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第2部 第24話
ブラック・シールドの旗艦、船長の私室。
一週間におよぶディアスのもとでの手厚い療養を経て、体力はもどってきていたが、時折りメンタルの不安定になることがあった。
ディアスはマイトのメンタル値がさがると、身体を腕の中に抱きしめに部屋に戻る。
心地よい室温と微睡みの中、主人の温もりに包まれて目を覚ましたマイトは、ふと、あの宇宙警察の基地を命からがら脱出したときの記憶を思い出していた。
「……なあ、ディアス」
掠れていた声もいくらか艶を取り戻し、マイトはディアスの胸元に顔を預けたまま、気怠げに口を開いた。
「俺、あそこで変な奴に会ったんだ。……俺と顔がそっくりな『双子のおにいちゃん』だとかいう、エリア長のレディルってやつ」
マイトはベッドサイドの床に放り出してあった警察の制服のポケットを探り、そこから一枚のカードを取り出した。
気絶させたレディルから剥ぎ取ってきた、エリア長のマスターIDカードだ。
それをひらひらとディアスの目の前に差し出す。
厳重な警備の中、彼が自力で脱走できたイレギュラーな理由。
「ほら、これ。そいつから奪ってきた本物のID。……顔だけじゃなくて、声も骨格も、なんか気味が悪いぐらい俺にそっくりだったぜ。まあ、ホントに双子っていうならDNA一緒だろって閃いてさ、脱走の道具に全部奪ってやったけどさ」
そこまで言ったところで、マイトの指先が、ディアスの胸元に絡みついたシーツをトントンと頼りなげに叩いた。
さっきまでの気怠げな態度はふっと消え失せ、潤んだ青い瞳の奥に、隠しきれない微かな不安の影が落ちる。
「……でもよ。あいつ、言ってたんだよ。アンタにとっての俺は、あの『オリジナル』であるあいつの代用品で偽物だって……。俺が記憶を取り戻した時、アンタさ……俺を……代用品のつもりだったって、いってたよな……」
言葉の端が、酷く縋るように揺れていた。
警察の冷たい独房の中で浴びせられたあの言葉は、マイトの心を抉るには十分すぎた。
強がってそんなことはないと否定したが、もしも本当に、今も自分がただの「代わりの人形」だけなのだとしたら。
本物のオリジナルであるあの双子の兄が目の前に現れた今、自分はディアスに捨てられてしまうのではないか。
そんな暗い恐怖が、底知れぬ記憶の奥深くで冷たく疼く。
捨てられたらと何度も錯乱したのも、レディルの言葉が引っかかっていたからだ。
思い返す度に精神が揺さぶられる。
「……もし、俺が代用品だったらさ。本物のあいつの方が、都合がいいわけ?」
レディルの、双子……? だ、と。
ディアスはマイトの問いかけよりも、その言葉の響きに別のことで激しく気をとられていた。
「…………オマエが、レディルの双子…………?」
「……いまさら、本物選ぶとか、そんなの、絶対に嫌だからな」
ディアスが絶句していることにも気づかず、マイトは眉をハの字に曲げ、ふっと唇を尖らせながらディアスの首元にぐっと顔をうずめた。
返答がないことに本気で怯えたように力なく腕を回しギュッとディアスの身体にしがみつき、言い聞かせるようにか細い声で呟き続ける。
「俺以外の奴なんて……絶対に、もういらないって言ってくれ、ディアス……」
その身勝手で、痛々しいほど必死な縋りつきを受けた瞬間。
マイトがレディルの双子だという衝撃的な事実のあまり、すっかり飛んでいたディアスの思考が、強烈な衝撃とともに硬直した。
脳裏に、長く心の奥底に封じ込めていた「遠い昔の記憶」が、鮮烈な色彩を伴って激しくフラッシュバックする。
マース家の双子であったレディルとグラム、そして幼馴染であった自分。
3人で無邪気に庭を駆け回っていた、光の満ちたあの日の風景。
『ディア、おっきくなったら、俺のお嫁さんになってよ!ディアみたいな、キレイできらきらのお嫁さん、ぜったい僕が幸せにするからね!』
無邪気で、勝ち気で、そして誰よりも強い独占欲に満ちた笑顔でそう言い放った、幼いヒヨコのようなふわふわな金髪のグラム。
その面影が、いま自分の胸元で不安げに縋りつく「マイト」の顔に、ピタリと重なった。
あの日、海賊の襲撃によってグラムが宇宙の塵になったと聞かされた時、ディアスの心には永遠に埋まらない巨大な穴が空いた。
グラムを失った絶望と底知れぬ喪失感に耐えきれず、残された「同じ顔」を持つレディルに異常なまでに執着した。
レディルを傍に置き、グラムの幻影を追っていたのだ。
そして大人になり、記憶を失った海賊「マイト」を見つけた時。
ディアスは当初、彼をレディルの身代わりとして手元に引きずり込んだつもりだった。
……だが、違ったのだ。
代用品なものか。
お前がグラムなら、逆だ。
レディルこそが、お前の代用品に過ぎなかった。
ディアスの胸の奥で、甘く、そして狂おしいほどの歓喜が激しく渦を巻く。
