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3:従者と獣

「ルーカス、本当に来てくれたんだ!」 物々しい装飾が施された扉を開けると、エミールはソファに座って待っていた。 アストレア魔道学院の奥まったところにある一室。ただの教室と違い、トロフィーや絵画が飾られている豪華な部屋。広さはそれほどないが、革張りのソファが中央に置かれている。特別第三応接室だ。 放課後、ルーカスはエミールに呼び出されてこの特別第三応接室を訪れた。 用件はもちろん、”魔力の特訓”。 「……何、この部屋」 「ああ、先生に言って貸してもらったんだ。父さんが、仕事で使わない時は好きにしていいって言ってたって」 「公共物を私的利用するのは犯罪だろ」 「じゃ、ルーカスも共犯だ。みんなには秘密ね」 ルーカスの小言にも全く動じず、エミールはにこりと笑う。 アストレア魔道学院は国立の学校だが、レーヴェンタール宰相の息がかかっている。エミールはそのコネである程度自由に使えるのだろう。 ルーカスがエミールの正面に座ると、エミールは立ち上がり、ルーカスの隣に腰掛けた。 「離れてくれない?」 「特訓は近づかないと出来ないからさ」 「……何すんのさ」 じろりと睨むルーカスの手を取り、エミールはふふっと笑う。両方の手のひらを重ね、指を絡める。 「手を繋いで、魔力を行き交いさせるんだ。頭の中で風船をイメージして」 「風船」 「そ。それで、僕が魔力をガッと入れるね。そしたら、ルーカスはその風船をふーって膨らませる。そしたら、今度はルーカスが僕に魔力を入れて。繰り返す」 「……なるほど」 フードファイターが胃袋を大きくするようなイメージだろうか。たくさん入れて、許容できる袋を大きくする。 試しに一回やってみると、身体がぽかぽかとしてきた。成功だ。 「へえ、やっぱり君は筋が良いね」 エミールの瞳が輝いていた。なんだ、じろりと睨むと、エミールは嬉しそうに続ける。 「この魔法の特訓って身体の中の“魔力”に意識を向けなきゃいけないんだけど、一般人には難しいんだ。けど、“召喚士”は違う。召喚獣に魔力を与えるから、コツを掴みやすいんだって」 魔力供給の特訓がまだ実験段階なのは、そのコツを掴める人が少ないかららしい。 エミールは一緒に特訓できる人を探していたが、コツを掴めた人はいなかった。そこに現れたのが、召喚士のルーカス。 事情が分かればルーカスの警戒も少しは解けた。 無駄話をやめ、特訓を再開する。 ルーカスは目をつむり、エミールから注がれる魔力に集中した。手のひらから注がれる熱がルーカスの身体を走る。勢いで身体が圧されるが、ぐっと耐える。 イメージする風船はまだ硬いようで、あんまり大きくなった気はしない。 今度はルーカスが魔力を注ぐ。キャッチボールのように、何度か繰り返した。 他人の魔力が入ってくるのは初めてだ。ルーカスは唇を噛んで、慣れない感覚に耐える。ぽかぽかして、ぞわぞわして、落ち着かない。 頬が上気する気がして、けれどエミールに悟られたくなくて、口をつぐんでいた。 どのくらい魔力のキャッチボールをしていたか分からないが、若干疲れてきた。 ちらりと前に視線を向けるとエミールの顔にも疲労が見える。 早く終わりにしろよ、と睨むと、エミールは気づいたのか、にこりと笑った。 「今日はこれくらいにしよっか」 ぱっと手を離される。 ルーカスはほっと胸をなで下ろした。手のひらが汗ばんでいる。他人と手を繋ぐなんてしたことがない。 「ルーカス、特訓はどうだった?」 「まあ、いいんじゃない。でも、まだかかりそうだな。あんたは?」 「んー、僕もまだかなぁ。ちょっとゴムが硬い気がしたよね」 わかる、と小さく返すと、エミールはころころと笑った。 「しばらくは特訓だね。ゴム、柔らかくしないと」 「……ああ」 もう終わりかな、と席を立とうとすると、エミールは「待って待って」と軽く止めた。 「お茶しよ? 僕、ルーカスのこと知りたい」 「僕はあんたに興味ない」 「ほんとだよね。ショックだなぁ。僕、こう見えて優良物件だよ」 関係ない、と返したけれど、途端に応接室の扉がカチャ、と開いた。黒い燕尾服の執事が入ってくる。エミールが軽く手をあげると、執事はてきぱきと紅茶を準備した。並んで置かれるカップが目に入ると、さすがに帰るのは腰が引ける。 「あんたってさ、ワガママって言われない?」 「あ、わかる? ルーカスは冷たいって言われるでしょ」 「……帰る」 「あー、待って待って。違うって。