。いつかは船の仲間たちにも、自分がディアスに惚れ抜いていることを隠さず伝えようと、能天気に考えている。  しかし、その名前が出た瞬間、ディアスの黒い瞳の奥に、氷のように冷たく鋭い光が走った。  ――ジェイス。  あの男がこの関係を知れば、間違いなく狂乱するだろう。  自分が身を挺して守ろうとした「マイトの貞操と心」が、最も憎むべき敵の手によって、マイト自身の意志で嬉々として捧げられたと知るのだから。 絶望のあまり、暴挙に出て真実をぶちまける危険性すらある。  それはそれで最高の余興だが、今、この完璧に仕上がりつつある甘い牢獄を壊されるのは少し都合が悪い。 「……マイト」  ディアスはふいにタオルを置き、膝枕をしているマイトの顔を上から覗き込んだ。 「ん? どした、ディアスっ」  マイトは息を呑んだ。  見下ろすディアスの顔が、息が止まるほど美しく、そして危うい色気を放っていたからだ。  長い睫毛に縁取られた瞳が潤みを帯び、赤い唇が微かに開かれている。聖母のような優しさは影を潜め、男の理性を根こそぎ奪い去るような、蠱惑的な表情だった。 「ねえ、マイト。ジェイス君には……直前まで、内緒にしておかないか?」  甘くねだるような、耳元で囁くような吐息。 「な、内緒って……なんでだよ。俺は別に、アンタとのこと隠すつもりはねぇぞ?」 「嬉しいよ。でも、君も言った通り、彼は過保護だろう? 君がオレのものになったと知ったら……君を心配して、無理やりにでもオレから引き離そうとするかもしれない」  ディアスは白く細い指先で、マイトの唇をなぞり、そのまま切なげに自身の胸へと手を当てた。 「オレは、君を失うのが怖いんだ。もし今、君と引き離されたら……オレ、どうにかなってしまいそうだから」  その弱々しくも艶やかな告白に、マイトの胸は激しく鷲掴みにされた。  あの絶対的な力を持つ彼が、自分を失うことを恐れ、こんなにも脆く美しい顔で縋ってきている。男としての庇護欲と独占欲が、これ以上ないほどに満たされていく。 「……ディアス」  マイトは起き上がり、ディアスの細い肩を抱き寄せた。 「分かった。ジェイには内緒にしとく。……約束の半年が過ぎて、全部の仕事が終わるその直前まで、俺たちだけの秘密だ」 「本当……?」 「おう。俺がアンタを不安にさせるわけねぇだろ。誰にも邪魔なんかさせねぇよ」  マイトは安心させるように、ディアスの額に優しくキスを落とした。  二人だけの、甘く背徳的な秘密の共有。マイトはそれが、愛し合う者同士のロマンチックな密約だと信じて疑っていない。  だが、ディアスの肩越しに見えないマイトの背後で。  抱きしめられたディアスは、銀色のターバンの下で、背筋が凍るほど冷酷で完璧な『勝利の笑み』を浮かべていた。  これでいい。  これでマイトは、自らの意志でジェイスを遠ざけ、真実から目を背ける。  忠臣がどれほど血の涙を流して若を救おうと足掻こうとも、マイト自身が喜んでこの檻の鍵を閉めてしまったのだった。

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