この男こそが、あの日失われたと絶望していた愛しい面影、「本物(オリジナル)」そのものだったのだ。
ディアスは震える指先でマイトの頬をそっと包み込み、まるで壊れ物に触れるかのような熱を帯びた声で問いかけた。
「……お前は、レディルの双子のグラムなのか?」
「グラム? ……親父に拾われる前の記憶なんてまったくねぇから、俺には分かんねぇよ」
マイトは小首をかしげ、正直にそう答えた。
「グラムは、レディルと同様オレの幼なじみだ。6歳の時、遊覧船が襲われて死んだ」
「…………なら、そうかもしれねえな。オヤジも俺を遊覧船で拾ったって言ってたし。俺は思い出せないけどさ」
ディアスの期待にうまく応えられないのを、マイトは申し訳なさそうに眉を下げた。
だが、すぐにふっと柔らかく、純粋な笑みを浮かべてディアスの首元に腕を回す。
「だけどさ……。俺は2回、ディアスに一目惚れしてんだ」
「2回……?」
「ああ。1回目は、最初に船で体当たりして目覚めた時。あの時はすぐにアンタが黒い女神のディアだと気づいたし、恨みの方が強くてすぐに『なかったこと』にしてフタをしたけどさ……。本当は最初から、アンタの姿にどうしようもなく惹かれてた」
マイトは愛おしそうにディアスの冷たく美しい鼻筋に、自らの鼻先をすり寄せた。
「だからさ……もし俺がその『グラム』ってやつで、子供の頃にアンタに会っていたんだとしたら……きっと、その時の俺も、間違いなくアンタに惚れてたよ」
その言葉は、ディアスの魂を根底から揺さぶった。
記憶がなくても、立場が変わっていようとも、運命がどれほど彼を残酷に引き裂こうとも。
この魂は、いつだって必ず自分を見つけ出し、自分に惹かれ、自分だけを求めてくれる。
『お嫁さんになってよ』と笑った幼き日の約束が、長い年月と途方もない喪失を経て、今ここで完璧な形となって果たされたのだ。
「……マイト……オマエだけが俺の唯一だよ」
愛おしさが限界を超え、拒絶される恐怖など微塵も残させないほどの圧倒的な熱量で、ディアスはマイトを力強く抱きしめ、その唇を狂おしく貪った。
「代用品などではない。オレにとって今価値があるのは、この宇宙で唯一、オレにした魂まで差し出したお前だけだ」
「ん、ッンンッ……ディアス………っ!」
優越感と、逃れられない依存の快楽がマイトの脳髄を溶かしていく。
自分が代用品などではなく、この男の唯一無二なのだという事実が、マイトのすべてを完全に満たし、狂おしいほどの幸福感で包み込んでいった。
「お前を不安にさせたレディルは、いずれ私が直々にその首を刎ねてやろう。……私の可愛い人に、二度と安い言葉を吐けないようにな」
ディアスが底知れぬ独占欲と殺意を口にした瞬間、マイトはふっと妖しく、しかしどこか満足げな笑みを浮かべて首を振った。
「あー。仕返しなら、もうしてきたからさ」
「……何?」
悪戯を成功させた子供のように、マイトはクスクスと喉を鳴らす。
「脱出するついでに、そいつのマスターIDで警察のマスターサーバーにハッキングかましてやったんだ。あいつのデータベースも、防衛記録も、見つからないようにぐちゃぐちゃに改竄しまくって破壊してやったのさ」
マイトは勝ち誇ったような、艶やかな笑みを深める。
「あいつ、今ごろ大失態の責任を押し付けられて、顔を真っ青にして頭抱えてるころだぜ。警察の中で、あいつは暫くもうまともに生きていけないはずさ。だから、わざわざアンタがこっちから手を下さなくてもいいよ」
マイトはディアスの胸元にすり寄り、熱を帯びた瞳でその顔を見上げる。
同じ顔、同じ遺伝子を持つ双子だからこそ、レディルが心の奥底で抱くであろう感情や、「ディアス」という存在に深く囚われていく予感が、マイトには痛いほど分かっていた。
だからこそ、これ以上ディアスの視界や時間を一秒たりとも割いてほしくなかったのだ。
「同じDNAだっていうならさ、あいつだって、アンタに惹かれるのは当然だろ。アンタも、俺と同じ顔のヤツ殺せないだろ?だから、もう関わるのはやめてほしい。アンタの視界に二度と入れないでくれ」
マイトはディアスの首筋に腕を回し、独占欲に満ちた歪んだ笑みを浮かべてねだるように囁いた。
「俺だけを見ててよ、ディアス。……それに、その手でいじめるのも、狂わせてくれるのも、そうだな……殺すのもさ俺だけでいい。ディアスが手をかけるのは、俺だけで十分だろ?」
愛しい主のすべてを独り占めしたいという激しい衝動が、マイトの瞳を黒々と狂気の色に染め上げる。
「……ああ。お前の言う通りだ。安心していい。過去の亡霊など、もうどうでもいい」
その歪みきった、しかし自分だけに向けられる圧倒的な執着を愛おしむように、ディアスは低く笑いながらマイトの唇を再び激しく塞いだ。
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