ほんとは冷たくないよね。わかるよ」 ブレザーの裾をつかまれては帰れない。ルーカスは渋々もとの席に戻った。距離をとりたいが、エミールがつめて座ってくるから狭い。真正面に座れば良かったと後悔する。 「ルーカスは冷たいんじゃないよね。人との距離が分かんないだけ」 「あんたもだろ。近い」 「これが適正な距離なんだよ」 ほんとかよ、と返しそうになるが、確かにルーカスは他人と並んでお茶をしたことがない。もしかしたらそうなのかもしれない、と思ってそのままカップをとった。 「普通はさ、『なんでエミールさんは魔力を増やしたいんですか?』って聞くとこだよね」 「聞いてほしいの?」 「うん」 「……勝手に言えばいいじゃん」 「聞いてほしいんじゃん」 めんどくさいな、と内心思うものの、ルーカスは棒読みで「なんで魔力を増やしたいんですか?」と聞いた。 「ルーカス、僕に興味持ってくれたんだね」 「あんたが言わせたんだろ」 「実はさ、僕の父は宰相なんだけど。それもあってみんなからの期待が重いんだよ」 「ほんとに人の話聞かないよね、あんた」 「優秀な成績を残さないといけないし、行く末は僕も宰相でしょ。そしたらすごい魔法を使えるようになっておかないと。国の一大事だからね」 「あんたがなるかは分からないだろ」 「大体こういうのって世襲制じゃん」 エミールの声は、抑揚はあるが平坦だった。悲しそうに、楽しそうにと聞こえるようにしている。わざとらしい。何度も他の人に言っているセリフなのだろう。 「大変だねって言ってほしいの?」 「うん」 「……大変だね」 「そう! じゃあ今度はルーカスの番だよ」 は、とルーカスは勢いよく眉根を寄せた。 可哀想な身の上話を延々と聞かされるのかと思ったのに。話が違う。ただ聞くだけなら時間が過ぎるのを待てばいいが、自分から他人に話をしたことはない。 一気に抵抗感が増して、思いっきり顔をしかめてしまった。エミールはその表情を見て腹を抱えて笑った。 「ほんと面白いね、ルーカス」 「面白くない」 「まあ、ぼちぼち聞かせてよ。その召喚獣のこととかさ。ルーカスのことも知りたいし」 「断る」 「僕の話は聞いたのに?」 「あんたが聞かせたんだろ」 「でも、聞いた。聞き逃げは許さないよ」 エミールは瞳を細める。 「ゆっくりでいいからさ。まだ”特訓”は始まったばかりなんだ。いい友達になろうよ」 ルーカスは疲労感を覚えた。 断ったとしても、おそらく言う羽目になるんだろう。確信に近い予感がして、はぁ、と深くため息をついた。 帰宅してすぐジークを召喚した。 途端、ジークは目を見開いて、顔を強ばらせた。 「どうした?」 「……いえ、」 「体調悪いのか? 今日は……」 「いえ、違います。その……いや、気のせい、かも……」 いつもならぶんぶんと尻尾を振りながら世話をするのに、眉根を寄せてうつむいている。体調が悪いわけではなさそうだが、こんなことは初めてだ。 ジークをベッドに座らせ、ルーカスも隣に座った。 ジークの尻尾が落ち着かない。ぱた、ぱた、せわしなく毛布を叩く。 「違うひとの感覚がする。ぞわぞわする」 「え? あー。今日、魔力の特訓したからかな」 「特訓?」 「ああ。昨日、なんか偉そうなヤツがいるって言ったじゃん。そいつと魔力を増やす特訓を始めたんだ」 ジークの表情がより険しくなった。 「何したんですか」 「え、あー…。魔力を行き交いさせて、許容量を増やす、みたいな」 「なんでです」 「なんでって……」 ルーカスは内心冷や汗をかいた。こんなに苛立っているジークは初めてだ。 子供の頃に八つ当たりして叩いた時もこんなに怒っていなかった。ジークの一張羅をうっかりソースで汚してしまった時も笑って許してくれたのに。 「魔力量を増やしたいんだよ。そうしたら、お前を召喚できる時間も増えるだろ」 言い訳するように話すと、ジークを纏う空気が若干柔らかくなった。 まだ眉間の皺は消えないが、「そうですか」とだけ呟いて、尻尾はぱたりと止まった。 「俺のためですか」 「え、ま、まあ。そう、だけど」 「主様は、俺にたくさん会いたいって思ってくれてるんですか」 ジークはルーカスの瞳をじっと見つめる。ルーカスは一瞬言葉に詰まった。 ーーたくさん会いたいって思ってくれてるんですか。 そりゃそうだ。たくさんそばにいたいから頑張っている。 けれど、改まって聞かれると恥ずかしさが勝ってしまった。 ルーカスは視線を泳がせ、「んー」と言いよどむ。おそらく頬はやや赤い。 「まあ、そうだよ。身の回りの世話してもらうにはその方が便利だし。