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第2部 第6話

警察旗艦ブリッジ・エリア長執務室 重苦しい沈黙が漂う宇宙警察のエリア長執務室。 レディル・マースは、ホログラムモニターに映し出された最新の全天走査データを食い入るように凝縮していた。 荒涼とした砂の惑星クロネ――その寂れた居住区の片隅に、先ほどまで戦場で狂乱の如き機動を見せていたあの漆黒の機体、『ハニーエンジェル』の識別信号が静かに落ちている。 「見つけたぞ……あの不躾な野良犬め」 レディルのアイスブルーの瞳に、冷ややかな怒りと執念の火が灯る。 あの通信越しに聞いた「声」――自分自身と酷似した不快な響きを持つ男。 そして、何よりあの男が口にした「ディア様」という響き。 胸の奥が焼きちぎられるように痛む。 8年前、ブラック・シールドの首領であり、己の全てを捧げて守ろうとした愛しい親友――ディアス。 レディルはあの日、親友の精神疲弊による暴走に巻き込まれ、瀕死の重傷を負った。命は留めたものの、気づいた時にはディアスは出奔していた。 宇宙警察に入隊したのも、全ては、あの子を取り戻すため。 あの美しい親友を、海賊という闇の泥沼から引きずり出し、自分の手元へと奪還するために、レディルは宇宙警察のエリートという仮面を被り続けてきた。 レディルはデスクの暗号通信回線を起動し、最重要ラインへと接続した。 ホログラムの光が束ねられ、威厳に満ちた初老の男の影が浮かび上がる。宇宙警察最高幹部――総監。 そして他ならぬ、ディアスの真の父親である。 『……エリア長レディルか。先ほどの無断の作戦展開といい、一体何事だ。言ったはずだぞ、ブラック・シールドへの深追いは厳禁であると』 総監の声は冷酷で、底知れぬ圧迫感を孕んでいた。 自らの実の息子が宇宙を揺るがす大罪人『黒い女神ディア』であるという醜聞は、警察組織の根底を揺るがす。 総監は息子の不祥事を隠蔽し、闇に葬るために、あらゆる手を打ってきたのだ。 レディルは美しく気品ある顔立ちに一瞬だけ冷酷な笑みを浮かべ、毅然とした態度で頭を下げた。 「総監。お言葉を返すようですが、千載一遇の好機が訪れました。……現在、惑星クロネの地表にて、ブラック・シールドの副官でありディアの右腕とされる機体『ハニーエンジェル』の単独潜伏を確認いたしました」 『副官だと……?』 「はい。副官は現在、母艦を離れて地上に降りております。総監、あの機体の【即時拿捕】の許可をいただきたい」 『正気か、レディル!』 総監の声が一段と低く、鋭く響く。 『敵の副官など捕らえれば、メディアが嗅ぎつけ、ブラック・シールドの首領へと捜査の目が向く。息子の存在が公になれば、我がレイフス家どころか警察組織の全信頼が失墜するのだぞ!』 「お言葉ですが、逆でございます、総監」 レディルはデスクに両手をつき、アイスブルーの瞳を射抜くようにホログラムへ向けた。 「あの副官は、彼が異常なまでに執着している男です。奴を生け捕りにし、極秘裏に手札として握る……。そうすれば、彼と『直接の取引』が可能になります」 『取引、だと……?』 「左様です。ディアにブラック・シールドを解散させ、おとなしく投降させるための【絶対的な人質】となります。これならば醜聞を公にすることなく、彼を静かに家へと連れ戻し、あなたの管理下に置くことができる。警察の面目も、レイフス家の名誉も、全て守られます」 総監は沈黙した。 画面の向こうで、老獪な男が損得を計算する気配が漂う。 息子を闇から引きずり下ろし、醜聞を永久に封印できる唯一のカード――。 『……ふむ。一理あるな。だが、データを見る限り奴の操縦技術は脅威だ。取り逃がせばブラック・シールド本隊を呼び寄せる結果になるぞ』 「ご安心ください。すでに策は整っております」 レディルは唇の端を吊り上げ、冷徹な作戦ホログラムを展開させた。 「大気圏を持つ惑星から宇宙空間へ突出する直前――機体が重力圏を離脱し、最大推進力を得るための一瞬、姿勢制御が最も鈍くなる【大気圏離脱の絶対隙】が存在します。どれほど天才的なパイロットであろうと、物理法則には抗えません」 モニターには、惑星クロネの上層気流と、ハニーエンジェルが浮上するであろう予測軌道が青く光っていた。 「大気圏を抜けた瞬間、重力と慣性の狭間で動きが鈍るその一秒。我が直轄部隊の特殊電磁捕獲弾を打ち込み、エンジンを全停止させます。……反撃の隙すら与えずに、完全に無力化してみせます」 総監はしばらく息を潜めていたが、やがて重々しく頷いた。 『……許可する。ただし、条件が二つだ。第一に、本件は警察の公式記録から完全に抹消すること。第二に、捕らえた副官は直ちに秘密施設へ移送し、取引ができるまで厳重に隠蔽せよ』 「了解いたしました、総監。……彼は、必ずや我が手で取り戻してみせます」 通信が切れる。 ホログラムの光が消え、暗闇に戻った執務室で、レディルは自身の喉元に手を当てた。 「……待っていてくれ、ディアス。あんな汚らわしい海賊たちなど……すぐに排除してあげるからね」 レディルは昏い笑みを浮かべる。 「全艦へ通達。目標が惑星クロネを離陸した瞬間、大気圏外にて待ち伏せを開始する。……あの生意気な撃墜王を、檻に放り込んでやる」 冷酷な仮面を貼り直したレディルは、不遜なハニーエンジェルを追い詰めるべく、静かに旗艦を前進させた。

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