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第30話
ブラック・シールド旗艦、第三食堂。
今日はエブラハム・ロジャーの船員たちにとって、特別な夜だった。造船ドックで建造が進められていた新しい船の、居住区画をはじめとするすべての内装工事が完了したのだ。
「新しい《エブラハム・ロジャー》に! 乾杯だァーッ!」
「「「乾杯!!」」」
荒くれ者たちの歓声が響き渡り、安酒の入ったグラスが派手な音を立ててぶつかり合う。
二年間という「契約」の終わりまで、残りたったの一ヶ月。
過酷な労働と、ブラック・シールドという圧倒的な力の傘下で息を潜めていた船員たちの顔には、ついに自由と自分たちの船を取り戻せるという、心からの希望と喜びが満ち溢れていた。
「若! 見ましたか、あの新しいエンジンルーム! 以前の倍以上の出力が出ますよ。あの船なら、また銀河中を俺たちの庭みたいに駆け回れます!」
ジェイスが、すっかり空になったジョッキを片手に、弾んだ声でマイトの肩を叩いた。
その顔には、この一年半以上見たことがなかったような、憑き物が落ちたような明るい笑顔が浮かんでいる。
あと一ヶ月で、若をあの悪魔から引き離し、すべてを元通りにできる。その安堵が、ジェイスの心を少しだけ軽くしていたのだ。
「……おう。そうだな、ジェイ。最高の船だ」
マイトは笑って頷き、自分のグラスを煽った。
だが、喉を通る酒はひどく苦く、胃の腑に落ちたそれは鉛のように重かった。
――あと、一ヶ月。
仲間たちが「ここから出ていく日」を心待ちにして歓喜に沸く中、マイトの心だけが、真逆のベクトルへと引き裂かれそうになっていた。
この船を出ていくということは、ディアスと別れるということだ。
夜ごと身体を重ね、甘い言葉を囁き合い、互いの体温なしではいられないほどに愛し合っている。
そのディアスを置いて、自分は仲間たちと星の海へ帰る。
いや、そもそも自分はディアスと離れて生きていけるのか?
『ジェイス君には……直前まで、内緒にしておかないか?』
脳裏に、ディアスの蠱惑的な囁きが蘇る。
二人だけの秘密。それは当初、愛し合う恋人同士の甘いスパイスのつもりだった。だが、出発の日が目前に迫った今、その「秘密」は強烈な罪悪感となってマイトの胸を締め付けていた。
「どうしたんですか、若。顔色が悪いですよ。飲みすぎですか?」
「あ、いや……なんでもねぇよ。ちょっと酔いが回っただけだ」
心配そうに覗き込んでくるジェイスの真っ直ぐな赤い瞳に、マイトは耐えきれず視線を逸らした。
嘘をついている。
幼い頃からずっと自分の背中を守ってくれた、誰よりも信頼する相棒を、自分は裏切っているのだ。
エブラハムの首領として、仲間たちを率いていく立場の自分が、ブラック・シールドの支配者に心も身体も骨抜きにされ、夜な夜な情事に溺れているなどと、どうして言えるだろうか。
(俺は……なんて薄情なクソ野郎だ……)
仲間たちの明るい笑い声が、今のマイトには針のように突き刺さる。
「……わりぃ、ジェイ。俺、ちょっと風に当たってくるわ」
マイトは居たたまれなくなり、逃げるように席を立ち上がった。
背後から「あんまり遠くに行くなよ!」というジェイスの声が聞こえたが、マイトは手を振り返すことすらできず、足早に食堂を後にした。
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