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※第36話
ジェイスの瞳から、それまで宿っていた激しい憎悪や殺意の火が、音を立てて消え失せた。
代わりにそこに浮かんだのは、冷徹なまでの諦念と、救いようのない絶望だった。
目の前で、マイトはもう、かつて自分たちが担いだ首領の面影をどこにも残していない。
快楽の波に晒され、ディアスの支配に骨の髄まで陶酔し、ただその肉を求め、淫らな熱情を撒き散らす「中毒患者」と化した男。
マイトが腰をゆらし、ディアスの指先一つで激しく喘いでいる姿を、ジェイスはもはや直視することもできず、ただ虚無のような表情でディアスを見返した。
「……汚ねぇな」
ジェイスの声は、信じられないほど静かで、冷え切っていた。
彼は一度、沈黙した。まるで、これまで若のために流してきた血と涙のすべてを精算するかのような、わずかな逡巡。
しかし、その刹那の迷いさえも、目の前のあまりに淫らで無防備な光景が粉々に砕いていった。
「船の対価にする? ……ふざけるな。若をそんな薄汚いモノサシで量るわけねぇだろ。船なんか、あんなモン最初からただの鉄の塊だ」
ディアスはマイトの絶頂に合わせるようにゆっくりと腰を揺らしながら、口元に余裕の笑みを浮かべる。
「ほう。では、君はここで、この愛の光景に耐えかねて去るというのかい?」
ジェイスは一度だけ、大きく息を吐き出した。それは、長年抱えてきた「若を救わねばならない」という呪縛を、自ら断ち切るための吐息だった。
「救えるわけがねぇよ。……今のわか……こいつは、とっくに俺たちの知る船長じゃねぇ。あんたという『猛毒』に脳まで焼かれた、中毒患者だ」
ジェイスは床に這いつくばり、快楽に蕩けきってディアスの胸に縋り付くマイトを、汚物を見るような、あるいは酷く憐れむような目で見た。
マイトはジェイスがそこにいることさえ忘れたかのように、ディアスの名前を呼び、自身の渇きを癒やすようにその肉体を求めて揺れている。
「置いていくよ。……あんたにやる。あんたが壊したんだ、最期までその泥沼の中で溺れさせてやれ」
「ジェイ……っ、いかないで……っ、ぁっ、ディア……っ、もっとっ!」
マイトの縋るような懇願は、もはや救いを求める声ではなく、ただディアスに「もっと毒をくれ」とねだる依存の悲鳴だった。ジェイスは背を向け、一歩も振り返らずにその場を後にした。
部屋の扉が閉まる音。
ジェイスの去った後、静寂が支配する部屋の中で、ディアスは満足げに目を細めた。ついに忠臣は折れ、若は完全に孤立した。もはや誰の目も気にせず、ディアスはマイトの耳元で甘く囁く。
「聞いたかい、マイト? 君の番犬は、君を見捨てて出て行ったよ。でも、最初からそのつもりだったよね……さあ、これで本当に君にはオレしかいない。もっと泣いて、もっとオレを求めてごらん」
マイトはもう、何も考えられない。
ただディアスの腕の中で、支配される悦びに身を震わせ、自分のすべてが侵食されていくことだけを無上の幸福として享受していた。
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