6 / 6

6:召喚士のプレゼント

「あ、ルーカス、いたいた!」 学校でひとり、日陰の階段でひっそりと昼食をとっていたところ。ロイが慌てた様子で駆け寄ってきた。 うげ、と顔をしかめるも、ロイは隣に座り込んだ。そのまま慣れた様子でサンドイッチの包みを開く。また一緒に食べる羽目になるようだ。 「あれからどうなった? うまくいってる?」 「なんの話?」 「お前の恋バナに決まってんだろ。で、進展あんの?」 ロイは目を輝かせている。ルーカスは食べかけのサンドイッチに目を落とした。 「進展なんかさせないよ」 「なんで!?」 「迷惑だろうし、傷つけたくないし」 ぼそぼそと呟いて、ちまちまとサンドイッチをかじる。 「迷惑なわけないだろ。好きになられて嬉しくないヤツっていないって」 「あんたは部外者だから簡単に言えるんだ」 「部外者って……。まあ、部外者だけどさ」 ぶー、と唇を尖らせてロイは抗議する。ちらりとその顔を見て、鬱屈していた気持ちが少しだけ晴れた。バカバカしくなったのだ。 「んじゃーさ。どうなりたいとかないの?」 「どうなる……?」 「ほら、恋人になりたい~とか。デートしたい~とか」 ロイはサンドイッチをばくばくと食べながら器用に聞く。食べるのも話すのも速い。スピードに振り落とされそうだ。 ルーカスは一生懸命、”恋人”や”デート”を想像してみる。 でも、それらは辞書で見た単語でしかなくて、実体験としてどうなるのかはうまくイメージできなかった。一緒に出かけるのはしたことがある。でも、恋人になるとどう違うのか分からない。何か特別なことをするのか。 でも、それら”特別なこと”を差し置いても、ジークを困らせるくらいならしなくていい。 「幸せでいてほしい」 詰まるところ、ルーカスの願いはこれだけだった。 ロイは首を傾げ、「どゆこと」と呟く。 「笑っていてほしい。あー、でも……。自分以外のひとと笑ってるのは、ちょっとイヤ、かも。でも……。うまく言えない」 言語化ができない。同じ「でも」「けど」ばかりを繰り返してしまう。 ジークに幸せになってほしいけれど、その隣にいるのは自分がいいし、ほかの人を特別だとも思ってほしくない。 ひどくワガママだ。主人という立場の自分が命令したら、きっとジークは断れない。本心を押し殺させて、苦しい思いをさせてしまうだろう。 「僕の立場でとやかく言えることじゃない。だから、僕はこのままでいい」 ぽつりと呟くと、ロイは口に手を当てて、感動したように目を潤ませていた。 「お前、思ったより健気なヤツなんだな……」 「は?」 「心配すんなよ! アイツはそんなことで困るヤツでもないし、絶対嬉しがる!」 「あんたに何が分かるのさ」 「分かるって! あ~、そうだな。じゃあ、魔力の特訓、もっとやれよ! 授業でも褒められて一石二鳥じゃん!」 ロイはルーカスの肩をばんばんと叩きながらまくしたてる。 「そうかな」 「そう! 絶対そう!」 そうか、とルーカスは呟く。 魔力が増えればジークを召喚できる時間が増える。そういう自分のメリットもあるけど。 たくさんこっちに召喚できれば、もっとたくさん、美味しいものも食べさせられる。面白いものを見せてあげられる。楽しい経験をさせてあげられる。 そしたら、ジークは嬉しいかもしれない。 「……そうだね」 ”好き”の種類が変わったって、いや、ひとつくらい”好き”の理由が増えたって、そんなのは些細な問題なのかもしれない。 「ありがとう。頑張る」 「おう! 応援してるぜ!」 ルーカスは久しぶりに目の輝きを取り戻した。 まずはジークに何をしてあげようか。想像すると、胸が踊った。 放課後のエミールとの特訓は珍しく乗り気だった。 ルーカスはエミールより先に特別第三応接室に着いて、エミールが扉を開けた途端「遅い」と鋭い口調で文句を言った。 「ルーカス、早いね。待ち遠しかった?」 「なに言ってんの」 「あはは、ごめんごめん。そうだね、早くしないとね」 エミールはからからと笑ってルーカスの隣に座る。