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第2部 第18話

漆黒の宇宙空間。 『我が副官と認識。帰還承諾する』 と通信が飛んできて、ブラック・シールドの巨大な旗艦が口を開けて待ち構えた。 しかし接近してきた特務戦闘機は、そのまま素直にドッキングベイへと収まることはなかった。 「……ハッ、見てろよ……ディアス……っ」 コックピットの中。 離脱症状で全身の筋肉が痙攣し、視界が白く明滅する限界の酩酊状態にありながら、マイトは脱臼の痛みで震える指で操縦桿を強く握り直した。 メインスロットルを限界まで押し込み、機体の姿勢制御システムを意図的にカットする。自動操縦でも、手動であってもマトモな頭の持ち主なら絶対におこなわない行為。 直後、宇宙警察の最新鋭機は物理法則をあざ笑うかのような超絶的なアクロバットな機動を描き始めた。 推進フレアの青白いプラズマ光条が宇宙の闇に鮮やかな軌跡を残す。 上下左右への凄まじい旋回と反転を繰り返し、最後に機体を大きくスライドさせて描き出したのは――広大な宇宙空間に浮かび上がる、不格好だがそれは巨大な「ハートマーク」の軌跡だった。 自分はどこまでもあなたを愛しているのだと言わんばかりの、あまりにも見せつけるような、そしてふざけきった愛情表現。 そのデタラメな曲技飛行を終えると同時に、戦闘機は推進力をストンと落とし、そのまま滑り込むように旗艦のメインハッチへと着艦した。 シューッ……! 重々しい排気音とともに、ドッキングベイの気密が保たれる。 静まり返った格納庫には、出迎えのためにずらりと並んだブラック・シールドの武装船員たちと、その最前列に立つ絶対的な主――ディアスの姿があった。 ガシャガコン、と戦闘機のキャノピーが開く。 「はぁっ……、はぁっ……、あ……っ」 タラップをフラフラと転がり落ちるようにして姿を現したのは、宇宙警察の漆黒の制服に身を包んだマイトだった。 全身は脂汗にまみれ、外れた右腕はだらりと下がり、顔色は死人のように蒼白だ。 荒い息を吐きながら床に膝をつき、それでもマイトは、潤んだ青い瞳でまっすぐに目の前へ歩み寄ったディアスを朦朧とした目をあげ見上げた。 「…………ただいま、ディアス……。……はは、言ったろ……絶対に、帰るって……、おそく、なった、けど、っ」 息も絶え絶えに、ひび割れた声を押し出して笑いかけるマイト。 ディアスは静かに膝をつくマイトの目の前に立った。その見下ろす疲れきった美貌には、底知れぬ安堵と、歪んだ狂喜が入り混じっていた。 「ああ。見事だ、マイト。……よく自らオレのもとへ帰ってきたね」 革手袋に包まれたディアスの手が、マイトの汗ばんだ頬を優しく撫でる。 だが――ディアスの漆黒の瞳の奥に、ふと「僅かな不安の疑念」が暗い影を落とした。 目の前で自分を見上げる、警察のエリート制服を着た男。 その顔は、ディアスのかつての親友。宇宙警察として生きていると知った「レディル・マース」と全くの瓜二つなのだ。 過酷な拘束と離脱症状でボロボロになっているとはいえ、もし、これが警察の巧妙な罠だとしたら。 マイトの顔をした「レディル本人」が、自らを騙すために潜り込んできたのだとしたら。 あるいは、マイトの脳がいじられ、記憶を書き換えられてしまっていたら――。 ほんの一瞬よぎったその最悪の疑念を振り払うように、ディアスの瞳が獰猛に細められた。 いや。あんな、アホなメッセージも、無茶苦茶な旋回のハートマークも、彼でしかありえないとは頭ではわかっている。 わかっていても、だ。 「……っ!? …………ディ、アス……?」 次の瞬間。 ディアスはマイトの頬を撫でていた手を下へと滑らせ、彼が身につけている警察制服のベルトを乱暴に掴み上げた。 そして、一切の躊躇もなく、バリッ! と下肢のズボンを力任せに引き裂き、マイトの下腹部を冷たい空気の中へ完全に曝け出したのだ。 周囲の船員たちが思わず息を呑んで目を逸らす中、ディアスの視線はマイトの肌に一直線に注がれた。 そこにあったのは、マイトが自ら欲しいとねだった決して消えることのない絶対的な服従の証。 かつて自分が直接その手で焼き付けた、所有の証の『焼印』。 「…………あぁ、マイト…………だな」 その所有の痕を見た瞬間、ディアスの胸の奥に渦巻いていた疑念と焦燥のすべてが、嘘のように溶けて消え去った。 レディルではない。 他の誰でもない。 これは、間違いなく自分が心血を注いで作り上げ、自分なしでは生きられないように狂わせた、世界でたった一匹の可愛い犬だ。 「…………ばか、ッ、はぁっ……んぁっ……、ディア、す……おれ、も、なんもないから……おかしくなりそうで……っ」 恥じらいもなく下半身を剥き出しにされたまま、主人の匂いと熱に当てられて発情したように求めてすり寄ってくるマイト。 その無防備で淫らな姿に、ディアスの中で張り詰めていた緊張の糸が完全に切れた。 「…………マイト……ッ!」 ディアスは床に崩れ落ちるマイトの身体を、骨が軋むほどの強い力で抱き寄せた。 普段の優雅な振る舞いなど完全に投げ捨て、汗と血の匂いにまみれたマイトの首筋に深く顔を埋める。 「よく帰ってきた……。…………お前はオレのモノだ。もう、誰にも、指一本、魂のひと欠片すら渡さない……っ」 「んっ……あはっ、…………ば、か、くるし、いよ、ディアス……。でも……俺も、あんたの顔見たら……あんしん、した……っ」 血走った表情でマイトをきつく抱きしめ続けるディアスの腕の中で、マイトはようやく安堵の笑みを浮かべて張り詰めていた意識を手放した。

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