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14:告白

どん、と全身に衝撃が走った。 けれど抱きしめられているからか、痛くはない。 目の前にはジークがいた。 毛が逆立って、耳が立ち、赤い瞳がぎらりと光っている。 ―――どういうこと、何が起きたの。 夢だろうか。寂しすぎて幻でも見ているのだろうか。 現状が理解できないまま、ぽかんと口を開けた。 背中の感覚は硬い。先ほどの衝撃はなんだったのか、動かない頭で考える。 見慣れた部屋だ。薄暗くて、狭くて、埃っぽい。 自分の部屋だ。背中は床で、古びた木がざらざらしている。 鋭い瞳のジークが、自分を押し倒していた。 「主様」 「………ジーク」 「どうして、」 ぎりぎりと、大きな手でルーカスの細い手首を掴む。折れてしまいそうなくらいの圧力で。 百九十センチを越える大柄な体躯が、小柄なルーカスを包み込む。今にも潰しにかかる勢いだった。 「どうして、俺を捨てたんですか」 ジークは叫んだ。獣の咆哮のようで、ルーカスは全身がびりびりと震えた。 「どうして、どうして。俺、俺、なにかしましたか。俺が嫌いになったんですか、それとも、人間のほうがいいんですか。俺はもう、いらないんですか」 「ま、まて」 「主様が最初に言ったんだ。”ずっと一緒にいろ”って。だから、俺は、ずっと、ずっとそばにいたじゃないですか。主様が他の男の魔力をまとってきたって、俺は、そばにいました。もし、主様がほかのひとを選んだって、俺は、耐えた。貴方を失うくらいなら、全然、我慢できたんだ」 ジークが歯を食いしばる。本能なのか、牙がやや出ている。 鋭い爪がルーカスの細い腕に刺さった。 「最後の言葉、全然意味わからないです。大事ってなんですか。幸せを願ってるって、なんですか。意味わからない。じゃあ、どうして解除したんですか、俺は、俺は、どうしたらいいんですか」 こんなにも取り乱しているジークは初めてだった。 ルーカスは呆然と、その叫びを聞いた。 どうして、って、それは、うまく説明できない。 頭の中で言葉がぐるぐると巡って、どれから説明していいのか分からない。 いや、まずは、落ち着かせたほうがいいのか。 「ジーク、まて、」 「嫌だ。主様、どっかにいっちゃう。やだ。いやです、もう」 「い、いかない。いかない、から」 「やだ、いやだっ………!」 ジークは嗚咽をこぼし、ルーカスの胸元に顔を埋める。背中に手を回し、ぎゅう、と強く抱きしめた。 白銀の髪が胸元でさらりと揺れる。全身で寂しがるように、ジークは泣いていた。 「………ごめん」 ルーカスは掠れる声で呟いた。涙は乾いて、頬の皮膚が引きつる感覚がする。 全身が軋むほどに抱きしめられているのに、心地の良い夢を見ている感覚が、まだ抜けなかった。 こんなに自分に都合のいいことが起きていいのか。 やっぱり夢かもしれない。けど、夢でも。 今なら、やり直せるのだろうか。 「ごめん。僕が悪かった」 胸元でうずくまるジークの背中に手を伸ばす。大きな体躯を抱きしめた。 「ジークに相談しないで、勝手に決めてごめん。逃げちゃってごめん。もっと…、もっと、言えばよかった」 「………なにを」 「怖かったんだ。ジークに、好きなひとがいるって聞いて、………怖くなった」 ジークの身体がぴくりと動く。息を殺すように、嗚咽が止まる。 ルーカスはまとまらない思考で続けた。 「ジークに大切な人ができたのが怖かった。……嫌だった。僕の方がずっと一緒にいるのにとか、僕よりそいつを大事にしたいのかとか。そんなワガママばっか言っちゃいそうになってた」 ジークの頭を撫でる。ふわふわの髪が指に触れる。梳く度に滑らかに落ちた。 「でも、………でも、ジークがそのひとといるのが幸せなら、僕は、………僕は、主人として、応援しなきゃいけない」 じわりと涙が目の奥から滲んだ。仰向けだからか、目尻から顔を伝い、耳の方へ流れる。 「ごめん。ちゃんと、ちゃんと、僕は受け入れなきゃいけなかった。それなのに、聞けなかった。ジークから、もし、そのひとと幸せになったって話を聞いたら、……僕は、きっと、耐えられない」 次第に声に嗚咽が混じっていく。震える。 鼻が詰まって、視界がぼやけて、うまく話せない。 「ジークに幸せになってほしい。けど、僕以外のひとと幸せになっちゃ嫌だ。ごめん、ごめんね。わがままでごめん。僕は、………僕は、」 ――お前を好きになってしまったんだ。 手に力が入る。ふわふわの髪が絡む。 ルーカスは嗚咽を噛み殺した。気道に塊が詰まって、中で膨らんで、圧迫する。 好きだと告げた。告げるつもりはなかった。 だって、それが主人としての最後の矜持でもあったから。 なのに。 断罪を待つ気持ちで唇を噛み締めた。床が背中に擦れて痛い。 ジークの腕の力が強くなった。 「主様は、ばかだ」 「……ごめん」 「ばかだ。ほんとに、ばかだ。頭でっかちで、生真面目で、融通きかなくて、頑固で……ほんとに、どうしようもないくらい、ばかなひとだ」 「………うん」 ジークが身体を起こす。あわせて、ルーカスの身体もふわりと浮いた。 座って、向かい合うようにして抱きしめられた。腕の力は優しくなっていた。 けれど離してはくれなかった。 