もうすっかり慣れた距離だが、ずいずいと来る圧には若干気疲れする。 手を握り、集中する。風船が勢いよく膨らむ気がする。レベルがぐんぐん上がっていくような。 エミールもそうなのか、「わ、すごい」と零した。ふたりして視線が合って「やったな」という実感があった。 「魔力の許容量、かなり増えたね。ルーカスもでしょ?」 「うん。ありがとう」 「えっ!?」 エミールは大声で叫んだ。特訓後、ふたりでのんびり感想を言い合っていたところだ。目の前に広がる紅茶とお菓子はもう日常になっていた。 エミールは高級なクッキーに手を伸ばしたところで固まった。ルーカスが訝しげに視線を向けると「いや……うん、」と、飄々とした彼にしては珍しく歯切れが悪かった。 「なに」 「いや、ルーカスがお礼言うとか……」 「は?」 「絶対言わないと思った」 「失礼だね、あんた」 ごめんごめん、と笑って、エミールは調子を取り戻したのか、そのままクッキーをとる。一口かじって、「そっかそっか」と呟く。 「ある程度魔力が高まったから、僕の当初の目標はクリアって感じ。ルーカスは?」 「僕は……、まあ、できればもう少し続けたいかな」 「ふーん。目標が高いね。召喚魔法のため?」 ルーカスは一瞬息を呑んだ。 そして、わざとらしくならないようにカップに手を伸ばして一口飲む。ぬるくなっている。 「まあ、そう」 「そっか。ルーカスは召喚獣に世話させてるんだもんね。魔力はあった方が便利だよね」 「……うん」 エミールは何の疑問も抱かないで笑う。 ”便利”。 ルーカスは胸の奥でちり、と火花が散るのを感じる。自分でも以前言い訳に使っていた言葉だ。 主人と従者の関係ならこの言葉で事足りるけれど、長年ジークに抱いている感情は、そんなものでは言い表せない。 だが、口をつぐんでいた。誰かに理解されるものでもないし、言う必要もない。 召喚獣へ向ける歪んだ気持ちなど。 「じゃあ特訓はもうしばらく続けようか。僕も魔力があるに越したことないし」 「わかった」 「ふふっ、よかった。もう少しルーカスと一緒にいられるんだもん」 エミールの声が弾んでいる。 なんだか変なのに懐かれたな。ルーカスはじろりと視線を向けるも、コイツはこういうヤツだと半分諦めていた。もったいぶった言い方も近すぎる距離も、わざとじゃないんだろう。 「第一目標クリアってことでさ。お祝いしない? ふたりで」 「なんで」 「嬉しいじゃん。小さな積み重ねが偉大な結果へ繋がるんだよ。人間、モチベーションが大事だし」 「……よく分かんない」 エミールは「やってみれば分かるよ」と自信満々に告げる。ルーカスは「そうなのかな」と流されていた。今まで友達らしい友達がいなかったから、そうだと言われればそうなのかもしれないと思ってしまう。 「じゃ、早速行こ」 「どこに」 「ショッピング」 「なんで」 「ちょっとしたご褒美だよ」 そくささとエミールは立ち上がる。ルーカスの手を取って。そして部屋の隅に待機している執事に「ってわけだから、今日は遅くなる」と告げて、応接室を出た。 ちょっと、と何度か声をかけるも、エミールは止まらない。廊下を早歩きで抜ける。歩く速度が違うのでルーカスは小走りになった。すぐ前でエミールのふわふわの金髪がぴょんぴょんと跳ねている。 「僕さ、友達と遊んだことないんだ」 学校を出て大通りに差し掛かった頃、やっとエミールは止まった。 ちらりと顔を見上げると、エミールの顔は楽しそうに輝いていた。 「家に帰ればお勉強だし。外に行くときは護衛がうるさいし」 「へえ、意外」 「だから、今日はたまの息抜き」 「護衛、いいの?」 「うん。学院に入ってから減らしてもらったんだ。あんまりこの街のこと知らないから、楽しみだな」 エミールはすう、と息を深く吸う。外の空気を噛み締めるように。 「あんたって寮暮らしだっけ」 「そうそう。実家は王都だよ。卒業したら王都に戻って父さんの下で働く予定。だから、友達と遊べるのって今だけなんだよね」 エミールは眉を下げた。前に言っていた「宰相になるために頑張っている」というのは嘘ではなかったようだ。