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※第29話
マイトの生活は完全にディアスを中心として回るようになった。
夜のは与えられる抗えない快楽に溺れ、ディアスの体温と匂いがなければ安眠すらできない。朝目覚めれば、一番にあの美しい顔を見たくてたまらなくなる。
ディアスはそんなマイトを、まるで世界で最も尊い宝物でも扱うかのように、徹底的に甘やかした。
「マイト、あーんと口を開けてごらん」
「っ、おいディアス、こんなところ誰かに見られたら……んっ」
昼下がりの展望ラウンジ。
人払いがされた特等席で、ディアスは希少な果実を丁寧に切り分け、マイトの口へと運んでいた。恥ずかしがりながらも、マイトは差し出された甘い果実をパクりと咥え、美味しそうに目を細める。
その口元を、ディアスは自身の親指で優しく拭い、艶やかに微笑んだ。
「誰も来ないよ。ここはオレと君だけの場所だからね。君はいつもガレージで泥だらけになって働いてくれている。オレといる時くらい、赤ん坊のように甘やかされていればいいんだ」
その言葉通り、ディアスはマイトの身の回りの世話から食事の管理まで、ありとあらゆるものを完璧に、そして過保護なまでに与え続けた。
本来、マイトは独立心旺盛な海賊の首領だ。だが、ディアスから向けられる絶対的な肯定と、夜ごと与えられる脳髄が溶けるような快楽が、マイトの正常な判断力を真綿で包むように麻痺させていた。
「おう……ありがとな、ディアス。お前といると、本当に俺、ダメになっちまいそうだ」
「だめになってしまえばいい。君が何もできなくなっても、オレが一生養ってあげる」
耳元で囁かれる言葉は、あまりにも甘く、そして恐ろしい呪いだった。
だがマイトは、それを究極の愛情表現だと信じて疑わず、嬉しそうにディアスの肩に頭を預ける。
ディアスの計画は、次の段階へと進んでいた。
『孤立』だ。
マイトの心を完全に手に入れた今、次に行うべきは、彼を繋ぎ止めている「ジェイスやエブラハムの仲間たち」との距離を物理的・精神的に引き離すこと。
だが、あからさまに引き離せば、マイトの中に残る義理人情が反発する。
だからこそ、ディアスは『マイト自身に仲間を拒絶させる』という手段をとった。
「若。今日の夜、久しぶりにエブラハムの連中だけで集まってメシでもどうですか? 若がずっと来ないから、みんな寂しがってましたよ」
ある日の夕方、居住区画の廊下でジェイスが声をかけてきた。
その目には、最近ディアスにばかりべったりと付き従うマイトへの、隠しきれない焦燥と不安が滲んでいた。
「おっ、みんなでメシか! いいな、久しぶりに――」
マイトが笑顔で頷きかけた、その時だった。
背後から、ひどく悲しげで、弱々しい声が響いた。
「……マイト」
振り返ると、純白のコートを着たディアスが、まるで捨てられた子犬のような瞳でこちらを見つめていた。
「ごめんね……今日、君の好きなメニューを準備して、部屋で待っていようと思ったんだけど……。そうだよね、君には君の仲間がいる。オレが君の時間を独り占めするなんて、我侭が過ぎたよ。……一人で食べるから、気にしないで、楽しんできて」
寂しそうに微笑み、踵を返そうとするディアス。
その痛々しいほどに儚げで美しい姿を見た瞬間、マイトの心臓はギュッと鷲掴みにされた。
――ジェイスには、直前まで二人の関係を内緒にすると約束している。
ディアスは今、俺たちの秘密を守るために、自分が身を引こうとしてくれているんだ。あんなに寂しそうな顔をして。俺が放っておいたら、あいつは一人で冷たいメシを食うことになる。
「っ、待ってくれ、ディアス!」
マイトは慌ててディアスの腕を掴み、そしてジェイスの方へ振り返った。
「わ、わりぃジェイ! 俺、やっぱり今日は行けねぇ! ディアスの手伝い……っていうか、その、大事な仕事が残っててよ!」
「……若? でも、みんな若が来るのを――」
「また今度な! みんなには俺から謝っといてくれ! じゃあな!」
マイトはジェイスの制止を振り切り、ディアスの手を取って足早にその場を立ち去った。
後に残されたジェイスは、伸ばしかけた手を虚空で彷徨わせ、ギリッと奥歯を噛み締めた。
奪われている。
若の心も、時間も、仲間たちとの絆も。あの美しい悪魔によって。
一方、廊下の角を曲がり、ジェイスの視界から外れた瞬間。
マイトに手を引かれているディアスは、ターバンの下で、背筋が凍るほど嗜虐的な『勝利の笑み』を浮かべていた。
「……ごめんね、マイト。オレのせいで、仲間との時間を」
「謝んなよ。俺が、お前と一緒にいたかっただけだ。お前を一人になんて、するわけねぇだろ」
「マイト……ありがとう。君だけだよ、オレをこんなに愛してくれるのは」
ディアスはマイトの胸にすり寄り、その背中に腕を回した。
マイトは、自分が仲間たちとの間に決定的な溝を作ってしまったことなど微塵も気づいていない。ただ、「愛する恋人を孤独から救った」という満足感と優越感で満たされていた。
こうして、ディアスは甘い口実と極上の快楽を用意し、マイトと仲間たちとの時間を少しずつ、だが確実に削り取っていった。
「新しい戦闘機のテスト飛行」
「君にしか頼めない特別な任務」
「ただオレを抱きしめてほしい」
マイトは、ディアスから求められることに至上の喜びを感じ、無自覚なままジェイスたちからの誘いを断るようになっていった。
周囲から見れば、マイトはブラック・シールドの支配者に籠絡され、元の仲間を捨てたようにすら見えるだろう。
だが、鳥籠の中にいるマイトだけは、それが絶対的な愛だと信じ込んでいる。
「ディア……っ、ぁっ、おれ、おかしくな、ちゃ、もっと……っ」
「可愛いオレの小鳥。もう、君には外の世界なんて必要ないだろう?」
夜ごと与えられる底なしの快楽と、究極の甘やかし。
マイトは自らの両足に重く見えない鎖が巻き付けられていることにも気づいていなかった。
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