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第2部 第10話
ジリジリと頭の芯を焼くような不快感とともに、マイトの意識が浮上した。
冷たい金属の床の感触と、皮膚を覆うごわついた白い拘束衣の重み。頭を縛りつけていたあの暗い袋はすでに外されており、蛍光灯の無機質な白い光が容赦なく網膜を刺す。マイトは顔をしかめながら上半身を起こし、ぼやける視界の先にある景色を睨みつけた。
壁も床もすべてが特殊合金で固められた、完全に閉ざされた取り調べ室。
荒涼とした惑星クロネの酒場の埃っぽさとも、ブラック・シールドの淫らで豪奢な私室とも違う、冷徹なまでの「公的機関」の匂いが肺腑を打つ。
だが、マイトの血の気を引かせたのは、その視覚的な恐怖ではなかった。
衣服の擦れる感覚に、背筋がぞっとするほどの「違和感」があったのだ。
「……はっ……?」
慌てて自分の下半身や胸元に手をやろうとするが、両手は頑丈なテーブルのリングにチタン合金の錠で固定され、自由がきかない。
息を呑み、己の肉体へと意識を集中させる。
ない。
尿道の奥で心地よく脈打っていたはずの微小なパルスファイバーがない。
アナルを塞ぎ、己への絶対的な服従を常に思い出させてくれたプラグも、乳首や舌を貫いていたピアスも、すべてが綺麗さっぱり引き抜かれている。
下腹部の皮膚には、ディアスに刻まれた生々しいトライアングルの焼印だけがぽつんと残されていた。
自分を自分たらしめていたもの。
ディアスのモノである証明だった「すべて」が、見知らぬ他人の手によって無惨に削ぎ落とされている。
「なっ……ふざけんな……、俺の……俺の体が……!」
胸を締め付けるような耐えがたい焦りと、まるで見放されたかのような深い不安。
頭の中が真っ白になり、冷や汗が背筋を伝う。
ご主人様がいない場所で、ご主人様の痕跡をすべて剥ぎ取られたという事実が、マイトの精神を狂おしいほどの飢餓感で満たしていく。
その混乱の最中、目の前の重厚な防音扉がシュッと音を立てて開いた。
冷酷な目をたたえた宇宙警察の取り調べ官が、データパッドを片手に重々しい足取りで入ってくると、パイプ椅子に腰を下ろす。
取り調べ官は、怯えと焦燥の色を隠せないマイトを冷ややかに見据え、低い声で問いかけた。
「――目を覚ましたか。身元を確認する。貴様の名前を答えろ」
問い詰められても、マイトの瞳は虚空をさまよったまま焦点が合わない。
体から引き剥がされた快感の残骸と、今すぐ主人の元に戻らなければならないという強迫観念が思考を焼き尽くしていた。
「……マイト……だよ」
かろうじて絞り出したその声は、かつての宇宙海賊としての威厳のかけらもなく、ただ怯えた雌犬のようにかすれて震えていた。
取り調べ官は冷徹な眼差しを向けたまま、手元のデータパッドに視線を落とす。
「ハニーエンジェルの操縦者だな。単刀直入に聞くが、お前はブラック·シールドによる監禁および性犯罪の――『被害者』か?」
その問いに、マイトは激しく首を横に振った。白い拘束衣の擦れる音が小さく響く。
身体の芯にあるべきものがごっそり抜け落ちた耐えがたい喪失感と、言いようのない寒気が全身を駆け巡り、マイトの肩はガタガタと細かく震えていた。
「ちげぇ……被害者じゃねぇよ……!」
掠れた声は恐怖ではなく、底知れない焦りと渇望に濡れていた。
取り調べ官の言葉など耳に入っていないかのように、マイトは固定された手首を必死にもがきながら、潤んだ瞳で必死に訴えかける。
「違う、俺は被害者なんかじゃねぇ……! お願いだ、さっき剥ぎ取ったやつ……ピアスも、プラグも、全部返してくれよ……!」
自分の身体から引き剥がされたあの証拠品。
それを失った途端、自分がただの空っぽの人間に戻ってしまうような恐怖がマイトの胸を押しつぶす。
「頼むから……あれがないと、俺、おかしくなりそうなんだよ……っ! 返してくれよ……!」
取り調べ官は、目の前で半狂乱になりながら違法な奴隷を作り出す装飾品を求めるマイトを、冷ややかな、そしてどこか哀れむような目で一瞥した。
「金属でできた違法な医療器具や装飾品などは、収監者には一切渡せない。規則だ」
淡々とそう告げると、取り調べ官は手元のデータパッドにペンを滑らせる。
そこには、マイトの異常なまでの反応を見た所見が容赦なく打ち込まれていった。
* 所見: 被疑者には組織的な洗脳および常習的な物理的刺激による過度な依存性(ストックホルム症候群の極端な形態)が認められる。
* 特記事項: 離脱症状によるパニックや自傷の恐れあり。暴れるような場合は、拘束をより強力なレベルへ移行すること。
「……っ、ふざけんな……!」
自分の訴えが全く聞き入れられないどころか、狂人扱いされてデータに書き込まれていくのを見て、マイトは奥歯を噛みしめる。
全身の震えは収まらないが、身体の芯の疼きは冷めるどころか、飢えのようにますます膨れ上がっていた。
取り調べ官はそんなマイトの様子を無視するかのように、冷徹な声音で本題へと切り替えた。
「話を戻す。これ以上無駄な抵抗をするな。――では、ブラック・シールドの犯罪に、お前はどれほど関わっている? 普通ではない精神状態だ。関与の度合いにより、被害者扱いも視野に入る。組織、及びディアスの指示による実行犯としての関与の度合いを正確に述べろ」
冷たい尋問の言葉が突き刺さる。
あの冷酷で美しい男に身体の隅々まで彫り込まれ、すべての自由と誇りを喜んで差し出した日々。
あの執着と快楽こそが、今の自分のすべてなのだ。
マイトは金属のテーブルに固定された拳をガタガタと震わせながら強く握りしめ、血の滲むような目で取り調べ官を睨み据えた。
「……全部だ」
掠れた、しかし微塵の迷いもない声が、無機質な部屋に響く。
「ブラック·シールドがやったことの半分は、俺がやったことだ。……組織がかかわる犯罪も、全部俺の意思でやった。だから、俺をあの人のところから引き離そうなんて思うな……!」
取り調べ官は、マイトが吐き捨てた誇り高くも狂気に満ちた宣言をじっと見据えた。
データパッドの画面に目を落とし、冷徹な指先で新たな文字を打ち込んでいく。
そこには『被害者保護の対象外』『組織の主要構成員としての確固たる帰属意識』という現実的な事実が冷ややかに記録されていくだけだった。
解析されたデータから、割り出された犯罪者登録内容が表示される。
「マイト·エブラハム。……元エブラハム・ロジャーの首領、か。そもそも犯罪者だな。海賊同士の抗争はよくわからないが、脳までヤられて従属しているのだな」
取り調べ官は小さく息を吐き捨てると、これ以上言葉を交わしても無駄だと悟ったように立ち上がった。
「被害者ではなく、自発的な犯罪加担者、そして組織の幹部としての処遇に切り替える。……極刑か、二度と太陽の光を見ない深宇宙の最高警備監房行きだな」
重い扉が開き、取り調べ官は冷酷な宣告を残して部屋から出ていく。
すべての法的保護を自ら拒絶し、誇りと引き換えにディアスの「おもちゃ」である道を選んだマイト。その魂と肉体の奥底に刻み込まれた絶対的な主への飢えと執着は、どんな冷たい牢獄の壁も決して消し去ることはできなかった。
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