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第2部 第11話
冷たい鉄壁で完全に密閉された宇宙警察の特級独房。
その無機質な空間の中央に置かれた医療用ベッドで、マイトは分厚い拘束衣に身を縛り付けられていた。
両手足は特殊合金のベルトでガチガチに固定され、わずかな身じろぎすら許されない。全身を支配していたのは、肉体を内側から引き裂くような激しい飢えと、神経を焼き焦がす底知れぬ「疼き」だった。
下腹部の奥深く、尿道、アナル、そして敏感に波打つ乳首――。
ディアスの手によって神経の髄まで植え付けられ、快楽の悦楽を寸分違わず刻み込まれていた「仕掛け」のすべてが消し去られた体内に残されているのは、ぽっかりと空いた巨大な空洞だけ。
その虚無の奥で、失われた快楽の残滓がまるで幻肢痛のようにジリジリと熱を放ち、マイトの理性を容赦なく焼き焦がしていく。
「くっ……っ、はぁ、ぁあ……っ!」
全身から噴き出した冷汗が白い拘束衣を濡らし、フラつく視界がぐにゃりと歪む。
脳を直撃する離脱症状の激しい波。
息をするのすら苦しいほどの強烈な渇望が、マイトの全身の細胞を内側から暴れ回らせた。プラグの重みがない。
身体を駆け巡る快感のパルスがない。
何よりも、ディアスの痕跡が圧倒的に足りない。
自由の利かない手足をどんなに力任せに引っ張っても、特殊合金の拘束具はびくともせず、ガチャン、ガチャンと冷たい金属音が孤独な独房に虚しく響くだけだった。
「ちくしょう……! なんだよこれ、ふざけやがって……っ!腐れふにゃちんやろうども、正々堂々戦え!!」
もはや理路整然とした思考など微塵も残っていない。縛られた身体をもがき苦しませながら、マイトは込み上げる激情のままに眼前の鉄扉に向かって吠えた。
「おい、このクソふにゃちんどもめ! 人の体勝手にいじくりやがって、この変態野郎どもの脳みそはウジ虫でも詰まってんのかコノヤロウ……っ! 泥水でもすすってろ、この低能くそ不能どもが……っ!」
子供の喧嘩のような下品な悪態を途切れなく吐き出しながら、マイトの瞳は血走り、狂気的な熱を帯びていく。
こんなところで、こんな真っ白で無機質な鉄の箱に閉じ込められてたまるか……!
思考の端々に、あの冷たく自分を見下ろす美しい主人の姿がちらつく。
今ごろ母艦のベッドで、自分を待っているはずのディアス。
その絶対的な存在のもとへ何が何でも帰らなければならない。
ここで犬死にしたり、ただの無様な囚人として朽ち果てたりする気などサラサラなかった。
独房の冷気と激しい離脱症状の中、マイトの肉体は過酷な管理下に置かれていた。
宇宙警察の看守たちによって容赦なく施された処置により、マイトの身体には排泄物の管理のために複数の医療チューブが接続されている。さらに、自傷行為を防ぐため、栄養はすべて静脈に繋がれた点滴から強制的に投与されていた。
しかし、ディアスのもとへ帰るという狂気的な執念が、マイトの飛びかける思考を極限まで研ぎ澄ませる。
くそ、こんだけ管だらけにしてくれやがって……。だが、それが、足掻くための唯一の道具になる……っ!
看守の監視カメラがわずかに死角に入る隙を狙い、マイトは震える指先と残されたわずかな関節の可動域を総動員した。息を殺し、全身の筋肉を痙攣させ、股元から這い上がる硬質なカテーテルの管を、意図的に分厚い拘束衣の合わせ目の隙間へと器用に滑り込ませる。
ギチリ、と硬質な素材が擦れる音がする。
チューブを布の間に噛ませ、テコの原理の要領でわずかな、本当に髪の毛一本ほどの「緩み」をつくり出す。
「……はぁ、はぁっ……!」
たったそれだけの動作で、冷や汗が全身から噴き出し、視界が白くチカチカと明滅する。しかし、締め付けられた胸元と手首の拘束具の間に、わずかに空間が生まれた。
まだ動ける。まだ、この檻をこじ開けるための手立てはある。
だが、チューブを拘束衣の隙間に噛ませ、強引に引っ張った代償は大きかった。肉体を駆け巡っていた医療カテーテルや点滴のルートがずれた瞬間、マイトの体内で激しい拒絶反応が引き起こされた。
「あ、が……っ! はぁ、ひっ……ぁああっ!」
喉の奥から獣のような呻き声が漏れ出る。カテーテルの挿入部や排泄ドレーンが不自然に引っぱられるたび、デリケートな粘膜が引き裂かれるような激痛が走り、脂汗が滝のように噴き出した。
脳髄を直接かき混ぜられるような悪寒と、血管が内側から沸騰するような灼熱が交互に襲う。
脳からの快楽物質が完全に断たれた空白を、耐え難い苦痛と渇望が暴力的に塗り替えていく。
幻覚と現実の境界がぐにゃりと溶け合い、再び脳裏にあの冷酷な主の姿が浮かび上がった。
『――マイト。お前は、たかがそんな檻ごときで屈するのか?』
幻聴であるはずの低く美しい声が、脳髄の奥底で直接響く。
「っ……ディアス……!」
喉から絞り出した掠れた声は、独房の壁へと吸い込まれていく。しかし、その幻影を見せられたことで、マイトの中で切れていたはずの糸が再びピクリと繋がった。
ここで意識を手放せば、二度とあの人のもとへは帰れない。
「ち、がう……違うんだ、ディアス……っ! 帰る……絶対に戻るんだ……あんな男たちの言いなりになって、ここで犬死にてめえのプライドが許すかよ……っ!」
ガチガチと鳴る歯を噛み締め、マイトは全身の血流を無理やり逆流させるような感覚で、朦朧とする意識を強引に現実へと引き戻す。
離脱の疼きに狂い、痙攣する肉体を抑え込むこともできず、マイトはただ拘束衣の中で脂汗にまみれながら荒く息を荒らげ続けた。
自らの涙と汗でぐちゃぐちゃになった顔を歪めながら、脳裏に焼きついた執念の糸だけを手繰り寄せ、狂気の中で必死に「脱獄への道筋」を探り続けていた。
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