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第2部 第25話
ガチャリ、と重厚な扉を開けて執務室に足を踏み入れると、そこにはいつものように美しさを纏ってデスクに向かうディアスの姿があった。
「おや、もう仕事に出られるほど回復したのかい、マイト」
顔を上げたディアスが、どこか楽しげな、それでいて底知れない愛着を滲ませた笑みを向けてくる。
甘い介護期間も終わり、二ヶ月くらい生業に対しての任務をしていなかったマイトはバツが悪そうに頬をポリポリとかきながらも、自分の席へと歩み寄り、手際よく端末を取り出した。
「いつまでもベッドでゴロゴロしてたら、部下どもに示しつかねえだろ。……で、今日はどこを探索すりゃいいんだよ」
言うが早いか、マイトは手元の端末を操作し、艦の周囲の宙域や、直近の探索ルートのデータを呼び出す。
するとディアスは、ふっと優美に微笑みながら、キーボードから手を離して背もたれに体を預けた。
「そう復帰を急ぐ必要はないさ。……そういえば、マイト。君に一つ話していなかったことがあったね」
「ん? なんだよ、改まって」
手元の画面から視線を外さずに問い返すマイトに、ディアスは意味深な響きを含んだ声を落とした。
「あのとき――君が宇宙警察の施設から決死の帰還を果たしただろう? あの直前、ジェイスが君の居場所を正確に突き止めてくれたんだよ。そして、オレがその座標に向かって部隊を動かそうとしたまさにその時、君が自力で戻ってきた」
「は……? ジェイが俺の居場所を?」
マイトは手を止め、ハッと目を見開いた。
あの命からがら逃げ惑い、もう二度とディアスの元へは戻れないかもしれないと絶望しかけていたあの時。
あのジェイスが、自分の痕跡を追いかけてくれていたというのか。
「そうさ。奴のおかげで、君がどこに移送されて収監させられているか正確な情報があった」
「マジかよ……。あいつ、あの状況でよく俺の居場所なんて……。ああ、クロネの近くだったから、な」
得心がいったようなマイトに、ディアスはさらに畳みかけるように告げた。
「だからこそ、君のいた座標とオレたちの艦はすぐ近くだったのさ。ジェイスが絞り込んだエリアの、目と鼻の先で君はオレたちの艦と合流したんだからね」
「へぇ……。だから、あの時やけに近い座標にいたのかよ……。納得だわ」
謎が解けたようにマイトが一人で腑に落ちていると、ディアスはふと、悪戯っぽく、しかしどこか慈愛に満ちた目を細めた。
「まあ、君が戻ったことは伝えたが」
「心配かけたかな」
家族だと伝えられたのを思い出し、苦笑いしながら端末を閉じようとしたマイトに、ディアスは不意にこんな提案を口にした。
「よければね、今の君の無事な姿を映して、直に通信を入れてやってもいいんだよ? 彼は今も君の安否を気にかけているはずだからね」
「……は?」
マイトはあまりの意外さに、端末を持ったままポカンと口を開けてディアスを見つめた。
あの猛烈な独占欲を誇るディアスが、自分の元の仲間に対して、自分から「通信を入れていい」と言い出すなんて――。
信じられないものを見るような目で固まるマイトに、ディアスは余裕の笑みを浮かべたまま、端末の画面へと視線を促すのだった。
「……いいのかよ?」
マイトは思わず手を止め、信じられないものを見るような目でディアスを見つめた。
あれほど強い独占欲を剥き出しにし、自分を他の誰にも渡さないと執着しているこの男が、自分から「他の男に連絡を入れてもいい」などと言い出すなんて思ってもみなかったからだ。
自分から連絡したいと言っても、「余計な虫に連絡など不要だ」と冷たく一蹴されるかと思っていただけに、その寛大な提案に拍子抜けしてしまう。
マイトの戸惑いを察したように、ディアスは優美な笑みを崩さず、静かに首を横に振った。
「もちろんさ。意外かい?」
「そりゃあな……。アンタがそんな、元の仲間と連絡取らせるなんて言うから、ジェイにまた変な心配かけてるのも引っかかってはいたけど……いいのかよ、本当に?」
マイトが少しだけ眉を下げて確認すると、ディアスはデスクの端に置かれた端末を軽く指先で叩き、どこか含みのある、しかし確信に満ちた声を落とした。
「いいとも。なぜなら、ヤツがあのとき正確な位置情報をくれなければ、オレたちがあの宙域にたどり着くのはもっと遅れていたからね」
