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第2部 第14話
マイトが宇宙警察の特務巡洋艦に連れ去られ、消息を断ってから、重く苦しい二週間の月日が経過していた。
ブラック・シールドの旗艦内は、まるで見えない時限爆弾を抱え込んでいるかのような、最悪の緊張状態に支配されている。
通路を歩く船員たちの足音さえ殺され、艦内全体が凍りついたような静寂に包まれていた。
「……おい、まだ見つからないのか」
旗艦のブリッジに、ひび割れた氷のように鋭利で冷酷な声が響き渡る。
ディアスからの問いかけに、報告をあげた船員は恐怖で全身を強ばらせ、顔を青ざめさせながら力なく首を横に振った。
「は、はい……。申し訳ありません。周辺宙域のデブリ帯から裏社会の違法通信網、軍の暗号回線まで全てしらみつぶしに洗っておりますが、特務巡洋艦の跳躍痕跡は完全に隠蔽されており……現在のところ、有力な手がかりは一切……っ!」
「無能どもが。…………もういい、早く下がれ」
これ以上言葉を紡ぐことすら許さない苛立ちを露わにし、ディアスが手を払う。
船員は命からがらといった様子で、逃げるようにブリッジを後にした。
残された船長室の主――ディアスの姿は、かつての優雅な表情は幻のように消え失せるほどに変わり果てていた。
日を追うごとにその顔面は病的に蒼白になり、常に完璧に整えられていた艶やかな黒髪には乱れが生じている。
隻眼を覆う黒い布の奥の瞳には、血走った狂気と底知れぬ疲労の澱が濃く滲み、夜もまともに眠れていないことは誰の目にも明らかだった。
彼が唯一の安らぎと絶対的な精神の均衡を得ていた「マイト」という名の錨を失い、さらに己の所有物を不当に奪い去られたことで、ディアスの理性のタガはすでに外れかけていた。
「……マイト……。できれば、ヤツらと関わりたくなどなかったが……」
呟いた声は酷く掠れ、乾ききっていた。
ディアスは早足で自身の執務室へと戻ると、忌々しげにコンソールを激しく叩き、ある暗号回線を開いた。
それは本来、誇り高きブラック・シールドの首領が自ら連絡を取るなど絶対にあり得ない、かつてマイトが率いていた老舗海賊団《エブラハム・ロジャー》へと繋がる回線だった。
数回の冷たいコール音の後、ホログラムモニターに警戒心を露わにしたジェイスの険しい顔が映し出される。
『……何の用だ。ディアス。俺たちエブラハム・ロジャーは、もうアンタらに楯突くつもりも、面倒事に関与するつもりもない……』
「……お前たちに聞きたいことがある」
ジェイスの防御的な言葉を、ディアスは冷徹に遮った。
だが、その声にはいつもの余裕のかけらもなく、切羽詰まった焦燥と濁った熱が剥き出しになっていた。
『……いきなり、用件ってのは何だ』
「マイトが……警察に拿捕された」
『な、なんだって……?』
「最後に貴様と接触した惑星クロネ、大気圏突出の瞬間だ。あの宙域の裏ネットワークで、宇宙警察の特務艦隊の動向について何か不穏な情報が流れていないか。どんな些細なことでもいい、今すぐかき集めてほしい」
モニター越しのジェイスは、絶句して目を丸くした。
画面に映し出されているディアスの姿がああまりにも異様だったからだ。
かつては女神と称され、冷徹な絶対者として余裕の笑みを浮かべていた男が、今はどうだ。
目の下に刻まれた深い隈、血の気の失せた白い肌、そして今にも画面を突き破って噛み付いてきそうなほどに血走った瞳。あの冷血な悪魔が、プライドを投げ捨てて、かつての仇である自分たちにまで頭を下げて情報を乞うている。
――こいつ、まさか……。
ジェイスの脳裏に、あのとき惑星クロネの酒場でマイトが笑いながら言い放った言葉が鮮烈に蘇る。
『洗脳されてるわけでも、無理やり嵌められてるわけでもねぇよ。俺はあの男に魂まで犯されて、喜んでその首輪を繋がれてんだ』
『俺にとっては今のほうがよっぽど居心地がいいのさ』
これまでジェイスは、マイトが何らかの精神操作を受け、ただの慰み者として弄ばれているのだと信じ込んでいた。だからこそ、本人が戻る意志を示さない以上は深追いすべきではないと見ないフリをしていたのだ。
だが、目の前にいるディアスのこの狂気じみた取り乱しようはどうだ。
たった一人の人間を奪われたというだけで、ここまで精神をすり減らし、狂わんばかりに焦燥している。
若は、本当に、この男に愛されているのか。
それがどれほど歪みきった残酷な執着であったとしても、今のディアスにとってマイトが「絶対に失うことのできない唯一のモノ」であることは疑いようがなかった。
その圧倒的な真実が、ジェイスの中に溜まっていたわだかまりを溶かしていく。
ジェイスは大きく息を吐き出すと、これまでの敵意を少しだけ緩め、真摯な眼差しをモニターに向けた。
『……クロネの周辺宙域は、俺たちエブラハムの古くからのシマだ。公のレーダーには絶対に映らねぇ、密輸業者や裏の運び屋どもの独自のネットワーク網がいくつもある』
「ならば――」
『ああ。隅から隅まで探ってやるよ』
ジェイスは力強く頷いた。彼にとっても、かつての頭であり大切な家族であるマイトの安否は一刻を争う一大事だった。
『若……いや、マイトが警察の狗どもに連れ去られたってんなら、俺たちにとっても他人事じゃねぇ。家族、だからな。アンタのその顔を見れば、若を取り戻すことにどれだけ本気かなんて痛いほど分かった。……必ず情報を引っ張り出して、そっちの回線に流してやる。だから……』
ジェイスはまっすぐに、画面越しのディアスの隻眼を見つめ返す。
『見つけたら、必ず若を助け出してやってくれ』
「……言われるまでもない。マイトは、オレのものだ」
ディアスは血走った瞳を深く伏せ、低く掠れた声で短く応じた。
『……頼んだぞ』
ジェイスのその言葉を最後に、ホログラムの通信がプツリと途切れる。
再び静寂の戻った暗い執務室で、ディアスはマイトの体温も匂いもすっかり消え失せてしまった冷たいベッドを見つめた。失われた半身の温もりをその掌に再現するように、ディアスは革手袋に包まれた指先でシーツをギリリと強く握りしめる。
「……待っていろ、マイト。地の果てまで追いかけて、必ずお前を取り戻してやる。……お前を連れ去った連中の肉も骨も、すべて残らず削ぎ落としてやるからな」
奥歯を軋ませ、病的なまでに蒼白な顔を上げたディアスの瞳の奥で、底知れぬ独占欲の炎が狂おしく燃え盛っていた。
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