ルーカスはびくりと身体を震わせるものの、ジークの胸板に身体を預けた。なすがままになって、心臓の音を聞く。とくん、とくんと流れている。 「俺も貴方が好きだ」 ルーカスは息を呑んだ。 顔を上げる。聞き間違いかと思った。 ジークは眉根を寄せながらも、愛おしそうな瞳で見つめていた。 「………え」 「ばかでどうしようもない貴方が好きだ」 腕の力が強くなる。ルーカスの頭に顔を寄せて、髪に鼻を埋める。すん、と息を吸う。 「ま、まて」 「なんですか」 「そ……その、僕の好きってのは、多分、お前の好きとは違う」 「………は?」 「僕は、その、お前をただの召喚獣として見てない。もっと……、その、……お前は僕のこと、主人として大切にしてくれてるんだろうけど、違うんだ。もっと……、特別な存在になりたくて」 「ほんとに、ばかなひとですね」 ジークは慌てふためくルーカスの頬に手を添えた。顔を上げさせる。 ばちりと視線が合う。赤い瞳に射貫かれる。 逸らすのは許さないとばかりに、強く。 「俺の”好き”は、もっと大きいですよ」 微笑むジークの表情は、長年一緒にいたのに、初めて見るほどに、美しく、色気に溢れていた。 ルーカスは固まってしまった。 顔が熱い、心臓が熱い。こんなに至近距離で色香を強く浴びて、頭が真っ白になった。 やや爪の伸びた指がルーカスの輪郭をなぞる。頬を撫で、耳を触り、首筋を通る。ゆっくりと、ルーカスの白い肌を、形をそのまま描くように、なぞる。 「俺以外のひとを見ないでほしい。俺以外のひとと話さないでほしい。俺以外のひとと会わないでほしい。俺以外のことを考えないでほしい。笑う顔も泣く顔も、怒る顔も、俺だけに見せてほしい。俺にだけ八つ当たりしてほしい」 ジークの声は優しかった。甘く、どろどろに溶けてしまいそうだった。 「もし、許されるなら。番って、愛し合って、一生あなたのそばにいたい」 指が鎖骨まで届く。ルーカスはびくりと肩をふるわせる。きゅっとジークの服を掴んだ。 胸の奥がソワソワする。嬉しいようで恥ずかしいようで、ジークの顔が見られない。 ジークが耳元で囁く。 「俺の”好き”は、そんな”好き”なんですけど。主様のとは違いますか?」 ルーカスは真っ赤になった。 心臓がうるさい。何も考えられない。あ、あ、と零すだけで、なんの返事も出てこない。 ジークの服を強く握る。手が震える。耳が熱くなる。 「ちが、……ちがく、ない」 「……よかった」 ジークが柔らかく答える。愛おしげに笑みを噛み殺しながら。 薄暗い部屋、窓からはオレンジの空が覗く。焼けるような夕空。 自然と視線が絡み合う。お互いの息づかいだけが響いた。 会話はなかった。抱きしめられながら、ルーカスはジークの顔に手を伸ばした。 示し合わせたつもりもないけれど、互いの顔が近づく。ルーカスは目を伏せた。 唇に、ふと、柔らかい感触がした。 触れるだけのささやかなキスだった。それだけなのに、全身から歓喜の泡が込み上げてくるようだった。 座ったまま、向かい合って、何度もキスをした。腕を伸ばして、間がぴたりとくっつくように抱きつく。首の角度を何度も変えて唇を押しつけた。 「……キス」 「………え?」 「好きなひとと、キス。できました」 ジークが噛み締めるように呟いた。嬉しそうに目尻がとろけている。なんのこと、と聞きそうになって、ああ、と納得する。 「あの時はごめん」 「ほんとです。……そっか。もう、主従関係でも、ないんですよね。俺たち」 「………そうだね」 ジークの声は優しい。けれど、ルーカスはリスミア公園での記憶がよぎった。 胸の奥がずきりと痛む。勘違いだとはいえジークを傷つけてしまった。 視線を下げたルーカスに、また、ジークは優しいキスを落とす。 キスをしながら顔を上げさせる。唇が触れる時間が長くて、ルーカスは、は、と息を零した。 「俺と、恋人になってくれますか」 ジークが真正面から問いかける。ルーカスは、心臓がどきりと跳ねた。 恋人。まさか、現実になるなんて、想像もしていなかった。 けど。 「うん」 ルーカスは飛び込むようにキスをした。止められなかった。 ずっと、主従関係だからと押し殺していた気持ちが、ストッパーが外れたように爆発する。 好きだ。僕をジークのものにして、他の誰も見ないで。僕だけを見ていて。 舌が絡む。深く絡んで、息が上がる。 何も聞こえない。ただ、求めるがままに求めていた。 「……あるじさま、……ちょっと、まって」 キスを続け、頬が赤らむ。ジークがぽつりと呟いて、ルーカスは一瞬止まった。 ジークが身じろぎする。気まずそうに視線を逸らし、ごくりと唾を飲み込む。 「どうした」 「止められなくなる」 「いいよ」 「……怖がらせたくない、です」 「いいよ」 視線を逸らすジークの顔を、両手で固定する。 すぐ近くで視線が合う。 怖くないと言えば嘘になる。 ルーカスは何も知らない。恋愛についても、この先何をするかも、よく分からない。けど。 「止めないで」 止められないのは、こちらだって同じだ。 ジークの瞳孔が開く。耳がピンと立っている。 そして、小さな声で「ばかなひとですね」と笑って、手を伸ばした。

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