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第34話

 部屋の扉を閉めた瞬間、重たい空気がマイトの背中にのしかかった。  部屋の中央、非常灯の薄明かりの中にジェイスが立っていた。その視線は、マイトが襟元を正そうと触れた瞬間に覗いた、首筋の生々しい赤黒い痕へと突き刺さる。 「……また、アイツのとこに行ったのか」  ジェイスの声は、怒りよりも深い絶望に震えていた。マイトは大きく溜息をつくと、投げやりにベッドに腰を下ろした。 「……そうだよ。文句があるなら言えよ」 「 あんたは何をやってるんだ! !あいつは俺たちの誇りを踏みにじり、若の心まで壊した悪魔なんだぞ! なのに、どうしてその汚れた痕を、そんな顔で見せて歩けるんだ!」  ジェイスが詰め寄り、マイトの胸ぐらを掴む。だがマイトは、あらいざらい吐き出してしまうことにした。この隠し事も、ジェイスの悲痛な眼差しも、もう重たすぎて耐えられなかった。 「ディアスは、恩人だろ」 「ちがう」 「何いってんだよ。くそ、ああ、そうだよ! ディアスに抱かれた」  マイトはジェイスの胸を力任せに突き飛ばした。 「俺はあいつに抱かれるのが気持ちよくて、あいつの声を聞かないと夜も眠れねぇんだ!」  部屋に重い沈黙が落ちた、その時だった。音もなく扉が開き、ディアスが姿を現した。彼は静かな足取りで部屋に入り、絶望に震えるジェイスと、荒い息を吐くマイトを見下ろす。 「君のバイタルがはねあがったから心配になってきてみたら……すべてバらしてしまったんだね」  ディアスはマイトの肩を抱き寄せ、ジェイスに向けて冷酷な笑みを浮かべた。 「すまねえ。ジェイがめんどくせえこと言うから……」 唇を尖らせるマイト。 「アンタ、契約違反だろ。若には手をださねえって、契約だろッ」 ジェイスは、ディアスに食ってかかるように吠える。 「オレから手を出したわけじゃないから、契約はまもっているよ。マイトからほしいといわなければ、オレは触らないからね」 屁理屈をいうディアスに、ジェイスは憎々しげに睨みつける。 「それなら、もう若が壊れても一緒だ。隠す必要もない、いままでのこと全部バラす!」  ディアスはマイトの耳元で、ジェイスを追い詰めるように告げる。 「じゃあ、オレからちゃんとマイトに真実を告げようか。いま、君が何をいっても、マイトは信じないだろ?そう、マイト、聞いて。エブラハムロジャーの事故は存在しない。その後の二年間の君たちが語るような『幸福な契約』なども存在しない」  ディアスはマイトの記憶の空白を、冷淡に塗り替えていった。 「マイト、君はオレに獲物を奪われ、資金は底をつき、困窮の末に追い詰められていったんだ。弱りきった君の船をオレは襲撃した。最後は君自身の意志で、このブラック・シールドに特攻を仕掛けてきた。あの時、君は絶望し、何もかもを失ったよ」  マイトの中に鋭い頭痛が走る。  船の困窮、仲間の泣き顔、エマージェンシーコール。 「う、そ、だ」  マイトは震える瞳を揺らしてディアスを見上げた。 「瀕死のマイトを治したのは、真実。オレの部下にしてやろうと思ったのに、ね。断るから、オマエを部下の慰みものにしてやった」 うっとりと語る美しい支配者に、罪悪感はない。悪魔のような微笑み。 「う、そだ」  ディアスはマイトの首筋の痕を優しくなぞり、ジェイスに向かって言い放った。 「すべて話してやったぞ。これで契約はご破算だよ。どうする?せっかく船を作ってやったし、君たちは要らないから、船とマイトを交換って契約にしてもいいぞ」 「な、なに、言ってんだ」 マイトはディアスから逃れようとみを捩るが飼い慣らされたからだは懐いていうことをきかない。 「マイト、わかってるだろ。オマエはもうオレなしでは生きられない。オマエがどれだけ惨めで敗残兵だったとしても、オレは君のすべてを支配しているのだから」  崩れ落ちるジェイスと、真実を知りながらも、その温もりに縋り付くことしかできないマイト。二人の運命は、完全にディアスの掌中で握り潰されたのだった。

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