8 / 15

8:召喚獣とプレゼント

放課後のエミールとの特訓は気が乗らなかった。手を繋いだまま黙り込んでしまった。 エミールは訝しんで、魔力を注ぐ前にぱっと手を離す。 「どうしたの? なんか今日暗くない?」 「……うん」 「気になるから話してよ。特訓どころじゃないもん」 「……授業、でさ。召喚獣の話が出たでしょ」 ルーカスはぽつぽつと口を開く。 「僕は、ジークに辛い思いをさせてる、ダメな召喚士だ」 「え? そんなことなくない? 聞いてる限りそうは思わないけど」 エミールは場違いなくらいに明るい声を出した。 ルーカスは両手を丸めて膝の上に置いた。視線を落とし、どこも見ていない。 もし、この邪な恋心に気づかれて、気味悪がられていたとしたら。 今までの行動全てがジークを傷つけていたとしたら。 そればかりが頭にこびりついて、離れてくれなかった。 「そうだ。あれ、プレゼント渡した?」 「…………まだ」 「じゃあ、あげてみなよ。その反応で分かるかもよ」 「……」 「いやなご主人様からもらったら嫌がるかもだけどさ、大切に思ってるご主人様からなら喜ぶと思うよ」 「……嫌がられたらどうしよう」 「大丈夫でしょ。ま、その反応次第でまた相談して。今日はもう帰ろう」 エミールはぽんぽんと軽くルーカスの肩を叩く。そして、そくささと部屋から追い出した。 ルーカスは仕方なく、うつむきがちに家までの道を歩いた。ポケットにはあげられなかったプレゼントが入っている。かさかさと小さな音を立て、余計に存在を感じてしまった。 変だって思われるかも、なんで急にって怪しまれるかも、気味悪いって思われるかも、もしいらないって言われたら……。 気がついたら家の前だった。たった十五分の帰路は、悩みを解決するには短かった。 ルーカスは自分を見下ろす豪華な邸宅を睨む。もっと遠くにあれよ、バカ。 けれど、きっと三十分だろうが一時間だろうが、この悩みが解決するとも思えない。しぶしぶ家に入った。 部屋に着いて、深呼吸する。ブレザーを脱いで、ポケットを確認して、また深呼吸する。 ベッドサイドの魔石に手を伸ばした。ぱあ、と明るいオレンジが瞬いて、ジークが召喚される。 「おかえりなさい、主様」 「あ……う、ん。ただいま」 「今日は早いですね。特訓、なかったんですか?」 ジークはいつも通り、いや、いつもよりちょっと楽しそうだ。声も明るく、尻尾はゆらゆらと揺れている。ルーカスはほっと胸をなで下ろした。 「うん。なんとなく。気が乗らなくて」 「あはは。そういう日もありますよね」 「……うん」 「俺は主様が早く帰ってきてくれて嬉しいです」 うん、と返す声が震えた。 胸の奥がじんわり暖かくなる。炭酸みたいにしゅわしゅわして、ぱちぱちして、輝いている。 ジークの表情が明るい。それだけで、今まで抱えていた黒い悩みが溶けていくようだった。 紅茶でも淹れましょうか、とジークが準備をする。ルーカスは席に着いた。 そして、一瞬、これは適切な範囲だろうかと悩みながらも、ゆっくりと口を開いた。 「一緒に飲もう。ジークも、前に座れ」 ポットを手にしたジークに話しかける。若干声がうわずってしまった。 一緒の席に着くことはめったにない。主従関係だからとジークが断っていたのだ。ルーカスもそういうものかと思って、深く追求しなかった。 けれど、ジークとの関係を大切にするなら、こうしたところから見直すべきだと感じた。 ジークは瞳を丸くする。そしてすぐにパッと表情が輝かせ、「はい!」といい返事をした。 テーブルに二人分のカップが並ぶ。 「久しぶりですね、主様と一緒に紅茶を飲むの」 「ああ。前に紅茶飲んだとき、ジークは顔をしかめてたよな」 「あの時は、なんか体調が悪くなって…」 「え? な、なんで? アレルギーか?」 「うーん。半分は狼だからだと思います。紅茶を飲むと身体がぞわぞわするんです。でもミルクで薄めたら大丈夫ですよ。味はむしろ好きですし」 ポットからとぷとぷと紅茶を注ぐ。琥珀色が上品な陶器に映えた。ルーカスの分を目の前に差し出し、ジークは自分の分も注いだ。少しだけ入れてから、たっぷりの牛乳を混ぜる。 「早く言えよ。そうか、お前、紅茶ダメだったんだな。他にダメなものはあるのか?」 「全部がダメってワケじゃないですよ。