魔力の特訓もそのためだろう。表立っては見せていないが、それなりに苦労しているらしい。 エミールは恍惚な瞳を大通りに向ける。 レンガ造りの厳かな建物。制服姿の学生や、アクセサリーで着飾る婦人。ホットドッグを売っている露店。石畳の通りには何台か馬車が行き交っていた。ルーカスから見れば見慣れた街だったが、エミールはウキウキした足取りで歩き出す。 「どこに行くの?」 「んー、どこだろ。ぶらぶらしようよ。あ、僕、新しい魔道具が欲しいな。魔力が増えたら魔法使いたくならない?」 「まあ、いいけど」 ルーカスはこの街に住んで長い。けれど、めったに買い物はしない。普段は両親の遺産をちまちまと消費しているので、あまりお金に余裕がないのだ。買い物をするのは、ジークの身に付けるものがほとんどだ。 半歩前を歩くエミールを見る。視線があちこちに向いて子供みたいだ。 友達とショッピングに行くのは、ルーカスも初めてだ。何をするんだろう、という不安もあったけれど、少しだけ楽しみもあった。 大通りを一本入った道を歩く。縦に長いレンガ造りの建物がずらりと並んだ、日の当たらない小道。そのせいか若干肌寒い。並ぶ店の看板は大人しい。表通りとは違った、のんびりとした空気が漂っている。 エミールとふたり、気分はちょっとした冒険だった。「このあたりに魔道具のお店があるらしいよ」というエミールの言葉を頼りにウロウロしているのだが、ホントにあるのかよ、とルーカスは心の中で怪しんでいた。 突き当たりに赤レンガの小さな建物がぽつんと佇んでいた。壁はすすけて黒くなっている。周りの店と比べてもかなり小さい。手書きの看板には「灰の灯」とあった。 「あ、ここだよ。ロイが言ってたとこ」 「なに、ここ」 「魔道具屋さん。世界中の魔道具が何でもそろってるんだって」 ほんとかよ、とルーカスは何度口にしたか分からない相槌を打った。目の前の店はぱっと見て廃屋にも見えかねなかった。窓は大きいものの、外から店内は見えない。そういう魔法でもかかっているのかもしれない。入る勇気が持てないまま唇を噛んでいると、エミールはなんの躊躇いもなく入っていく。 扉を開けると、からん、とやや重いベルの音が響いた。 「あ、いらっしゃい」 店内は思ったより広い店だった。中央では老人がひとりがけソファに座って本を読んでいた。あたりにランタンがふわふわと浮いている。淡い光が部屋中を優しく照らして、不思議と夜の暖炉を想起させた。 「珍しいお客さんだね」 「初めまして。友人から、すごくいい魔道具があるって聞いて」 「ははは、嬉しいね。まあ、見ていってよ」 エミールがにこにこと店主と話している間、ルーカスは店内を見渡した。 立派な杖や、鈍い光を放つ魔石。古めかしい魔術の本がずらりと並ぶ。ルーカスは浮き足立つ心を必死で抑えた。あれが噂に聞いていた透明マントか。あれがみんな欲しがっている空を飛べる靴か。誰もいなかったら店内を子供のように走り回りたかった。 老人はソファに座りながらニコニコとこちらを見ている。エミールは楽しそうにキョロキョロと歩きまわり、今は遠くの棚で文房具を見ている。 ……何か、ジークに買ってあげたいな。 ふと脳裏に浮かんだ。 そして、うん、と小さく頷く。きっと喜んでくれるだろう。 けれど、商品が無数に詰め込まれている店内を見渡して、ルーカスは途方に暮れた。ベストや靴、懐中時計など、必要なものは買い与えている。ペンやノートも同様だ。だが、それらは全て、主人の世話をさせるために与えたものだ。ジーク個人が欲していたものではない。 では、ジークは何が欲しいのだろう。 いつも一緒にいる姿を思い浮かべた。 楽しそうな顔で自分の話を聞いて、てきぱきと世話をして、学校から帰ったルーカスを優しく迎えてくれる。 ルーカスは、ジークのことを、こんなに一緒にいるのに、あんまり知らない。 何が好きなのだろう、自分に会っていない時は何をしているのだろう。何をあげれば喜ぶのだろう。 ひとり、小物類が陳列されている棚を眺めた。 