学校のテストも魔法使うしさ」 色々な理由を付け足して、”もっとそばにいたいから”という理由を薄めた。 照れてしまったというのもあるし、それに、その”そばにいたい”の奥には、もっと、柔らかい、触れてはいけない気持ちが隠れている気がしたから。 ジークは複雑そうな顔を浮かべるも、眉を下げて「わかりました」と笑った。 「その特訓、俺とはできないですか」 ジークの真剣な表情に、ルーカスはどきりとした。 そして、じっと考える。 いつもはルーカスが魔力を与え、ジークが魔力を受け取っている。ジークからもらったことはないが、魔力のキャッチボールは初対面の人間同士よりやりやすいのではないだろうか。 「多分できる。……それに、どっちかって言うと、お前に頼みたいかも。なんか他のヤツだと慣れないんだよな」 「……はい」 ジークはやっと顔をほころばせた。 ルーカスは胸をなで下ろした。よかった。いつもの、嬉しそうな表情だ。 召喚できる時間も限られている。試しに特訓を始めることにした。 ベッドに並んで座り、手を繋ぐ。両手を重ね、指を絡めた。 ジークの手は二回り以上大きく、小さなルーカスの手がすっぽり収まった。 ルーカスは一生懸命指を広げて、大きな指の隙間に引っかける。 「お前、大きいな。手」 「主様が小さいんですよ」 「そんなことないし」 拗ねるように唇を尖らせると、ジークは目尻を下げて微笑んだ。重なる手を愛おしそうに見つめる。 「とりあえず僕が魔力を入れるから、そのあとお前も返してくれ」 「わかりました」 「キツかったら言えよ。緩めるから」 はい、と返事が返ってきて、ルーカスは瞳を閉じた。 集中して、ぐぐ、と魔力を注入する。身体の奥底からぽかぽかと温かくなってくる。 ん、とうわずった声を漏らすと、ジークの身体がぴくりと動いた。 「あ、痛かったか?」 「……いえ。大丈夫です」 「続けるけど平気か?」 「はい」 ジークの顔はやや赤らんでいるが、辛そうではない。ルーカスはそのまま続けた。 しばらく注入を続けて、はぁ、と息を切らす。思ったより消耗する作業に疲労を感じていた。二回目だから尚更だ。 「主様、大丈夫ですか?」 「あ、ああ。……平気。じゃ、今度はお前から頼む」 わかりました、と微笑まれた。手をしっかりとつなぎ直す。 ルーカスは頭の中で風船を意識して、そして、 「わっ……!?」 濁流のように流れ込んできたエネルギーに、全身が吹き飛びそうになった。 瞬間、手のひらが離れそうになるも、ジークが勢いよく握り、ルーカスの手を引いた。ルーカスはそのまま、反動で立派な体躯に飛び込んだ。 「大丈夫ですか?」 「あ、ああ、……うん。び、びっくりした」 「ちょっと強かったですね。すみません。次は加減します」 息を整えるより先に、ジークは手を繋ぎ直した。魔力を注入する。 ルーカスは戸惑った。体勢を整えたかったのに、抱きしめられたままだ。 今度はとくとくと、ゆっくりした流れだった。ルーカスは目をつむり、魔力に集中する。 緩やかに入ってくるジークの魔力が心地よい。全身の血液に乗って、体の中を入れ替えられるような不思議な感覚だった。 ジークの体温はひとより高い。中からも外からもジークの熱が届いて、そのせいか、次第に落ち着かない気持ちになった。汗ばんで、妙に照れくさくて、恥ずかしい。 うっすらと瞳を開けて、ジークの顔を見上げた。途端、ルーカスは息を呑んだ。 ジークの瞳は、初めて見る鋭さを持っていた。 「え、あ、ジーク?」 「……どうしました?」 「あ、いや……」 「今日はもうやめますか?」 にこりと微笑む顔はいつものジークに戻っていた。 気のせいだろうか。慣れないことをしたからか。 妙にそわそわする感覚が残るも、今日の特訓は終わりにすることにした。 「ありがと。ちょっと風船が膨らんだ気がする」 「よかったです。俺、いつでもやりますので。呼んでください」 「ああ。じゃ、しばらく頼むかも」 召喚魔法を解こうとすると、ジークがぽつりと呟いた。 「さっきの特訓、ほかのひととやってるんですよね」 「え、うん。まあ」 「特訓した日は、絶対、俺ともしてください」 「? いいけど」 なんで、と小さく返した。ジークはにこりと笑った。 「ほかのひとの魔力が残ってると気持ちが悪いから」 その声は、子供のようにも大人のようにも聞こえた。 肉食獣のような、なんとも言えない独占欲を滲ませてもいた。

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