んー、強いて言えばカフェイン系……コーヒーとかですかね。でも量の問題です。もう俺は体もデカいし、大量じゃなきゃ大丈夫です」 「でも身体に悪いんだろ」 「あはは。それ言ったら俺、何も食えなくなりますよ」 ほとんど真っ白のミルクティーを手に、ジークはころころと笑った。 ほんとに大丈夫かよ。内心ハラハラした気持ちで眺めていたが、ジークは美味しそうに飲んでいる。本人が大丈夫だって言うならいいかと、自分も一口紅茶を含んだ。豊かな茶葉の香りが広がった。 もしかしたら自分が紅茶を飲んでいる時にずっと隣で立っていたのは、紅茶を断るのが心苦しかったからなのかもしれない。気づかなかっただけで、こうしたさりげない気遣いは、この十二年、無数にあったのだろう。優しさに胸が温かくなるも、自分の至らなさを申し訳なく感じる。主人としての自分を恥じた。 「珍しいですね。主様が俺をお茶に誘うの」 「あ、……うん。授業でさ、召喚獣との関係とか習ったから、ちょっと気になって」 「授業で? そんな内容までやるんですね。何を言われたんです?」 「あー……。えっと、……召喚獣を不当に扱った召喚士が裁判になった話とか」 ルーカスはぽつぽつと話した。 ジークは首を傾げて「そんなのあるんですね」と相槌を打つ。 「それで……その、僕は、ちゃんとした主人じゃないかもって……反省した。ぼ、僕としては、ジークのことは、大切に思ってるけど、その……」 うまく言葉が続かなかった。声が尻すぼみに小さくなる。視線を落とし、カップばかりを見つめてしまう。今更なんだって思われたら、どうしよう。 「俺、主様のこと大好きですよ」 はっと顔を上げる。ジークは優しい瞳をしていた。 「……そ、う」 「はい。出会ってから、ずっと。ずっと大好きですよ」 その声が優しくて、ルーカスはきゅっと唇を噛む。鼻の奥で涙がツンと痛んだ。 大好きですよ。とジークは微笑む。 自分もだよ、と返したかった。 けれど、その”大好き”には純粋な気持ち以外のものが含まれている。気づかれたら嫌悪されてしまうような好意が。 だから、「うん」としか返せなかった。 「この前、さ」 「はい」 「魔道具のお店、行った、とき」 「…………はい」 初めてキスを交えた特訓をした日のことを、ルーカスは恐る恐る口にした。 あの日以来、ジークの様子は少しおかしい。蒸し返すのは怖かった。 ジークは少しだけ顔を強ばらせるが、あの日ほどではなかった。距離感を図りつつ、ルーカスはゆっくりと口を開く。 「お、お土産、買って、きたんだ。……ジークに」 「………俺に?」 「あ、うん。でも、そんな大したもんじゃない。その、あんまり気に入らないかもしれないんだけど、」 口にした後で、一気に混乱が込み上げてくる。自分は何を言っているのだろう。もっとうまく渡したかったのに。全然うまくいかない。 「うれしい、です」 ルーカスは恐る恐る視線を上げ、ジークの顔を見遣った。 きゅうっと唇を噛んで、耳がピンとして、頬がピンクに染まっている。 一瞬見とれてしまった。ジークの、幸せを噛み締めるような表情に、心臓が鷲づかみにされた。 ルーカスは震える手でポケットを探る。少しよれた包みを取り出す。ジークが手を差し出し、手のひらの上にそっと置いた。 「”灯の針”っていう、魔力を込めたひとの方角を指し示すおもちゃ」 「……綺麗ですね。雪みたいだ」 ガラスの球が、光を反射している。 「俺、すごく嬉しいです」 ジークは手元を見つめる。瞳は柔らかく、全身が喜びに満ちあふれている。その姿に、声に、抱えていた不安が、ほどけていった。 「……ワガママかも、しれないんですけど」 「どうした、ジーク?」 「主様の魔力を込めてくれませんか」 ジークはおずおずと尋ねた。耳がソワソワ動いている。お菓子を前にした大型犬のようで、可愛らしかった。 ルーカスはガラスの球に両手を乗せて、魔力を込める。ぱあっとガラスが輝いた。途端に赤い針がルーカスを指し示す。左右にちらちらと揺れながら。 「すごい。主様の方を向きましたよ」 「よかった。ちゃんと動いたな。でも、まあ、精度はおもちゃレベルってとこか」 「それでもいいです」 ジークはガラスの球を胸元で大事そうに抱えた。 「主様がいるって思えるから、それだけで充分です」

ともだちにシェアしよう!