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第2部 第4話

マイトは愛機『ハニーエンジェル』を駆り、ブラック・シールドの勢力圏である辺境宙域の巡回任務にあたっていた。 下腹部の奥では、夜の名残を焼き付けるかのように特殊なプラグが微弱な熱を放っている。 マイトが機体を大きくバンクさせるたびに甘い刺激を伝えてくる。  肉体も精神も完全にディアスの色に染め上げられ、自分のすべてがあの美しい男の所有物であることに何の疑いも抱いていない。 脳天気なまでの陽気さと、極限まで高まった依存が、マイトの操縦に独特のキレを与えている。  その時だった。  愛機のメインコンソールに、微弱だが聞き覚えのある特殊な艦籍信号が引っかかったのは。 「ん……? こいつは……」  マイトは操縦桿を軽く操作し、センサーの感度を上げる。  モニターに映し出されたのは、ブラック・シールドの無骨な艦艇とは違う、どこか古風で、しかし血肉を分けた家族のように馴染み深い識別コード。  ――宇宙海賊《エブラハム・ロジャー》の船籍。  先代の死後、自分が記憶を失う直前まで命を懸けて守ってきた大切な家族。 「……偶然、だな」  マイトは思わず苦笑を浮かべる。  ジェイスたちの顔が脳裏を掠め、気まずさと痛みが胸の奥をかすめる。 「……コレが俺の機体とか、気づかないよな」  そう呟いてスロットルに手をかけようとした瞬間、マイトの機体の通信回線が勝手に跳ね上がり、荒いノイズと共に聞き覚えのある男の声が飛び込んできた。 『ハニーエンジェル。通信に応答せよ』 「気づいたのか……。ジェイ……」  通信の向こうから聞こえてきたのは、他でもないジェイスの声だった。軌道だけ操縦者が分かるなんて、流石だなとは思う。  見つかってしまった以上、無視して飛び去るわけにもいかない。 マイトは盛大に舌打ちをしながらも、どこか諦めたような笑みを浮かべ、通信回線を開いた。 「……こちら、ハニーエンジェル。どーぞ」 『若。……若ですよね』  通信の向こうのジェイスの声には、安堵と、そして言い知れない苦渋が入り交じっていた。 あの時の視線を忘れられない。失望に満ちた、汚物を見るような、そんな目。  マイトは気まずさを紛らわせるように、軽い調子で返す。 「ああ、見ての通り。……で、なんだよ。ジェイ。俺の顔拝みに来たのか?」 『若、すぐにそっちに向かいます。近く惑星、クロネで落ち合いましょう』  ジェイスのただならざる真剣な声音に、マイトはわずかに眉をひそめた。  だが、ここで気まずいと逃げるのは男がすたる。 「わかったよ。クロネに行くわ」  通信を切り、マイトは愛機を目的地である荒涼とした惑星の地表へと向け、静かに降下を開始した。 マイトはふと思い直したように通信機に手を伸ばした。  これからかつての副長であるジェイスと会い、古い仲間としてのケジメをつけてくる。 ……とはいえ、連絡を入れずにフラフラしていれば、あの独占欲の強いご主人様がどれほど不機嫌になるか、想像するだけで背筋がゾクリと粟立つ。 いや、怒らせる分には嫌いじゃねぇけどさ……。心配かけて無駄に執着のタガを外されても、夜のベッドで俺が死ぬだけだよな。  マイトはニヤリと不敵に笑い、ブラック・シールドの母艦へのプライベート回線を叩いた。  コール音がわずかに鳴った後、すぐに冷徹で美しい声が耳に届く。 『――なんだい、マイト。巡回任務の最中に、個人的な回線を開くとはね』  通信の向こうのディアスは、執務室のデスクからこちらを覗き込んでいるのだろう。 その声の響くだけで、下腹部の奥で眠っていた玩具の熱がふわりと再燃し、マイトの息がわずかに荒くなった。 「あー、ディアス? ちょっと仕事の途中で懐かしい奴らに引っかかっちまってさ」 『懐かしい奴ら、ね……』  一瞬でディアスの声の温度が零下に冷え込んだのが分かった。 通信の向こうで、優雅に組まれていたはずの指先がピタリと止まった気配がする。 「おいおい、そんな怖い声出すなって」  マイトは慌てて明るい声を張り上げ、愛機を目的地の地表へ滑らせながら言葉を続けた。 「エブラハムの船が近くにいやがってさ、ジェイが面と向かって話したいってよ。昔のよしみだ、ちょっと顔出して『もう戻らねぇよ』ってはっきりケジメつけたい」 『……君が自らいきたいのなら構わないが、信じていいのだろう』 「あたりめーだろ。俺の居場所は俺をここまでトロトロのメスに調教しちまった最愛のご主人様のとこしかねえよ」  マイトがへらっと下品に笑いながらそう告げると、通信の向こうでディアスが小さく息を呑む気配がした。 「だからさ、心配しなくてもすぐ戻るよ。……必ず、あんたの待つベッドに帰るからさ、ディアス」  マイトはハッキリと約束の言葉を口にした。  その声には微塵の迷いもなく、ただ主人への愛着と、早く母艦に戻って愛されたいという熱だけが満ちている。 『……いいだろう、マイト』  ディアスの声音は、先ほどまでの冷たさが嘘のように、甘く、そしてゾッとするほど濃密な熱を帯びていた。 『君が自ら戻ると誓うなら、待ち構えていてあげよう。あまり遅くなると、その馬鹿な犬をどうお仕置きしてやろうか悩まねばならないからね』 「おっと、脅しはそれくらいにしてくれよ! すぐ終わらせて戻るからさ、じゃあな!」  マイトは楽しげに笑い声を上げると、通信を切断した。  通信を切ったあとも、胸の奥に残るディアスの声の余韻だけで、肌が粟立つような高揚感が消えない。 「さてと……。ジェイのヤツにケジメつけて、早くご主人様のところに帰るとするかね!」  ハニーエンジェルのハッチを開け、マイトは荒涼とした惑星の大地に降り立った。待ち受けるかつての副長との対話など、今の彼にとってはただの「帰り道の寄り道」にすぎなかった。

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