ディアスの黒い瞳が、ふと真摯な光を帯びる。
「あのときの君は、心身ともに極限まで追い詰められていた。もし発見があと数時間遅れていたら――。通信もらってワープを繰り返しても、辿り着いた時には精神的にも肉体的にも、もう持たなかったかもしれない」
その言葉に、マイトはハッと息を呑んだ。
あの時の自分がどれほどボロボロで、自分の名前すら曖昧なまま、孤独と恐怖のなかで崩壊寸前だったのか。
ジェイスが必死に探したデータがあったからこそ、ディアスは間に合ったのだ。
「ジェイスが君の居場所を突き止めてくれたおかげで、オレは最短ルートで君のもとへ駆けつけ、この腕に抱き留めることができた。……だからこそ、彼には感謝こそすれ、今の君を奪われると心配はしていない」
圧倒的な自信と、マイトに対する絶対の信頼。
「今のマイトは完全に自分のものだ」という揺るぎない事実があるからこそ、ディアスは他の男の存在すらも、余裕の笑みで受け流すことができた。
その自分を救ってくれた者への「正当な評価」を聞き、マイトは少しだけ照れくさそうに鼻を掻いた。
「……なんだよそれ。なんか、すげえ納得しちまったじゃねぇか」
不貞腐れたように笑いながらも、マイトの胸の奥にはじんわりと温かいものが広がっていた。
独占欲の塊のような男が、ちゃんと自分のために動いてくれた仲間の功績を認め、こうして優しく背中を押してくれる。それが何よりも嬉しかった。
「じゃあ……お言葉に甘えて、一言くらい通信入れておくか。あいつ、ガキの頃から心配性だからな」
そう言ってマイトが端末を操作し始めると、ディアスは満足げに深く頷き、優しく微笑みながらその手元を見守る。
マイトは手元の端末を器用に操作し、ディアスに見せつけるようにしてホログラムの画面を宙に展開した。
長らく使っていなかった古い暗号回線。
ジェイスとの連絡網に接続を試みると、わずかなノイズのあと、コール音が響き渡る。
数コールののち、画面がパッと明るくなり、そこにジェイスの姿が映し出された。
「……っ、若か!?」
画面の向こうのジェイスは、驚愕と、それを隠しきれない安堵の色を浮かべて叫んだ。
背後には慌ただしく動く艦のブリッジの様子が見え、彼がどれほど必死に動き回っていたかが一目でわかる。
「おう、ジェイ。生きてるぞ。ありがとう」
マイトが普段通りの不敵な笑みを浮かべて手を振ると、ジェイスはガシッと額に手を当て、深い息を吐き出した。
生きて還ってきた元首領の姿に、ようやく肩の荷が下りたという表情だ。
「無事でよかった……。お前がドジ踏んだと聞いて、どれだけこっちが……って、待て、お前、後ろにいるのって……」
ジェイスの視線が、マイトの背後に座るディアスを捉えてピタリと止まる。
その姿を認めたジェイスは、反射的に姿勢を正そうとしたが、画面越しにディアスが優雅に片手を挙げて余裕の笑みを向けると、複雑そうに顔を引きつらせた。
「……まあ、色々あったけどさ。ジェイ。お前が俺の居場所のデータを送ってくれたおかげで、こいつと合流できたんだ。本当に助かった。ありがとよ」
マイトがまっすぐに感謝を伝えると、ジェイスは一瞬ぽかんとしたあと、照れくさそうに顔を背けてフッと鼻で笑った。
「……若。何を今さら水臭いこと言ってやがる。俺ら家族に向かって礼なんていらねぇよ」
画面越しにぶっきらぼうに吐き捨てながらも、ジェイスの表情はどこか穏やかだった。
「お前がどこにいようと、お前が選んだ道なら、俺たち『家族』は全員、お前の幸せを祈ってる。……ま、その悪魔の隣を選んだのはわかってるけど、な。これ以上俺たちをハラハラさせるなよ」
「はは、善処するわ。心配かけて悪かったな。じゃあな、ジェイ」
「ああ、達者でな」
通信がプツリと切れ、ホログラムが消える。
静かになった執務室で、マイトはふぅと息をつき、隣に座るディアスへと視線を向けた。
「……家族、か。あいつらしいぜ」
苦笑いしながらも胸の奥が温かくなるのを感じていると、ディアスは立ち上がり、マイトの椅子に歩み寄ってその肩を優しく抱き寄せた。
「いい家族を持ってるんだね。マイト」
「だな。……まあ、一番の幸せは、今ここにいることだけどさ」
マイトがふっと笑ってディアスを見上げると、ディアスは愛おしそうに微笑み、その唇に優しく口づけを落とした。
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