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第2部 第15話

重厚な鉄扉が静かに開き、エリア長であるレディルが足を踏み入れた。 テーブルの向こう側、白い拘束衣に身を包み、椅子に固定されてぐったりと息を吐く男。 離脱症状と極度のストレスでやつれてはいるものの、その顔立ちは信じられないほどレディル自身に瓜二つだった。 まさに鏡を見ているかのような錯覚。 しかし、その無機質な空間に座る男が纏っている雰囲気は、規律正しい警官のレディルとは対照的に、どこか気怠げで、狂気を孕んだ艶かしさを残している。 レディルは冷ややかな目を向けたまま、手元の端末を軽くフリックしてDNA鑑定の結果を消去し、静かに口を開いた。 「……鑑定結果が出たのでね。取り引きにきた。マイト·エブラハム、お前は俺の……20年前に死んだはずの双子の弟だ」 マイトは微動だにせず、ただ血走った瞳をゆっくりとレディルに向けた。 その表情には驚きの色すらなかった。 確かに鏡のように、目の前の男の顔は自分に似ていた。声も苛立つくらいに同じ波形を響かせている。 「……はあ?20年前とか、今更なんだよ。お高くとまった正義の警官サマが、俺みたいな海賊の兄弟だなんていうのかよ、ばかなの?」 かすれた声で吐き捨てるマイトに対し、レディルは感情を一切表に出さず、淡々と告げた。 「お前のこれまでの経歴をみると罪状は重い。だが、上の連中からの沙汰で、組織の首謀者であるディアスを公に逮捕することは、政治的・管轄上の理由から許可されていない。だから俺は、お前を組織から引き剥がし、法的な手続きを経て『実家』へと戻すつもりでいる。勿論自由はない。幽閉させてもらう」 「……実家、だと?」 マイトの眉間がわずかにピクリと動いた。その反応を見逃さず、レディルはさらに残酷な真実を突きつける。 「そうだ。あと、勘違いしていると思うから伝えておこう。お前が信奉しているそのディアスにとって、お前が一体何の意味を持っているか知っているか?」 レディルは氷のような視線をマイトに突き刺した。 「ディアスにとって、お前は、この『俺』の身代わりでしかない。あの男は俺への未練の代償として、お前という似た顔の人形を側に置き、都合よく狂わせていただけだ。お前は最初から、ただの身代わりの道具に過ぎない」 「……はっ、ふざけるな……! ディアスが、俺を……オマエの代わり?そんなわけ……あるかっ!身代わりなんかじゃねえ」 ディアスの名前を聞いた瞬間にマイトの呼吸が荒くなり、拘束された身体がガタガタと震え始める。 その動揺を制するように、レディルは低く、明確な取引の条件を提示した。 「事実だ。その洗脳を覚ましたければ、俺と交渉しろ。ディアスの身柄を完全に確保するための作戦に協力し、組織の内部機密をすべて吐け。その見返りとして、お前のこれまでの犯罪記録は極刑を免れる。オマエの身柄はマース家で預かる。俺と同じ顔の犯罪者にうろうろされるのは困るのでね」 冷酷な真実を突きつけられてもなお、マイトの瞳に浮かんだのは絶望ではなく、歪んだ嘲笑だった。 「……はっ、ふざけるなよ。唯一のアイツのおもちゃなんだ、俺は。それともオマエがおもちゃだったとでもいうのか?」 血走った目を細め、マイトは乾いた笑い声を漏らす。 その気怠げで艶やかな唇が、狂気を帯びた笑みに歪んだ。 「それに、ほんと、知った風な口を利くな。俺のオヤジは、エブラハム・ロジャーの先代ただ一人だ。俺が6歳の時に拾われてから、それ以前の記憶なんて端からない……。お前が俺と顔が同じだからって、勝手に家族面するなよ。俺の家族はエブラハムにしかいねえ。警官がブラザーとか願い下げだ、ばーか」 吐き捨てる言葉には、育ての親であるロジャーや、今の主であるディアスに対する狂信的なまでの執着が滲んでいた。 ディアスが自分を身代わりとして扱っていたと言われても、マイトにとってはそのすべてを含めて彼の「全て」だった。 協力しろだと? ふざけんな。そんな取引に乗るくらいなら、ここで舌噛んで死んだ方がマシだわ。 そう吐き捨てようとした瞬間、マイトの脳裏で電撃的な閃きが走った。 ふと、目の前に立つ男――鏡のように自分と瓜二つのレディルを凝視する。 服装、階級章、そしてこの特級独房のセキュリティを自由に解錠できるその権限。 ……待てよ。こいつの顔と、俺の顔は完全に同じだ。 双子なら、DNAも網膜組織もすべてクリアできるな。 交渉に乗るふりをして、目の前の「双子の兄」であるエリア長を仕留めることができれば。 身代わりという言葉で思いついた作戦。 肉体を、身分を、すべて入れ替え、身代わりにする。 この鉄の独房から抜け出して再びディアスのもとへ戻る道が切り開ける。 マイトの胸の内で、絶望が脱出への狂気へと塗り替わっていく。 彼は酷い衰弱で震える体を無理やり抑え込み、嘲笑を浮かべたその顔にわずかな「従順さ」の仮面を貼り付けて、レディルを見据えた。 「……ああ、でも、俺も、まあ…………死にたくねえかな。取引内容聞かせてよ」 ふっと肩の力を抜いたように見せかけ、マイトは艶めかしく歪んでいた口元をふにゃりと緩めてみせた。 その気怠げな態度の裏で、頭脳はフル回転している。 表面上は降伏を受け入れたふりをしながら、どうやってこの男の意表を突くか――それだけに全神経を集中させていた。 「ねえ、その作戦って、一体どういうのさ? うちの戦闘団は手強いし、船長はめちゃくちゃつええけど……本当に大丈夫なのかよ、警官のおにいちゃん」 値踏みするような、それでいてどこかおどけた調子でレディルを見上げる。 その言葉の調子から殺意が消えたことで気を許したとでも思ったのか、マイトの死角で、レディルはゆっくりと息を吐きながら手元の端末に目を落とす。 マイトの心臓が激しく跳ねた。 拘束衣の中で脱臼の激痛に耐えながら、切られたり砕かれるより痛くねえと念じ、密かに引き抜き、自由を取り戻していた右腕。 そこに全神経を込めて、力を預けた。 気怠げな声色の裏腹、マイトの指先は、自分と瓜二つの男のすべてを奪い取るその瞬間を虎視眈々と待ち構えていた。

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