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第2部 第1話
マイトがブラック・シールドの副官となってから1年。
辺境星域の宙域は、かつてないほどの緊張感に包まれていた。宇宙警察の新鋭エリア長が赴任して以来、ブラック・シールドへの包囲網は日を追うごとに狭まり、小競り合いは激化の一途を辿っていた。
「チッ、今日の政府のワンコどもは一段と打たれ強いじゃねぇか……っ」
タイトなコックピットの中、マイトは鋭い視線でメインモニターを睨みつけ、操縦桿を激しく切り返した。
マイトの愛機ハニーエンジェルは重力を無視したような鋭い軌道を描き、警察側の巡邏艦が放つレーザー光条を紙一重で回避していく。
かつては辺境星域を圧巻した、エブラハムの無影の旋風という二つ名で呼ばれた男である。
1年という時間は、マイトをより有能な、そしてより「手遅れな」狂犬へと仕立て上げていた。
こんな過酷な戦闘の間も、衣服の下――下腹部の最奥には、今朝ディアスによって仕込まれた玩具が微弱な熱を放ち続けている。
一瞬の油断が死に直結するドッグファイトの最中であっても、肉体に刻まれた主人の所有印(プラグ)の存在が、マイトにとっては脳髄を研ぎ澄ます最高の興奮剤であり、唯一無二の錨だった。
「ディアスが後ろで見てんだ。こんなところでモタモタして、格好悪い姿晒せるかっての……!」
不敵に笑い、マイトはさらにスロットルを押し込む。金髪が汗で額に張り付く中、蒼い瞳は獲物を狙う獣そのものの光を放っていた。
その時、マイトの機体のコンソールが激しい電子音を鳴らし、強制的な全周波数割り込み通信を感知した。
メインモニターの片隅に、音声のみの暗号回線が接続される。
ノイズの向こうから聞こえてきたのは、冷徹なまでに静かで、上品で理知的な声音だった。
『――ブラック・シールドの戦闘機部隊へ告ぐ。こちらは宇宙警察管区、エリア長レディル·マースである。貴機らの包囲は既に完了している。無駄な抵抗をやめ、直ちに兵装を解除し、我が方の誘導に従いなさい』
凛とした気品を感じさせる毅然とした警告。
だが、それをスピーカー越しに聞いた瞬間、マイトは操縦桿を握る手に思わず奇妙な力が入った。
「……あ?」
マイトは不快そうに眉を顰めた。
初めて聞くはずの、敵の指揮官の声。だが、その声のトビラが開いた瞬間、まるで自分の頭の奥の骨が共鳴したかのような、奇妙で、おぞましいほどの既視感が全身を駆け抜けたのだ。
なんだよ、これ……。妙に癪に障る声だな。まるで、俺が自分で喋ってるみたいで気持ち悪ぃ……。
マイトはすぐにその不快感を振り払うように頭を振り、通信機に向かって挑発的な笑声を叩きつけた。
「おいおい、そっちの偉い警官殿! ご丁寧なご挨拶痛み入るが、あいにく俺様の耳はご主人様の命令以外、右から左へ聞き流すように調教されてんだわ。捕まえてえなら、俺の機体のケツを拝んでからにしな!」
一方、警察側の旗艦ブリッジ。
重厚な指揮官席に座るエリア長のレディル·マースは、スピーカーから返ってきた敵パイロットの「声」を聞いた瞬間、アイスブルーの瞳を僅かに見開いた。
「……ッ」
レディルの指先が、デスクの端を微かに白くなるほど強く握りしめる。
通信の向こうの男は、ひどく口が悪く、下品で、命のやり取りを楽しんでいるかのような喋り方だった。
生粋の海賊、そのものだ。
しかし、その声音の本質――声帯の震え、倍音の響きが、鏡の前に立つ自分自身の声と【酷く酷似している】ように感じられた。
今の声は……何だ? まるで、私の声じゃないか。聞き違い、か?
レディルの胸の奥にある「正義と秩序への執着」が、通信の向こうの男に対して、言い知れない焦燥感と奇妙なざわめきを燃え上がらせる。
『ふん……口の減らない海賊だね。だが、お前たちの船長であるディア……を捕縛するためなら、その牙、一本残らず叩き折ってあげよう』
「ハッ! やれるもんならやってみろよ、ガリ勉エリート! 俺のディア様に、あんたみたいな綺麗な手えした奴が触れるわけねぇだろ!」
互いに相手の正体が、「妙に声の似ている癪に障る敵」として、音声通信の冷たい波紋だけが、戦場を激しく交錯する。
マイトは愛機を急反転させ、レディルの直轄部隊へと突撃を開始した。衣服の下の下腹部に感じる主人の熱を心の拠り所にしながら。
そしてレディルは、美しく上品な笑みを崩さぬまま、ディアスをその腕に捕らえるため、冷酷な迎撃命令を下すのだった。
「逃がすかよ……ッ!」
マイトの操縦する愛機は、物理法則をあざ笑うかのような超機動で宇宙警察の迎撃機を追い回していた。
下腹部の最奥で微弱な熱と振動を放ち続けるディアスの玩具が、マイトの神経を容赦なく刺激し続ける。背徳的な快楽と命懸けのドッグファイトが混ざり合い、マイトの脳内は陶酔と戦闘衝動の極彩色の炎で満たされていた。
主人の玩具が疼くたび、反射神経が限界を超えて研ぎ澄まされていく。
「ハッ、訓練されただけのガリ勉どもが! 実戦の泥臭さを知らねぇ奴らが勝てるわけねぇだろ!」
マイトは不敵に笑い、スロットルを限界まで叩き込む。
愛機は一瞬にして敵の死角へと滑り込み、警察側の巡邏機が放つレーザーの雨を紙一重で踊るようにかわした。
三次元空間を縦横無尽に縫うその軌跡は、まさに手負いの狂犬そのものだった。
過去の記憶から呼び覚まされた野性の勘と、ディアスに調教された肉体の官能が合わさり、今のマイトの操縦技術は無影の旋風と呼ばれた全盛期をも凌駕するキレを見せていた。
照準器が赤くロックオンする。
逃走を図る警察機のエンジンブロックを正確に捉え、マイトは容赦なくトリガーを引いた。
放たれた高出力のプラズマキャノンが直撃し、無音の宇宙空間で敵機が鮮やかな爆炎を上げて戦闘不能に陥る。
「おら、おら、どうした! もっと楽しませろよ! ディアス様が後ろで見てんだからよ!」
歓声を上げながら次なる標的へと機首を向けるマイトの狂気的な強さに、警察側の前衛部隊は完全に気圧され、陣形を乱していった。
あまりの圧倒的な戦闘ぶりに、迎撃に出ていた警察機たちが次々と撃墜、あるいは戦闘不能に追い込まれていく。
――だが、その圧倒的な蹂躙劇の最中だった。
警察側の旗艦から、突如として全軍に対する撤退命令が発令されたのは。
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