手のひらサイズの魔道具がずらりと並んでいる。魔力を注入すると動く馬車の模型。覗き込むと髪の色が変わる鏡。子供向けのおもちゃだ。奥にはペンダントや髪留めも置かれている。 さすがにおもちゃって年でもないかな。かといってアクセサリーには興味がなさそうだし。自分のためじゃなくて、ジークが喜ぶものをあげたいのに、全然思いつかない。 ふと、綺麗な丸いガラスが目に入った。手のひらサイズの球体で、ガラスの中で赤い針がくるくると回っている。方位磁針のようだ。スノードームでもあるのか、ガラスの中で白銀の光がきらきらと舞った。 「悩んでるね」 ルーカスは「わっ」と叫んで振り返る。すぐ近くに店主の老人が立っていた。 「それは”(ともしび)の針”だね」 「なんですか、これ」 「ひとの方向を指し示すおもちゃだよ。魔力を込めると中の針が反応する」 「……おもちゃか」 「なに、バカにはならないよ。よく迷子を探したりするのに便利でね。気に入ったかい?」 ルーカスは「まあ」と小声で呟き、うつむきがちに手の中の丸いガラスをじっと見つめた。 ガラスの中で光る白銀が、ジークの髪を想起させた。赤い針はジークの瞳みたい。だからか分からないけれど、これだけ物が溢れている店内でも目が離せなかった。不意に胸の奥がぽっと暖かくなる。 「プレゼントかい?」 「……でも、何を買えばいいか分からなくて。僕、何も知らないから」 「そんなに悩みなさんな」 老人は喉の奥でころころと笑った。そして、指をくるんと回す。途端に空中に赤いリボンと包み紙が現れて、丸いガラス玉は綺麗にラッピングされた。 「きみがそんな瞳で見つめてるってことは、それだけその人にあげたいってことだ」 「……喜んでくれますか」 「もちろん」 ルーカスはラッピングされた包みをじっと見下ろした。 喜んでくれるかな。もちろん。 ほんとですか。うん。 老人と何度もこの応答を繰り返して、ルーカスはやっとそのプレゼントを買った。 「きっとその人は幸せだね」 「……え?」 「こんなに悩んでくれるなら、それだけで嬉しいと思うよ」 そうかな、と疑いながらも、ルーカスは小声でお礼を言った。 だといいな。そっとラッピングの上からガラスの球を撫でた。 「あ、ルーカス! 何か買ったの?」 「……お土産。うちの召喚獣に」 「へえ、いいね。僕は色々迷っちゃってさ」 エミールは腕いっぱいにたくさんの魔道具を抱えていた。 そんなに?とルーカスが訝しむ隣で、迷いなく会計を済ませた。 金持ちだなと無言で眺めていると、エミールは買ったばかりの包みをひとつ、ルーカスに差し出した。 「はい、これ。プレゼント」 「………僕に? なんで?」 「いつもお世話になってるから。魔力で色が変わるペンだよ。便利でしょ」 「あ、え、あ……ありが、とう」 おずおずと受け取る。包みを開けると白い羽根ペンが出てきた。魔力がインク代わりになる仕様だ。赤や青、レインボーなど、脳裏に浮かんだ色を何色も出せるようだ。確かに便利だ。 コイツにしてはまともなプレゼントだなと感心していると、エミールはにっこり笑顔で手を差し出した。 「ルーカスは? 僕に何かないの」 「え? ないよ。なんであげるのさ」 「ひどっ! ずっと特訓してきた仲間じゃん。僕はプレゼントあげたのに」 「あーもー……。うっさいな」 ルーカスはちらりと店内を見渡す。文房具を置いている棚に、ライオンが象られたペーパーウェイトがあ った。大理石でできている。目に入った途端にさっと手に取り、会計を済ませた。ラッピングもまだの状態で、さっとエミールに手渡す。 「はい」 「はやっ。さっきのプレゼントはすっごい長く悩んでたのに」 「あんたはまあ、どうでもいいかなって」 「ひどくない? 事実だとしてももっと婉曲に言うでしょ」 エミールはぶーぶーと文句を言うけれど、ペーパーウェイトを見て「かっこいいね」と喜んだ。 様子を眺めていた店主が朗らかに笑って、ラッピングの魔法をかけた。エミールは輝かしいばかりの瞳でお礼を言った。

ともだちにシェアしよう!